著者
牛場 潤一
出版者
日本リハビリテーション医学会
巻号頁・発行日
pp.79-83, 2010-02-18

はじめに Brain Machine Interface(BMI)は,脳と機械を直接相互作用させる技術の総称である.脳は通常,身体を介して外部環境と関わりを持つが,その仲介となる身体を省き,脳と外部環境を直接作用させよう,という発想がBMIである.こういった考え方によって,完治が困難な身体障害を工学的に克服することがBMIの目標の1つになっている. 運動障害に対するBMIの応用事例は主に,電動義手や電動装具の制御(いわば,失った上肢機能の代替を目指すもの)と,パーソナルコンピュータやテレビなどの家電制御(いわば,環境制御装置としての機能を目指すもの)に大別される.このように,失った運動機能の代償をする「機能代償型BMI」に加えて,最近では神経系機能の再構築を目指す「機能回復型BMI」のコンセプトも示されつつある(表). BMIに用いられる脳活動計測は,その侵襲性によって3つのタイプに分けられる.すなわち,針電極を用いて脳に直接電極を差し込み,神経細胞のスパイク電位を計測する侵襲的な計測方法,硬膜下電極を利用して脳表から局所電位を記録する低侵襲的な方法,頭皮上に皿電極を貼付して脳波を計測する非侵襲的な方法,の3つである.非侵襲的な方法としてはほかに,神経細胞の電気的活動によって生じる磁場変動を計測する脳磁図,機能的磁気共鳴画像法,神経活動によって生じる血流動態の変化を吸光スペクトルとしてとらえる近赤外分光法も存在するが,前二者は計測に際してシールドルームが必須であり,後者は時間特性が悪いことから,BMIに利用した例はそれほど多くない. 当然のことながら,詳細な脳活動を記録分析できる計測手段を用いたほうが,精度の高いBMIを構築することが可能である.また,針電極を用いた脳活動計測の場合,古くから脳科学分野で培われた詳細な細胞活動特性の知見を活かせる点で,研究の具体的道筋が立てやすいように思われる.頭皮脳波は,これら侵襲性のある脳活動計測方法に比べると,空間分解能に劣るほか,体動ノイズや環境ノイズに影響を受けやすいという欠点がある.では,頭皮脳波を用いたBMIが臨床的に意義を持つためには,何が必要であろうか? 頭皮脳波を用いたBMIの利点は,身体的にも精神的にも被験者の負担をかけずにシステムの導入が行えることである.BMIの利用を中断するときにも容易であり,被験者の心理的障壁が比較的低い.計測システムは最も安価で,産業化への道筋が最もつけやすい.頭皮脳波から判別可能な運動関連脳情報は極めて限られるものの,それらを確実かつ即座に判別でき,脱着しやすい安価なシステムとして提供することができれば,重度運動障害者に対する環境制御装置あるいは意思伝達装置としての価値は十分に認められる.また頭皮脳波は,眼電図や頭部や頸部の筋電図など,さまざまな生体信号の混入が避けられないという欠点を持っているが,BMIの想定受益者である重度運動障害者のなかには眼球運動,呼吸や嚥下活動,表情筋などの随意性が残存しているケースは多く認められるので,種々の随意運動に起因するノイズも脳波同様に弁別し,機械制御に用いることで,より実用的なシステムを構築できるものと思われる.
著者
村井 俊哉
出版者
日本リハビリテーション医学会
巻号頁・発行日
pp.46-51, 2018-01-18

高次脳機能障害とは,社会的行動障害とは 高次脳機能障害とは,もともと精神科,神経内科,脳神経外科などで医学的病名として用いられていた脳梗塞後遺症,頭部外傷後遺症,器質性精神障害などにまたがるわが国特有の行政用語である.行政用語としての「高次脳機能障害」という名前が作られた背景には,脳梗塞や頭部外傷,脳腫瘍などさまざまな疾患により生じる後遺症が,これらさまざまな診療科の狭間にあり,どの科でも十分な診療や支援が受けられないという状況があった. 2001年度に開始された高次脳機能障害支援モデル事業において,脳損傷患者のデータの分析が行われた結果,脳損傷後の後遺障害の中でも,特に記憶障害,注意障害,遂行機能障害,社会的行動障害に着目し,これらの障害を示す一群を,「高次脳機能障害」と呼ぶことが定められた.高次脳機能障害の4症状領域のうち,記憶障害,注意障害,遂行機能障害は「認知」の障害とみなすことができるが,そこに分類できないようなさまざまな「行動」の障害はすべて「社会的行動障害」に含まれている.「高次脳機能障害者支援の手引き」では,社会的行動障害として,意欲・発動性の低下,情動コントロールの障害,対人関係の障害,依存的行動,固執が列挙され,訓練プログラムの章では,抑うつ,感情失禁,引きこもり,被害妄想,徘徊もそこに加えられている1).同じ高次脳機能障害として並列に挙げられてはいるものの,記憶障害・注意障害・遂行機能障害と社会的行動障害はその概念的な基盤が異なる.すなわち,記憶障害・注意障害・遂行機能障害は特定の情報処理過程の障害として定義され,脳の特定のネットワークの損傷がその神経基盤として想定されている.一方で,社会的行動障害は特定の脳領域が障害されると起こるという,脳との明確な対応関係があるものではなく,さまざまな問題行動の総称として用いられる.すなわち,概念を規定する背景理論が希薄なのである.このことが社会的行動障害を神経心理学的に理解することを難しくしており,高次脳機能障害を専門とする臨床家の中でも社会的行動障害に苦手意識をもつ者が多い原因となっているのである.しかし,社会的行動障害は,高次脳機能障害に伴うそれ以外の主要症状以上に脳損傷患者および介護者の生活に多大な困難をもたらすことが多く,高次脳機能障害の臨床を行ううえで社会的行動障害は避けて通ることはできない.
著者
船瀬 広三
出版者
日本リハビリテーション医学会
巻号頁・発行日
pp.573-578, 2012-09-18

