- 著者
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菅野 孝彦
- 出版者
- 東海大学
- 雑誌
- 総合教育センター紀要 (ISSN:13473727)
- 巻号頁・発行日
- vol.23, pp.57-67, 2003-03-30
リルケは, 1915年に訪れたミュンヘン在住の作家ヘルタ・ケーニヒ夫人宅の一室に飾られていたピカソが描いた『軽業師の家族』(Famille de saltimbanques, ワシントンナショナルギャラリー,212.8×229.6cm,油彩)に深い感銘をうけ,かつてパリで見た軽業師たちの技の数々をも思い起こしつつ,後に1922年『ドゥイノの悲歌』の第五歌を書き上げた。われわれは,ここで,ピカソとリルケとの間に伝記的交流を見ることはできない。しかし,『軽業師の家族』という一枚の絵を通じたピカソとリルケの結びつきを,すなわち一人の画家と一人の詩人との間の真の交流をかいま見ることができるのではなかろうか。それはまた,『軽業師の家族』という絵画作品と『ドゥイノの悲歌』という詩作品との間に架橋される橋を現出させる試みとなるのではなかろうか。