著者
近藤 宏
出版者
現代文化人類学会
雑誌
文化人類学研究 (ISSN:1346132X)
巻号頁・発行日
vol.22, pp.54-79, 2021 (Released:2022-01-29)
参考文献数
32

本稿では、「存在論的転回」の「真剣に受け取ること」という知的な態度に倣い、「『自然』を/に抗して書くwriting (against) nature」という課題を、パナマに暮らす先住民エンベラの人びとによる「自然を書く」取り組みから考える。具体的には、溺死という出来事をめぐる叙述である。それは文字を使用しない語りによる叙述で、正確には書くことではないかもしれないが、ここでは先住民の考え方を引き受けることを優先させるため、「自然を書く」ことを「自然を叙述する」こととして緩く捉え、人類学者にとっての問いに対応する先住民的な考えを検討する。 その溺死の出来事の叙述は、被害者の身体の様相を詳しく伝えることで、水流の不可解な力に曝された被動作主としての性格を際立たせる。一見すると空白のままとなる溺死を引き起こした力は、不可視の身体を持つ精霊の行為主体性として受け止められている。不幸な出来事の原因を精霊に帰するような語りを、「驚くべき事実Cが観察される、しかしもしHが真であれば、Cは当然の事柄であろう、よって、Hが真であると考えるべき理由がある」[米盛 2007: 54]という形式を取るアブダクションと受け止める。「推論的仮説内容H=精霊が食べた」ことが、溺死の原因としてなぜふさわしいのかを、その仮説内容のかたちづくる際にはたらく「創造的想像力による推測の飛躍」を分析し、検討することから、自然の諸力(水流の力)を自然の要素(ナマケモノという動物)によって叙述するという、自然の叙述の様式が浮かび上がる。 こうした自然の叙述の様式に組み込まれている動物の名前の使用や、動物のイメージを別の自然現象に投影する民族誌的事象の分析や、別の先住民グループの民族誌的記述を手掛かりにしながら、エンベラによる自然の叙述の様式を考察すると、別の「イメージ平面」となる、自然の様態がそこには垣間見える。エンベラによる「自然の叙述」は、自然の事物のイメージが、別の自然の諸力のイメージとして照り返される独特な「イメージ平面」を含みこむ自然の様態が浮かび上がる。

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