出版者
Museum of Nature and Human Activities, Hyogo
雑誌
人と自然 (ISSN:09181725)
巻号頁・発行日
vol.27, pp.1-11, 2016 (Released:2019-01-18)

ミシシッピアカミミガメ(Trachemys scripta elegans: 以下アカミミガメ)はアメリカ合衆国の一部と 隣接するメキシコ合衆国の北東部の在来種である.鮮やかな色彩に富んだ孵化幼体は,人気のペットと して世界的に長く親しまれてきたが,その一方でおびただしい数の個体が自然分布しない地域に持ち込まれ て野外に放され,定着してしまっている.その結果アカミミガメは,現在では南極大陸を除くすべての大陸 と,日本を含む温帯や熱帯の多くの島々に広がり,都市近郊を含む様々な環境で,繁殖個体群を確立してし まっている.そしていったん大規模な個体群として定着すると,在来のカメ類と競合し好ましくない影響を 与えることも珍しくなくなっている.ブリキ製のカメの玩具は何十年にもわたる日本の人気商品であり,第 二次世界大戦後は,重要な輸出品の一つともなってきた.日本における広範囲なアカミミガメ個体群の確立 に先立つ1920 年代から1950 年代にかけては,こうした玩具は,日本の在来カメ類に象徴される地味な色 のものによって特徴づけられていた.ところが1950 年代より後になると,玩具のカメはアカミミガメに典 型的な黄色,赤色,緑色といったより鮮やかな色の組み合わせを示すようになった.このような変化は,単 にアメリカ合衆国をはじめ玩具の輸出先での,より色鮮やかなものを求める需要を反影しただけである可能 性も完全には排除できない.しかしこの傾向が,ペット動物の貿易活動を通した多数の色鮮やかなアカミミ ガメの日本への輸入,そして続く日本の陸水域でのこのカメの定着や,数的優位化の進行の影響を受けて生 じたと捉える方が,よりありそうに思われる.つまり上記のような玩具のカメの色の切り替わりは,日本で 見られる典型的なカメ類における,外観構成の認識の文化的変遷を反映している可能性があり,もしそうで あるならば,アカミミガメは日本においてカメ類の外観の新しい文化的典型と認識され,実生活で遭遇する 事物を真似たアートの新たなモデルとなったとみなすことができる.
出版者
Museum of Nature and Human Activities, Hyogo
雑誌
人と自然 (ISSN:09181725)
巻号頁・発行日
vol.32, pp.1-45, 2022 (Released:2022-01-19)

形態の比較ならびに分子系統解析により,ジャゴケ属Conocephalum とヒメジャゴケ属Sandea は,そ れぞれ世界に6 種と3 種を持つ独立の属であることが示された(Akiyama and Odrzykoski 2020).こ のうちジャゴケ属については日本には4 種,台湾には3 種が分布する.本論文ではこの成果ならびにジ ャゴケ探検隊のメンバーによって日本全国各地ならび台湾から得られた生植物を用いた形態と分布につい ての詳細な検討に基づき,これまで和名だけが与えられていた日本と台湾に分布するジャゴケ属植物3 種 のそれぞれを,オオジャゴケC. orientalis H. Akiyama,ウラベニジャゴケC. purpureorubrum H. Akiyama,そしてマツタケジャゴケC. toyotae H. Akiyama を新種として記載した.また北半球冷温帯 に広く分布するタカオジャゴケC. salebrosum についても,日本・台湾産標本に基づいてヨーロッパ産植 物との違いを比較検討して記載を与えた.
出版者
Museum of Nature and Human Activities, Hyogo
雑誌
人と自然 (ISSN:09181725)
巻号頁・発行日
vol.4, pp.99-124, 1994 (Released:2019-11-01)

八重山の島々には身近にいる小さな生物たちを主題に, ときにはユーモラスに, またときにはアイロニ カルに歌いあげた民謡が多い. 石垣市の西北10キロメートルほど離れた網張( アンパル) にひらけた広大 な干潟( カタバル) には, マングローブなどの植物が生い茂り,33 種の貝類,34 種のエビ・カニ類,3 種 のゴカイとユムシなどの底生動物相や様々な動物たちが息吹く. 四季を問わない生物の楽園は, 時には人 が相撲に興じ, 競馬を楽しみ, 貝などを採る場でもあった. ここに生息する生きものたちを題材にとり上 げ, 歌いあげる人々のエネルギーは, 干潮時に湾奥部まで開ける干潟の広大さ, そこにふり注ぐ太陽のま ばゆさを背景にした, 動植物資源の豊かさと決して無縁なものではない. このアンパルを舞台に展開される八重山の代表的な民謡である「網張ヌ目高蟹( アンパルヌミダガーマ) ユンタ」には, 15 種類ものカニが登場する. カニの生態, 形態や行動などを巧みに捉え, 擬人化したこの ユンタはいわば,「鳥獣戯画」の歌謡版といえるほどの傑作である. しかし, 登場する力二の種の生物学 的な特定に関して従来いくつかの混乱があった. そこで, カニの民俗学・動物行動学的な今回の調査結果 をもとにヒトとカニとのかかわりとその正体を探ってみた. 同時に, 石垣市からおよそ8 キロメートルほ ど東方を流れる宮良川においてカニの種と分布に関する調査も行った. これらの結果もとり入れながら, ユンタに登場するカニの種の解釈( 特定) に関する従来の見解にいくつかの異同と新知見を提示・論述し た.