著者
神奈木 玲児
出版者
The Japan Society of Coloproctology
雑誌
日本大腸肛門病学会雑誌 (ISSN:00471801)
巻号頁・発行日
vol.56, no.9, pp.445-446, 2003-09-01

癌の転移には数多くの接着分子が関与するが,ここでは臨床的に最も問題となる遠隔血行性転移に関与するセレクチン系の細胞接着分子について最近の研究を紹介したい.<BR>1.癌転移におけるセレクチンの関与と癌細胞における糖鎖リガンドの発現誘導機構<BR>血行性転移において流血中の癌細胞が血管内皮と接着する際にセレクチンとその糖鎖リガンドが重要な役割を演じる.血管内皮側ではE-セレクチンが,癌細胞側にはシアリルルイスa・シアリルルイスXなどの糖鎖リガンドが発現する.これらの糖鎖リガンドは以前からCA19-9,SLX,NCC-ST-439などの名称のもとに腫瘍マーカーとして臨床応用されてきた.癌細胞ではこれらの糖鎖の発現が正常上皮細胞に比べて有意に亢進している.最近になり癌におけるこれら糖鎖の発現亢進機構がようやく判明してきた.<BR>最近,大腸の正常上皮細胞がシアリルルイスa・シアリルルイスXよりも一段と複雑な構造の糖鎖を構成的に発現することが知られるようになった.おそらく発癌の最も初期に起こるのはこれらの複雑な糖鎖の合成不全であると考えられる.正常上皮細胞に発現する複雑な糖鎖としては,シアリルルイスX系糖鎖では硫酸基の付加した硫酸化シアリルルイスXが典型例であり,シアリルルイスa系糖鎖ではシアル酸がさらに付加したジシアリルルイスaが代表的である.癌化の初期に硫酸化やシアル酸化反応が低下してこれらの複雑な糖鎖の合成不全がおこり,これらの修飾のないシアリルルイスa・シアリルルイスXの発現が亢進する.この合成不全の背景には,これらの修飾に関与する転移酵素遺伝子のDNAのメチル化やピストンの脱アセチル化が推定されている.<BR>2.上皮細胞と免疫系細胞との相互作用と発癌<BR>正常上皮細胞に発現する硫酸化シアリルルイスXはL一セレクチンの特異的リガンドとして日常的にホーミングするリンパ球の粘膜内での挙動を制御し,ジシアリルルイスaはNK細胞や一部のT細胞の抑制性リセプターSiglec-7/p75/AIRM1の特異的リガンドとなっている.<BR>正常上皮細胞に発現するこれら複雑な糖鎖がいずれも免疫系細胞との相互作用を媒介する機能を持つことは注目される.腸管ホーミング性のリンパ球はα4β7インテグリン,L-セレクチンをもち,腸管上皮細胞が産生するケモカインTECKのリセプターCCR9を発現する.このリンパ球は腸管関連リンパ組織ヘホーミングしたのち,さらに粘膜固有層へ出て硫酸化シアリルルイスXやジシアリルルイスaを発現する腸管上皮細胞とL-セレクチンやSiglec-7を介して接着する.この接着によってリンパ球側にCCR10の発現が誘導される.CCR10はより分化した腸管上皮細胞が分泌するケモカインMECのリセプターであり,これによってリンパ球は粘膜固有層内をさらに遊走する.こうした細胞接着分子とケモカインの継時的なはたらきが正常粘膜のLPLやIELの成立に関与すると思われる.<BR>細胞の癌化に伴ってこれら複雑な構造の機能性糖鎖が消失すると粘膜内の免疫学的ホメオスタシスが障害されると考えられる.大腸癌の血行性転移を促進するシアリルルイスX・シアリルルイスaの発現亢進の背景には,こうした機能性糖鎖の消失がある.腸癌発生におけるCOX2の関与や,IL-10ノックアウトマウスにおける発癌は,粘膜中の免疫学的ホメオスタシスの乱れが大腸癌の発生に深く関連することを示す.正常大腸においては硫酸化シァリルルイスXやジシアリルルイスaなどの糖鎖は主にMUC2ムチンに担われるが,最近MUC2ノックアウトマウスで大腸癌の発生が報告されたことは,これら糖鎖を介する正常の細胞接着の消失が癌の発生に関与する可能性をさらに示唆する.<BR>3.三種のセレクチンのリガンド特異性と治療応用の展望<BR>セレクチンにはE-,P-,L-セレクチンの三種類があるが,癌細胞と血管内皮との接着で主役を演じるのはE-セレクチンであり,P-およびL-セレクチンの関与は少ない.しかし最近P-セレクチンやL-セレクチンのノックアウトマウスを用いたモデルでも転移の減少が認められ,P-,L-セレクチンも癌の血行性転移に有意に関与すると考えられるようになった.このため三つのセレクチンのすべてを阻害する治療法の樹立が課題である.この点についても紹介したい.

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