著者
高橋 正氣
出版者
日本工業出版株式会社
雑誌
検査技術
巻号頁・発行日
vol.11, no.12, pp.65-78, 2006-12-01

塑性変形が磁気的物理量に大きな影響を与えることは古くから知られている。例えば、Ni3Fe 、Fe3Alや Ni3Mnなどの規則合金に見られる圧延磁気異方性が有名である。圧延磁気異方性の発生メカニズムは1958年に 近角 等が slip-induced directional order モデルで説明した。この考えに辿り着くまでには、多くの議論と実験がなされた。塑性変形により転位が発生し、変形量の増加と共に転位密度が増加する。当時、転位の研究が行われていたが、転位に関する知識は広まっていなかった。その中で、2つのモデルが提案された。どちらのモデルでも結晶中の転位が圧延磁気異方性の発生の原因と考えられた。第1のモデルは転位の周りの応力場が磁気弾性相互作用(磁歪の逆効果)により磁気異方性を発生させるという考えである。この考え方は一旦否定されたが、その後Max-Planck 研究所Stuttgart グループにより誘導磁気異方性の存在がNi, Coや Fe などの金属で理論及び実験的に証明された。一方、Ni3Fe 、Fe3Alや Ni3Mnなどの規則合金中での転位は超転位と呼ばれ、部分転位間に逆位相境界が存在する。この逆位相境界では規則状態とは異なる原子配列が作られ、塑性変形前には存在しなかった原子対が新しくできる。第2のモデルではこの逆位相境界での原子配列が双極子-双極子相互作用によって圧延磁気異方性を誘導させる。もう1つ良く知られている現象がオーステナイトステンレス鋼に見られるマルテンサイト変態である。塑性変形に伴うマルテンサイト変態により、常磁性から強磁性に遷移する現象がある。この遷移メカニズムは簡単であり、磁性を用いた非破壊検査は容易に見えるが、転位とマルテンサイト変態との相関は複雑である。転位はマルテンサイト変態を阻止する役割を果たすからである。マルテンサイト変態に関する話は別の機会にする。