- 著者
-
村井 俊哉
- 出版者
- 日本リハビリテーション医学会
- 巻号頁・発行日
- pp.46-51, 2018-01-18
高次脳機能障害とは,社会的行動障害とは
高次脳機能障害とは,もともと精神科,神経内科,脳神経外科などで医学的病名として用いられていた脳梗塞後遺症,頭部外傷後遺症,器質性精神障害などにまたがるわが国特有の行政用語である.行政用語としての「高次脳機能障害」という名前が作られた背景には,脳梗塞や頭部外傷,脳腫瘍などさまざまな疾患により生じる後遺症が,これらさまざまな診療科の狭間にあり,どの科でも十分な診療や支援が受けられないという状況があった.
2001年度に開始された高次脳機能障害支援モデル事業において,脳損傷患者のデータの分析が行われた結果,脳損傷後の後遺障害の中でも,特に記憶障害,注意障害,遂行機能障害,社会的行動障害に着目し,これらの障害を示す一群を,「高次脳機能障害」と呼ぶことが定められた.高次脳機能障害の4症状領域のうち,記憶障害,注意障害,遂行機能障害は「認知」の障害とみなすことができるが,そこに分類できないようなさまざまな「行動」の障害はすべて「社会的行動障害」に含まれている.「高次脳機能障害者支援の手引き」では,社会的行動障害として,意欲・発動性の低下,情動コントロールの障害,対人関係の障害,依存的行動,固執が列挙され,訓練プログラムの章では,抑うつ,感情失禁,引きこもり,被害妄想,徘徊もそこに加えられている1).同じ高次脳機能障害として並列に挙げられてはいるものの,記憶障害・注意障害・遂行機能障害と社会的行動障害はその概念的な基盤が異なる.すなわち,記憶障害・注意障害・遂行機能障害は特定の情報処理過程の障害として定義され,脳の特定のネットワークの損傷がその神経基盤として想定されている.一方で,社会的行動障害は特定の脳領域が障害されると起こるという,脳との明確な対応関係があるものではなく,さまざまな問題行動の総称として用いられる.すなわち,概念を規定する背景理論が希薄なのである.このことが社会的行動障害を神経心理学的に理解することを難しくしており,高次脳機能障害を専門とする臨床家の中でも社会的行動障害に苦手意識をもつ者が多い原因となっているのである.しかし,社会的行動障害は,高次脳機能障害に伴うそれ以外の主要症状以上に脳損傷患者および介護者の生活に多大な困難をもたらすことが多く,高次脳機能障害の臨床を行ううえで社会的行動障害は避けて通ることはできない.