- 著者
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悪原 至
- 出版者
- 国立音楽大学大学院
- 雑誌
- 音楽研究 : 大学院研究年報 = Ongaku Kenkyu (ISSN:02894807)
- 巻号頁・発行日
- vol.29, pp.51-64, 2017-03-31
本論文は、ヤニス・クセナキス作曲の打楽器独奏曲《Rebonds》の音型構造を、群論の概念を用いて分析を行ったものである。《Rebonds》は“a”、“b”と異なる特徴を持つ2つの部分から構成されているが、“a”にはクラインの四元群、“b”には正六面体群の概念を分析に使用した。《Rebonds》の先行研究としては、グレッグ・ベイヤーによる黄金比の概念を用いたものがある。それは曲全体がどのようなプロポーションで構成されているのかを明らかにする試みであり、それに対して本論文での分析は、群論の概念から音型の構成方法を探るという細部に目を向けた独自の視点である。“a”に用いたクラインの四元群は、ある図形に左右反転、上下反転、180°回転の操作を加えるといった方法で表現できる。“a”では、冒頭に現れる核となる音型に、前述の3つの操作が適宜加えられ、音型の形が変化していく。3つの回転操作のうち、ある一定の手順を繰り返し行うことにより、もとの音型が様々な形に変わり、それがまた元の音型に戻るというサイクルが形成されている。サイクルが終わった後は、それまでに現れた音型を組み合わせたり、縮小したりといった変形を加えられながら曲が発展していく。その音型の配置はサイクルのように規則的なものではなく、直感的に自由に配置されている。一方“b”では正六面体群の概念が用いられている。それは立方体の回転に基づくものであり、その回転により現れる4つの数字の組み合わせが音型を構成する基となっている。この立方体の回転の操作にも、“a”と同様に一定のサイクルがあり、“b”においては3つのサイクルが確認できる。サイクルにより音型が変遷していくが、曲が進むにつれて音型の変化する頻度が高まり、秩序が崩壊してゆく様が演出されている。規則性がだんだんと感じにくくなり、サイクルによる音型変化が終了した後は、“a”と同じく直感的に音型が扱われてゆく。“a”、“b”それぞれ基となる群の構造は違うものの、その活用法は似通ったものがある。両者とも曲の前半部分では、群論に基づくサイクルを使用することにより、核となる音型を変形させ新たな音型を生み出し、曲の後半では、計算というより、それらの音型をより直感的な形で組み合わせたり、回転、変形させたりして扱っている。クセナキスは作曲の行為を計算に委ねたというイメージが強いが、《Rebonds》作曲前後のクセナキスの発言を顧みると、計算による作曲の息詰まりから、直感も重視していることが分かる。クセナキスは《Rebonds》 において、まず群論の演算をもとにサイクルを決め、音型を半自動的に生成した。それに直感に基づく操作を加えることにより、計算の息詰まりから音楽を解放し、生命力や躍動感をもらしたと言えよう。