著者
氏家良人
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
第50回日本理学療法学術大会
巻号頁・発行日
2015-05-01

重症外傷,敗血症など大きな侵襲によりICUに入室する多くの患者は,臓器障害を呈し人工呼吸,急性血液浄化などの機械補助を必要とする。救命救急の診療技術はこのような患者の多くを救命することを可能とした。しかし,ICUを退室させる時期になっても,筋肉萎縮,筋力低下により寝たきりで歩けない患者が多い。これらの障害はICU-acquired weakness(ICU-AW)と呼ばれている。また,ICU患者とくに高齢の患者はICU入室中にせん妄,認知機能障害を来たすことが多く,これらの患者は人工呼吸期間やICU入室期間が長くなり,長期予後も悪いことがわかってきた。このようなICU-AW,認知機能障害などがICU退室後も続き,社会復帰が困難となり,社会に依存して生きて行かざるを得なくなることがあることが指摘されてきた。このような状況をpost intensive care syndrome(PICS)と呼んでいる。 PICSを防ぐ為に,一日一度は覚醒させ持続的な深い鎮静を避け(Awakening),一日一度自発呼吸にして人工呼吸をいたずらに長くせず(Breathing),適切な鎮痛,鎮静薬を用い(Choice of drugs),せん妄を早期に認識,対処し(Delirium),早期リハビリテーションを行う(Early rehabilitation)ことが大切とされ,これらをABCDEバンドルと呼んでいる。 ABCDEバンドルの中で解決できていないものが早期リハビリテーションである。ICUの重症患者に対して,いつから,何を,誰が,どのように行うのかが標準化されていない。 質の高いICUにおいては,臨床工学士だけでなく,リハビリテーションに携わる専門医療職の存在が必須である。このことがPICSを防ぎ,ひいては国民医療費を下げ,患者のICU退室後のQOLを豊かにすることと思われる。
著者
山口将希 伊藤明良 太治野純一 長井桃子 飯島弘貴 張項凱 喜屋武弥 青山朋樹 黒木裕士
雑誌
第50回日本理学療法学術大会
巻号頁・発行日
2015-05-01

【はじめに,目的】関節軟骨は自己再生能力に乏しい組織であり,その再生治療として培養軟骨細胞や間葉系間質細胞(MSC)を用いた細胞移植が注目されている。しかし移植後の物理療法などのリハビリテーションの有効性や安全性については十分に検討されていない。今後,細胞治療が臨床にて適用されるにあたり,再生治療における物理療法やリハビリテーションの有効性を明らかにしていくことは重要な研究課題である。近年,骨折治療で用いられる低出力超音波パルス(LIPUS)を照射することにより軟骨細胞の代謝やMSCの骨・軟骨分化に影響を及ぼすことがin vitro研究にて報告されており,今回我々は骨軟骨欠損した膝関節へのMSC移植後にLIPUSを併用することでin vivoにおいても移植したMSCを刺激し,損傷した骨軟骨の再生を促すのではないかとの仮説を設けた。本報告は細胞治療とLIPUSの併用が骨軟骨欠損の再生に影響を及ぼすかを検討したものである。【方法】8週齢雄性Wistar系ラット12匹の両側大腿骨滑車部に直径1mmの骨軟骨欠損を作成し4週間自由飼育した。その後,全てのラットに対して同種骨髄由来MSC 1.0×106個を右膝関節に注入し,左膝関節には対照群としてリン酸緩衝液を注入した。そして6匹ずつLIPUS照射群と非照射群に分け,対照群,LIPUS群,MSC群,LIPUS+MSC(MSCL)群の4群(各群n=3)を設けた。LIPUS群およびMSCL群には週5回,1日20分間の照射を骨折治療ですでに用いられている設定(周波数1.5MHz,繰り返し周波数1kHz,パルス幅200μ秒,空間平均時間平均強度30mW/cm2)にて行った。介入開始から4,8週後に欠損部の組織切片を作成し,サフラニンO(SO)染色,HE染色および抗II型コラーゲンの免疫組織化学染色を用いて組織を観察した。