著者
張 一平
出版者
広島大学
雑誌
Memoirs of the Faculty of Integrated Arts and Sciences, Hiroshima University. IV, Science reports : studies of fundamental and environmental sciences (ISSN:13408364)
巻号頁・発行日
vol.21, pp.247-249, 1995-12-28

都市化の進展に伴う人間活動の増大や建築物の増加は,従来の自然的環境を変化させ,いわゆる都市気候の形成をもたらした。現代の都市では都市総表面積の大部分が人工建築物によって占められている。これは道路面(舗装された地表面),壁面および屋上面で構成されるが,都心域では道路面が建築物によって日陰になりやすいのに対して,屋上面は日中ほぼ常時日射を受けることから,屋上面は都市化によって現れた新たな受熱面とみなされる。また,都市を覆っている大気層を屋上面付近と地表面との間の気層(都市キャノピー層)とその上方(都市境界層)とに分けて扱う必要性が,Oke(1976)によって概念的ではあるが指摘されている。このように都市境界層と都市キャノピー層の境界付近に存在する屋上面は,地表面とは別個に上空における大気との熱の授受や空気の運動に対して影響を与え,都市気候の立体構造や都市ヒートアイランドの形成に重要な役割を果たしていると考えられる。本研究では都市気候の立体構造やヒートアイランドの形成要因を解明するために,上述のように重要であるにも関わらず観測事例の少なかった屋上面を対象として,そこでの熱収支特性と大気の成層状態について観測を行い,都市気候の立体構造に与える屋上面の役割を明らかにすることを目的とする。第1章(序論)では既存の研究をレビューして都市気候研究の推移および研究の現状を述べ,そのことを通して都市気候研究に関する問題点の所在を明確にし,上にのべた本研究の意義および目的を提示する。本研究では都市大気の鉛直構造や都市気候に対する屋上面の役割を把握するために,広島大学東千田キャンパス旧総合科学部の建物における屋上面・壁面・地表面の温度および同屋上面上と都市近郊草地において行った放射収支・熱収支の観測資料,ならびに広島市市街地を対象として多点同時に行った係留気球による気温と風速の鉛直観測資料を用いた。第2章では本研究で行ったこのような観測の方法と解析手順,ならびに考察を行うのに必要な物理的基礎を述べる。第3章では広島市市街地における大気の鉛直構造に言及した上で,屋上面上(都市境界層下部)と地表面付近(都市キャノピー層)の気層における温度・風速の鉛直分布の差異について考察する。日中における屋上面上・地表面上ともに市街地の方が海岸部や内陸部郊外の気温とくらべて高い。つまり,屋上面上の気温にも地上気温と同様に都市内外の差異(ヒートアイランド)が存在する。屋上面上の気温の鉛直分布は高度の対数に対して直線的な分布をしているが,日中における風速の鉛直分布は高度の対数の直線分布から外れる。このような点から,屋上面上の大気の成層状態や乱流特性などは,その日変化も含めて地表面とは異なると考えられる。さらに日中には屋上面の表面温度は地表面温度よりも高いこと,ならびに屋上面上3mの気温はそれとほぼ同高度の地上20mあるいは地上3mの気温と比べて日中常に高いことから,屋上面直上においては周囲の大気や地表付近と比べてより高温な気塊が形成されていると考えられる。また,屋上面上の高度1mにおける気温は日中に海風の風上側から風下側へ向かって低下し,屋上面上3mでは逆に風上側から風下側に向かって昇温している。このような屋上面上における気層の状態を明らかにするためには,屋上面上における放射収支と熱収支および大気の成層状態,乱流特性などの考察が必要である。そこで第4章では屋上面と近郊の草地面において夏季と冬季に行った熱収支観測の資料を用い,屋上面の熱収支特性およびその季節による違いを草地面との比較から検討する。日射量がほぼ等しい場合であっても,草地面に比べて屋上面の方が日の出後の加熱による表面温度の上昇が著しく,日中には上向きの長波放射量も大きい。また,有効放射量は日中において屋上面の方が大きく,正味放射量は屋上面の方が小さくなっており,この特徴は夏季に顕著となる。アルベドは屋上面の方が草地面に比べて夏季・冬季ともに小さい。屋上面は草地面に比べて加熱・冷却の影響を強く受け,屋上面の表面温度は午前中に急速に上昇し,午後から夜間にかけての降下量も大きい。しかし,屋上面付近の気層は,高温になっている屋上面からの長波放射を受けるため,草地面上の気層と比べて午後以降における温度の降下が緩くなり,高温な状態を維持する。このことが都市におけるヒートアイランドの形成要因の1つと考えられる。さらに,屋上面において建築物内部から出入りする顕熱フラックスは草地面において地中から出入りする顕熱フラックスに比べて日中・夜間ともに大きく,それは冬季よりも夏季に顕著である。

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