- 著者
-
宮野 佐年
- 出版者
- 医学書院
- 巻号頁・発行日
- pp.235-240, 1988-03-10
はじめに
立つことにより両上肢が自由に使えるようになって,人間が現在のように進歩したといっても過言ではない.しかし,一旦,下肢に障害をきたし,歩けなくなってしまうと,上肢を犠牲にしてもなんとか歩きたいという願いがつよくなる.
歩行を補助するものとして,杖,松葉杖,歩行器などがあるが,これらは,いずれも上肢で操作しなければならず,歩行するためには,上肢の自由を失ってしまう.
しかし,上肢の自由を犠牲にしても,立って歩くことは移動能力を高め,本人のQOLを向上させるために,非常に執着を持つことは自然の理であろう.杖の起源は不明であるが,有史以前にすでに,闘いや,食物を取るための棒が疲れたときの身体の支えや下肢の怪我や痛みのあるときに歩行の補助具として使われていたと考えられる.歴史的には,BC2830年に上端が二またに分かれた木片に寄り掛かっている人の絵が見られたものが最初である.
古代エジプトでは,権力の象徴として,杖を使っていたことが,古墳からうかがうことができる.中世において,羊飼いや巡礼者は長い杖を持って歩き,身体の支えや武器として使った.また,フランスの貴婦人が杖を愛用したのは11世紀頃であったが,18世紀には,紳士が杖を使うようになり,特に医師のシンボルに近いものにまでなった.今回は,歩行の補助具としての杖・松葉杖を中心に述べる.