著者
永井 拓
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 : FOLIA PHARMACOLOGICA JAPONICA (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.129, no.5, pp.354-359, 2007-05-01
参考文献数
47
被引用文献数
2 2

薬物依存(精神依存)はある薬物の精神的効果(快感)を体験するためにその薬物の摂取を強迫的に欲求している精神的・身体的状態である.中脳腹側被蓋野から側坐核に投射する中脳辺縁系ドパミン作動性神経系は報酬回路を構成する重要な神経系の一つである.これまでの研究により,依存性薬物の乱用により報酬回路の異常興奮が長期間持続すると,報酬回路に病的な可塑的変化が生じ,渇望を伴う依存状態になると考えられている.我々は,薬理作用としては中枢抑制と興奮と全く逆の作用を示す麻薬および覚醒剤による薬物依存症に共通して関連する生体分子を同定するために,DNAマイクロアレイを用いて麻薬(モルヒネ)および覚醒剤(メタンフェタミン)依存動物の脳内に発現する遺伝子を解析し,両薬物の依存症を悪化させる分子の一つとして組織プラスミノーゲン活性化因子(tPA)を同定した.さらに,tPAはプラスミンを介してプロテアーゼ活性化受容体-1を活性化し,ドパミン遊離を促進することにより麻薬(モルヒネ)およびタバコ(ニコチン)依存症を悪化させることを見出した.一方,依存性薬物の使用により統合失調症に類似した精神病が誘発され,その精神症状は長期間持続することが知られている.我々は,低用量のメタンフェタミンをマウスに反復投与し,メタンフェタミン休薬後も長期間にわたり記憶障害を呈するメタンフェタミン誘発性記憶障害モデルマウスを作製した.さらに,記憶の長期固定には前頭前皮質におけるドパミンD1受容体の刺激と下流に存在するextracellular signal-regulated kinase 1/2(ERK1/2)の活性化を介したタンパク合成が重要であること,メタンフェタミンの連続投与によるドパミンD1受容体/ERK1/2の機能不全が記憶障害に関与していること見出した.本総説では,我々の知見から得られた依存性薬物による精神障害の分子機序を概説し,従来にない新しい治療薬の薬理学的コンセプトとなりうる可能性について述べる.<br>

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