さらにWakitaniの軟骨修復スコアを用いて修復度合いを数値化し,平均±95%信頼区間にて表示した。スコアは値が低いほど良好な再生を示す。【結果】介入4週間後,各群のスコアは,対照群:8.7±2.36,LIPUS群:4.7±1.31,MSC群:4.7±1.31,MSCL群:4.3±0.65となった。組織観察において対照群では修復組織のSO染色性は深層の細胞周囲に限局し,表層から中間層の多くで線維軟骨様の細胞が観察され,組織表面に軽度から中等度の亀裂が観察された。LIPUS,MSCおよびMSCL群では硝子軟骨様の細胞が多く含まれるようになり,SO染色性も中間層において確認された。また修復組織の厚さも対照群に比べて厚くなっていたが,組織表面に亀裂が観察された。対照群とMSC群において軟骨下骨に軟骨様の組織が侵入している所見が一部見られた。II型コラーゲンの発現は,対照群では深層の一部のみに限局していたが,LIPUS群では修復組織の広範囲において確認できた。MSC群においては表層から中間層で発現の低下が見られた。MSCL群ではLIPUS群同様,修復組織の広範囲で確認できた。介入8週後では各群のスコアは,対照群:7.7±2.36,LIPUS群:7.0±1.96,MSC群:4.7±1.31,MSCL群:4.0±0.00となりLIPUS群で4週に比べてスコアが悪化していた。組織観察では対照群とLIPUS群では線維軟骨様の細胞が多く観察され,修復組織のSO染色性は大きく減弱していた。MSCとMSCL群では硝子軟骨様の細胞が多く観察されていたものの,染色性は大きく減弱していた。MSC群においてのみ軟骨下骨に軟骨様の組織が侵入している所見が一部で見られた。II型コラーゲンの組織観察の結果,対照群では表層から中間層で発現が低下しており,LIPUS,MSC,MSCL群では全層において発現が見られるか,表層での発現の低下が確認された。【考察】介入4週後においてLIPUSは欠損した関節軟骨の修復を促す可能性が示唆された。しかし介入8週後になるとLIPUS群の修復した関節軟骨は劣化しており,骨軟骨欠損に対するLIPUS照射は短期的には効果的だが,修復した軟骨は長期的には維持されないことが示唆された。MSC群の修復した関節軟骨はスコアが保たれていたが,MSC注入とLIPUSの併用は,軟骨修復スコアにおいてはMSC単独の効果と比べてほとんど差が認められなかった。今回の研究条件においてはMSC関節内注入とLIPUS照射の併用による再生への相乗効果は軟骨に対しては限定的である可能性が示唆された。しかし,併用することによりMSC群で見られた軟骨下骨への軟骨様組織の侵入が見られなかったことから,軟骨下骨に対して影響をおよぼす可能性が期待される。本報告は予備実験の段階における結果であり,今回の結果を基に,今後サンプル数およびLIPUS強度などの設定を検討していく必要がある。【理学療法学研究としての意義】本研究結果は骨軟骨欠損に対する細胞治療において,物理療法のひとつであるLIPUSの併用が軟骨下骨へ影響を及ぼし,骨軟骨再生に有効である可能性を示唆した。
著者
田邊素子 庭野賀津子
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
第50回日本理学療法学術大会
巻号頁・発行日
2015-05-01

【はじめに,目的】近年増加している虐待の背景には育児ストレスが要因とされている。育児ストレスについて母親の報告は多いが父親では少なく,実際の虐待者が両親であることを考慮すると,男女双方の育児ストレスを検討することは重要である。これまで我々は乳児の2種類の表情認知時の若年成人の脳活動を計測し,泣き場面の方が前頭前皮質の賦活が高いことを明らかにした。また実際の育児では乳児の表情観察に加え,あやす声掛けが必要である。乳児への発話は対乳児発話(IDS:infant-directed speech)と呼ばれ,対成人に比べ,ピッチが高い,誇張されたイントネーション,遅い発話速度,などの特徴がある。