著者
矢野 宏光
出版者
聖カタリナ大学
雑誌
若手研究(A)
巻号頁・発行日
2002

我が国の運動心理学領域における先行研究においては、軽度の強度強度で行う身体運動が不安や抑うつの軽減に有効であり、その結果自尊感情は向上するという報告はあるものの、高強度での身体運動による抑うつ低減効果についてはほとんど述べられていない。むろん、高強度スポーツの参加者に適合した尺度の開発についての研究もほとんどなされていない。著者は、ウルトラマラソン(以下UM)という、1日で100キロもの長距離を走りきる過酷な競技に参加する中高年を研究対象として、UM完走が精神的健康度にどのように影響を与えているかについて研究を継続してきた。その結果、UMへの挑戦という大きな達成課題を設定し、それに挑戦することで自尊感情が高まり、抑うつ傾向は軽減される。そして、それによって精神的健康度の向上に結びつくという傾向が認められている。そこで、平成16年度においては、1)研究対象者について継続的に質的・量的両方にわたりデータ収集を行い、高強度スポーツ参加者の特徴をより詳細に分析・検討する。2)著者が現在作成している高強度スポーツ参加者用に適合した自尊感情測定尺度の精度を向上させ、より適合度の高い尺度にしていくことを本研究の目的として今年度の調査を実施した。その結果、以下の事項が知見として得られた。1)中高年UM参加者の自尊感情がレースを通してどのように変化するかという点に関しては、UMのレース結果(完走あるいはリタイア)に直接的に関与しているのではなく、レース後に現在の自己をどのように評価しているかによって、自尊感情の増減が決定されることが明らかになった。また、評価はレース後のみを対象としてはおらず、レースに挑むまでに個人がどのようなプロセスを踏んで、どのように準備したかによっても自尊感情の増減が異なることが判明した。2)UMへの挑戦によって変化した自尊感情は、どれだけ継続・保持するのかという課題に関しては、その個人がおかれている社会環境によって大きく異なっている。すなわち、どれだけストレスの強い職場であるか、家族との良好な関係が営まれているかなどによって、継続・保持の期間は異なってくると考えられる。だが、少なくとも社会環境が悪化した場合においては、中高年のUM参加が自尊感情の再現に大きく貢献していることが質的分析から明確となった。