著者
Iwamoto Noriko 岩本 典子
出版者
The University of Edinburgh,Scotland, United Kingdom
雑誌
Edinburgh Working Papers in Applied Linguistics
巻号頁・発行日
vol.6, pp.58-68, 1995

太平洋戦争期における日本の新聞で、戦況報告を伝えるメデイアの言語的特徴を、特に機能主義文法 (Functional Grammar) における他動性構造(transitivity structure; 「過程構成」とも訳される)のフレームワークを用いて分析した。新聞報道記事、小説、物語など、そこに構築される世界は、現実の世界ではなく、「言語的に作られた世界」(linguistically constructed world)である。これは、デイスコースを作り出す過程で、書き手の主観性や意図、利害、世界観、いわゆるイデオロギーが介入し、作用することによる。デイスコース分析に言語学を応用するRonald Carter, Tony Trew, Michael Halliday, Paul Simpsonらの提唱する枠組みと、Hallidayの機能主義文法における他動性(transitivity)の理論を用いて、太平洋戦争期に、アリューシャン列島のアッツ島において、日本軍の敗退を伝えた新聞報道記事を分析した。こうした研究は、社会言語学的な側面も持ち、その時々の社会状況がメデイアの言語に反映されるものといえよう。分析により得られたのは、次の結果である。自国の軍の敗退を報道した記事であるにもかかわらず、デイスコース全体が受動的でなく、能動性を帯びており、日本側にとって動作主志向(Agent —oriented)となっている。すなわち、日本側が常に主体で動作主、そして敵側が客体で被動者志向(Patient —oriented)の立場をとっている。これは事実を報道することよりも、国民の士気の低下を防ぐことを、第一義的目的とした、当時の新聞の方針のためであろう。この調査結果を裏付けるために、オリンピックのサッカーの試合における日本チームの敗退を、新聞がどう報じたかということと、比較調査してみた。結果、前例とは逆で、日本側が被動者、敵側が動作主というように、日本側にとって、被動者志向(Patient —oriented)に表現されていることが、明らかになった。これは、スポーツ報道は、深刻なイデオロギーが介入してくる戦時報道と異なり、事実を直接的に伝えても、国民全体への影響が少ないためであろう。このように、機能主義文法の枠組みを使ってのメデイア言語の文体研究は、ディスコース分析の分野において新たな貢献のできる方法論であろう。This paper is an attempt to explore the relationship between linguistic structure and socially constructed reality. This research takes the view that the language in a certain text structures its own 'fictional' reality. In order to clarify this process, the theory of transitivity in Functional Grammar will be applied to Japanese wartime newspaper reporting; this I intend to demonstrate how an unconventional or 'deviated' world is shaped by language in response to certain social demands. This study is an attempt to examine an area where systemic grammar, pragmatics and sociolinguistics meet.