- 著者
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仲嶺 政光
- 出版者
- 富山大学地域連携推進機構生涯学習部門
- 雑誌
- 富山大学地域連携推進機構生涯学習部門年報
- 巻号頁・発行日
- vol.19, pp.42-60, 2017-09
いま、子どもの貧困が教育研究の領域でも各種メディアでも、広く問題とされるようになっている。子どもの貧困問題は、不遇な子ども期・青年期、すなわち学校への就学期間を通しての貧困の「世襲」、世代的連鎖、再生産を導くという事実が問題だとされている。子どもの貧困問題への取り組みは、まず何より教師によってそれが「問題」として認識される必要があり、その上で子ども・若者への対策が実現可能となる。ところが、その際教師は次の2点で乗り越えるべき課題を抱えている。それは第1に、「親の職業や貧富などで子どもを差別しない」という学校の平等主義的なスタンスが貧困問題への認識や取り組みの障壁になることがある(久冨1993:162-163)。さらに第2に、格差社会が進展する中で教師自身の階層的地位が相対的に上昇し、そのことで底辺の実像が見えにくくなるという現代的問題が浮上してきている。「教員世界は圧倒的に『リッチ』です。かつては地方出身の苦学生が多かった職員室でしたが、最近は奨学金を受けてきた教員は私以外にいない学年もありました。しかも、共働きの多い職場ですから生徒や保護者の生活にどこまでかかわるか、割り切れてしまうという側面はあるように感じます」(綿貫2012:152)。教師たちはこれらの条件のなかにあって、どのように子どもの貧困を認識しているのか。本研究は、退職・現職の2つの世代間の労働環境を比較しながら、かれらの持つ子どもの貧困認識について考察しようとするものである。ここでとりわけ教師の労働環境の比較に着目するのはなぜかと言えば、日本の教師が世界各国と比べて異様に長い労働時間を担っていることに加え、ここ20年くらいの間に教師の精神性疾患の増加、および地域・保護者との関係づくりなどの困難化、などといった点において急激な変貌を遂げていることが指摘されているからである(久冨2017:51-64)。今日の教師たちには、子どもの貧困という他者の切実な生活困難・子育てに配慮した実践を企図するゆとりを十分に確保される必要があるが、その実態はどのようになっているのか。本研究では、日本全国で最も貧困率の高い沖縄を調査地に選ぶことにした。戸室健作の調べによれば、2012年のデータでは「沖縄は、この20年間、常に貧困率が最も高い地域であったが、近年はその値が急上昇して34.8%になり、3世帯に1世帯以上が貧困という状況になっている」とされ、さらに子どもの貧困率をみた場合、全国平均13.8%に対し沖縄では実に37.5%にものぼるという(戸室2016:40,45)。2015年に沖縄県がおこなった独自調査でも、沖縄の子どもの貧困率は29.9%にのぼっており(湯澤2016:67)、全国標準を大きく下回る経済格差、および貧困がもたらす子どもへの影響が浮き彫りとなっている。このような過酷な経済状況がどのように教師の貧困認識に現れ出ているのか、把握を試みていきたい。以下では、本調査の概要を示し(2)、教師の労働環境について退職世代の場合と現職世代の場合とをみた後(3と4)、それぞれの世代における貧困認識を比較し(5)考察を加えることにする(6)。