著者
長谷 千代子
出版者
東京都立大学社会人類学会
雑誌
社会人類学年報
巻号頁・発行日
vol.30, pp.63-87, 2004-09-15

本稿は、近代的な「宗教」概念によって切り捨てられた民間信仰的な実践が、漢族との関係構築において重要な役割を果たすと同時に、近代的世界のなかで徳宏タイ族の民族アイデンティティと共同体を維持していく重要なツールになっていることを論じている。 中国の徳宏タイ族は漢化が進んでいると言われており、タイ族によく見られるムアンの神(クニ領域の守護神)祭祀においても、徳宏では関公のような漢文化起源の神が組み込まれていて、漢族もタイ族も参拝する状態になっている。しかし人々の参拝行動を見ると、漢族は関公廟を財神と見なし、タイ族はムアンの神と見なして別々に参拝しているが、お互いに廟を独占しようとするわけでもない。ここから読み取られるのは、漢化と民族境界維持の試みとが絡み合いながら同時に存在しているという事実であり、共存のために日常的実践のレベルで作り出された技法の存在である。