- 著者
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周 紀瑩
- 出版者
- 国立音楽大学大学院
- 雑誌
- 音楽研究 : 大学院研究年報 = Ongaku Kenkyu : Journal of Graduate School, Kunitachi College of Music (ISSN:02894807)
- 巻号頁・発行日
- vol.34, pp.295-310, 2022-03-31
研究の背景日本と中国の初等教育では,音楽の学習に必要なものとして,古くから読譜を取り入れてきた共通の歴史がある。日中の両国において,読譜は,音楽活動を充実させる上で重要な役割を果たしており,読譜に関する内容の充実は,両国において古くて新しい課題である。日中両国の読譜に関する内容は,絵譜の使用に代表される共通の学習方法と,数字譜のように,中国の音楽文化に根ざした学習方法がある。したがって,日本と中国における読譜に関する内容を比較することは,双方の音楽教科書をはじめ,実際の読譜指導の改善・充実に向けた示唆を得ることが期待できる。研究の目的と方法本研究の目的は,日中両国の読譜に関する基本的な考え方,小学校音楽教科書における読譜に関する内容と方法を比較し,両国の読譜に関する現状と課題を明らかにする。そのために,本研究では,日本と中国の小学校音楽科教育課程における読譜の考え方を明らかにした上で,日中両国の小学校音楽教科書を対象とし,読譜に関する表記を丁寧に分析した。結論本論では,日本と中国の小学校音楽教育課程の基準と現行の小学校音楽教科書を研究対象に,両国の小学校音楽科における読譜に関する内容を比較して分析した。その結果,明らかになったのは次の点である。日本の学習指導要領では「相対的な音程感覚を育てるために,適宜,移動ド唱法を用いること。」,中国の音楽課程標準では「五線譜の指導には,首調唱名法を使うことを提唱する」のように,教育方針は異なるが,類似点がみられる。それは,日本と中国の小学校の音楽授業は,それぞれの楽譜の表記方法を用いて授業を行われているが,児童に相対的な音楽感覚を育成するために,両国とも移動ド唱法が使用されているという点である。また,日本では多くの学校で五線譜を用いて授業が行われており,器楽の学習内容以外は,全て階名を用いて授業を行う教師もみられる。さらに,特に地方の児童は,イ短調が分からないままに,中学校に進学してしまった児童も多いという状況がよくみられるという教師の証言もある。そのため,児童がハ長調の楽譜しか読めないので,移動ドとしての意味があまりないと推察される。一方,近年の中国では,数字譜から五線譜へ移行する傾向が強くなり,特に専門教育に向けての音楽教室では,五線譜で授業を行うようになってきている。それに伴い,五線譜教育を扱うことを望む声が社会的にも高まってきている。中国では,五線譜の場合,数字譜とは違い,固定ドで読むことが一般的になっている。したがって,数字譜の学習が五線譜につながらないという問題がみられる。以上のことにより,日本と中国の小学校音楽科における読譜の指導内容では,多方面から検討していく必要があると思う。そのため,今後は,日本と中国の小学校音楽科教育における読譜に関する指導法について,実際の指導場面の検討などを通して考察を深めていきたい。