脊髄伸張反射の可塑性 筋紡錘入力によって無意識に生じる脊髄伸張反射も上位中枢からの下行性入力による修飾を受け,柔軟な可塑性を有することがWolpawら1,2)によって報告されている.軽いトルクのかかったハンドルをサルに握らせ,そのハンドル位置をサルの目前の画面に表示しておく.この状態でサルの肘関節をトルクモーターによって他動的に伸展させ,与えられた肘の伸展に対して保持しているハンドル位置を画面上に設定された範囲にとどまるようにさせ上腕二頭筋から伸張反射を導出する.この反射サイズがコントロール条件のサイズより大きい(up条件),あるいは小さい(down条件)時にのみ報酬としてジュースを与える.これらの試行を1日に数千回繰り返すと,伸張反射サイズはup条件では増大し,down条件では減少する.同様な結果は,サルとラットのH反射やヒトの伸張反射においても観察される.このような現象は,反射誘発の刺激強度に変化がなく刺激タイミングが予測できない状況下では,伸張反射回路の構成から考えて上位中枢からの影響によるものであると考えられ,事実,皮質脊髄路を破壊したラットでは観察されない.学習によって獲得したこのような伸張反射の変化は,除脳標本においても維持されており,脊髄レベルでの変化が“memory trace”として残存するものと考えられる. 姿勢の保持や不意の外乱時に骨格筋収縮の自動制御装置として機能する伸張反射回路は,感覚細胞(筋紡錘),神経細胞(motoneuron:MN),筋細胞(筋線維)の3つの細胞で構成されるシンプルな単シナプス性反射であるが,その利得調節機構はそれほどシンプルではない.伸張反射の利得はαMNの興奮性に影響を与えるpresynapticな要因(シナプス前抑制やpost-activation depressionによるⅠaシナプスでの伝達効率の変化など)とpostsynapticな要因(MNに対する促通あるいは抑制性シナプス入力),およびγMN活動で支配される筋紡錘感度によって調節されており3,4),MN自体の性質やシナプス入力などのpostsynaptic factorとⅠaシナプス終末上のシナプス前抑制やpost-activation depressionによるⅠaシナプスの伝達効率変化などのpresynaptic factorによって調節されている.同時にγMNによる筋紡錘感度調節の影響も受けており,状況に応じた柔軟な反射利得調節が行われている.中でもⅠa終末部でのシナプス前抑制によると思われるH反射の変化は,学習1,2)やトレーニグ5)だけでなく姿勢条件6~12)や運動課題3,13~16)にも依存することが報告されている.例えば,ヒラメ筋(m. soleus:SOL)H反射は座位や伏臥位条件に比べて立位条件では抑制される.Katzら11)は座位と立位時(肩をサポートした立位とサポートなしの立位)に異名筋Ⅰa促通法やpost-stimulus time histgram(PSTH)法を用いてシナプス前抑制の動態を調べたところ,座位条件に比べ立位条件において,また同じ立位条件でもサポート有り条件よりサポート無し条件において,SOL-MNではシナプス前抑制が増強し,大腿四頭筋(m. quadriceps:Q)MNでは減弱していることを報告している.自発的な運動単位発火が必要なPSTHの実験を除いて,立位条件においては非被験筋側に重心を移動させ,H反射誘発側には背景筋電図(background EMG:bEMG)が生じていない状態で実験を行っている.この措置によって座位と立位条件ともにH反射誘発時にbEMGは生じないことになりα-γ連関による筋紡錘活動も低下していることになる.この状態でのⅠa終末部でのシナプス前抑制の増強は介在ニューロンへの下行性入力によることが示唆される.興味深いことにSOL-MNとQ-MNとでシナプス前抑制が逆の効果を示しており,足関節伸筋では伸張反射利得を減弱させ関節可動性を増して下行性調節を行いやすくし,膝関節伸筋では逆に伸張反射利得を増強して膝関節を固定する方向に作用していることが考えられる.また,同じ立位姿勢でも,通常の歩行時より走行時13,14,16),より難易度が高い線上歩行時ではSOL-bEMGとH反射の関係を示す回帰直線の傾きが低くなることが報告されている3).この回帰直線の傾きの低下は,随意運動時のαMN活動が同程度であってもⅠaシナプスを介したH反射誘発時に活動するαMN数は異なっていることを示しており,Ⅰa終末部のシナプス前抑制が増強していることを示唆している.
著者
Kimura Jun
出版者
日本リハビリテーション医学会
巻号頁・発行日
pp.507-509, 2009-08-18

Effect of Volitional Muscle Relaxation on H reflex To test the effect of volitional inactivity and subsequent voluntary muscle contraction on the excitability of the anterior horn cells in the lower limb, we studied the time course of H reflex recorded from the soleus muscle in 11 healthy subjects after resting the muscle for one and two hours.1) The H-reflex amplitude declined (p<0.05) after rest, remained the same after standardized exercise, and recovered after standing. Statistical analyses showed a significant difference in the degree of suppression induced by one- and two-hour periods of rest. We conclude that the excitability of the spinal motor neurons tested by H reflex undergoes a substantial diminution after a relatively brief cessation of volitional motor drive, recovering quickly upon resumption of normal muscle activity.