IDSは母親だけではなく父親でも観察されているが,育児経験のない若年者での検討は少ない。以上から,乳児の表情視聴時およびIDS時の脳活動の性差を検証し,表情認知とIDSの脳活動にどのような傾向があるかを明らかにすることとした。【方法】被験者は健康な大学生24名(男女各12名,平均年齢21.3歳,全員が右利き)である。実験は,防音室にて実施し,背もたれのある椅子によりかかった安楽な姿勢とした。乳児の表情は刺激を統制するため録画した動画を用い,刺激呈示は26インチの液晶モニターを使用した。実験は安静・刺激を各20秒,3回繰り返すブロックデザインとし,刺激条件は乳児が泣いている場面(cry),機嫌の良い状態(non-cry)とした。乳児表情視聴時では,刺激は「乳児が何を伝えようとしているかを考える」,安静は画面上の固視点を「何も考えずに注視する」と教示した。IDS時では,刺激は画面に映る「乳児に対してあやすように発話する」,安静は画面に表示される「あいうえお」の発語と教示した。脳活動はNIRS装置(日立メディコ社製,ETG-4000)にて計測し,国際10-20法のFp1-Fp2ラインに最下端のプローブを配置した。指標はOxyHb(mM・mm)とし,刺激条件ごとに加算平均した。安静,刺激とも開始5秒後からの15秒間を解析対象としOxyHbの平均値を算出した。計側部位は前頭前皮質(PFC)の19チャンネル(Ch)とした。統計解析は,視聴時,IDS時ともに,各チャンネルのOxyHb値について,性別・刺激条件について2要因分散分析を実施した。有意水準は5%未満とし,統計ソフトはSPSS Statistics17.0(SPSS. Japan. Inc.)を用いた。【結果】表情視聴時は,性別の主効果が眼窩皮質(OFC)に相当するCh39,50であり女子学生の方が男子に比べ,cry,non-cry条件ともに有意にOxyHbが高かった。前頭極(FP)に相当するCh38では刺激の主効果があり,cry条件が男女とも有意に高かった。Ch37(FP)は女子のみcry条件が有意に高かった。IDS時は,性別の主効果は全ての部位で有意ではなかった。刺激の主効果は背外側前頭前野(DLPFC)とFPに相当する9個の部位(Ch.24,25,26,27,28,35,38,39,49)で,non-cry条件が有意に高かった。【考察】OFCは報酬に関連する部位といわれ,母親の愛着とも関連するといわれている。視聴時,刺激条件に関わらず女子の脳活動が高かったのは乳児の表情を認知する過程で報酬に関連する賦活があった可能性が考えられる。IDS時には,性差はなかった。今回の対象は男女とも育児経験がないため,影響しているかもしれない。今後,育児経験のある成人でIDS時の脳活動を比較する必要がある。またIDSではcryに比べnon-cry条件でDLPFC・FP領域で脳活動が高かった。DLPFCは発動性や注意,FPは共感に活動する部位であり,乳児が泣いている場面より,機嫌が良い場面の方が発動性・注意,共感の作業を脳内で行い,声掛けをしようとした可能性が考えられる。視聴時とIDS時の比較では,IDS時が脳活動の部位が多く,乳児への発話時は,他者への共感に関連するFP,注意を担うDLPCFがより活動したと推測する。【理学療法学研究としての意義】乳児の表情の視聴時・IDS時の脳活動を検討することは,育児負担が高い障害児を持つ両親の育児ストレス対策および親性の涵養のための有益な資料となる。謝辞:本研究は,JSPS科研費(課題番号24530831 研究代表者 庭野賀津子)の助成を受け実施した。
著者
齊藤大介 野田敏生 古川公宣
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
第50回日本理学療法学術大会
巻号頁・発行日
2015-05-01

