著者
成田 健太郎
出版者
埼玉大学教養学部・大学院人文社会科学研究科
雑誌
書くこと/書かれたもの : 表現行為と表現 (埼玉大学教養学部 リベラルアーツ叢書12)
巻号頁・発行日
pp.89-102, 2021

東晋の能書王羲之の代表作として知られる書跡『蘭亭』は、唐代に墨跡本が、また宋代には定武本をはじめとする刻石本が流布した。文献資料に徴すると、いずれの時代にも市中において自発的に『蘭亭』の諸本が生産され流通した状況があり、特に宋代にはそのような状況に士大夫階層が主体的に関わっていたことが知られる。しかし言説としては、『蘭亭』は皇帝の専有から偶然に流出したものとしてしばしば語られ、想定される状況と一致しないところがある。ただしそのような言説も、墨跡本・刻石本に共通する出現から消失に至る循環、あるいは唐と宋の時代相の差異といった点において参照価値を有する。