【はじめに,目的】厚生労働省の報告では,腰痛は,84%の人が一生のうちに一度は経験するといわれている国民的愁訴であり,慢性疼痛患者の半数以上に腰痛の訴えがあるとしている。腰痛は職業性疾病の6割を占め,長時間のデスクワークや長距離運転等で増悪するといわれており,腰痛予防対策が,労働者の健康確保にとっても大きな課題となっている。そのため,慢性腰痛症に対する対策の必要性があり,予防的に介入することで経済損失を効果的に減じることができるという報告もある。諸家の報告において,デスクワーク従事者は,椎間板ヘルニアの発生率が高く,坐位姿勢は立位姿勢と比較して,椎間板内圧が上昇する事や後部椎間板線維輪が伸張されるといわれている。また,腰部障害に影響を及ぼす因子として坐位時間が挙げられており,慢性腰痛症の誘因の1つである。O’Sullivanらによって報告された腰椎の生理的前弯を保つ坐位姿勢(Upright sitting)は,深層筋を優位に働かせて脊柱の靭帯軟部組織への負担を軽減するとされている。一方,胸腰部を脱力して骨盤を後傾した坐位姿勢(Slump sitting)は,脊柱起立筋にFlexion Relaxation Phenomenon(FRP)が出現し,腰椎を生理的前弯に保つ力源を非収縮性の受動性組織に依存するとされている。この姿勢を長時間保持することは,脊柱の靭帯軟部組織が伸張され,菲薄化することで強度低下を起こし(クリープ現象),脊柱の安定性が損なわれるといわれているが,腰部筋活動に関して経時的な変化を調査したものはない。そこで今回我々は,Upright sittingとSlump sittingの坐位姿勢を保持する間の腰部筋活動の経時的な変化から,異なる坐位姿勢が腰部筋活動に与える影響を調査した。【方法】健常成人男性14名,年齢:30.7±6.8歳(平均±標準偏差),身長:171.1±5.1cm,体重:65.0±9.3kg,を対象とし,1年以内に強い腰部痛の経験がなく,腰部に障害を残遺する疾患及び外傷の既往がない者とした。被験者は大腿骨を坐面と平行にし,膝関節屈曲90°,足底は床から離すようベッドに着坐し,体重の20%の重錘を両側肩関節上からベルトを用いて垂直方向に懸垂した状態でUpright sittingとSlump sittingをそれぞれ20分間保持した。被検筋は,左右の腰部腸肋筋と腰部多裂筋とし坐位保持中の筋活動を表面筋電計にて測定した。また,試行間には十分な期間(7日間以上)を設けた。統計学的解析は,経時的変化に反復測定分散分析と多重比較検定(Dunnet法)を用い,危険率5%未満を有意とした。【結果】Slump sittingの左右の腰部腸肋筋,腰部多裂筋の筋活動電位は,時間経過に伴う変化は示さなかった。また,Upright sittingにおいても腰部腸肋筋の筋活動に有意な変化は見られなかったが,両側の腰部多裂筋の筋活動は経時的に有意に増加し,右側(12分後)の増加が左側(16分後)よりも早期に出現した。【考察】Upright sittingでは,腰部多裂筋の筋活動が経時的に有意な増加を示したが,腰部腸肋筋の変化は認められなかった。このことから,脊柱の靭帯軟部組織への負担が少ないとされるUpright sittingを保つ時でも,保持時間が長くなると下部腰椎に後弯方向のストレスが生じ,筋疲労を誘発している事が推察された。左右の出現時期の違いは坐圧の不均衡によるものと考えられるが,今後の検討課題である。また,Slump sitting開始時の腰部筋活動電位は,平均約8.4μVと低値を示した。これは,FRPが出現したと考えられ,この姿勢を保持するときには筋による力源ではなく,腰部受動性組織の張力へ依存していることが推察された。本研究の限界として,長時間の坐位保持を重量負荷にて再現したため,本来の長時間坐位保持による変化と異なる可能性がある。今後は日常的な作業環境での評価を行えるよう研究を進める計画である。【理学療法学研究としての意義】本研究結果は,臨床の現場や腰痛予防教室において,デスクワークまたは長距離運転等に従事する者の慢性腰痛症を予防するための作業環境設定,適切な作業姿勢の指導を行なう一助となると考える。