- 著者
-
竹内 朋香
- 出版者
- 広島大学
- 雑誌
- Memoirs of the Faculty of Integrated Arts and Sciences, Hiroshima University. IV, Science reports : studies of fundamental and environmental sciences (ISSN:13408364)
- 巻号頁・発行日
- vol.23, pp.235-239, 1997-12-28
序論 睡眠に関する自覚体験は主観的な現象であり,体験者の記憶や報告に依存する部分が大きい。したがって,研究対象とするには方法論上多くの限界がつきまとう。これらの現象についての従来の研究では,臨床現場で得た標本を用い,内容解釈に重点をおくものが多かった。しかし,睡眠中の自覚体験の出現要因や発現機序を明らかにするためには,生理的・心理的機序を検討すべく,独立変数,従属変数が明確となる実験計画に基づいて研究を行う必要がある。ヒトの睡眠は,約90分から120分のノンレム(non-rapid eye movements; NREM)-レム(rapid eye movements; REM)睡眠周期を一晩に4回から5回繰り返すというウルトラディアンリズムと,夜間から早朝にかけて1周期あたりの持続時間が長くなるというサーカディアンリズムの2つの側面を持つ。従来の自覚体験についての実験は,これら2つのリズムによる自然な周期にしたがって出現するNREM睡眠やREM睡眠の一定の時点で被験者を覚醒させ,そのときに得た自覚体験を研究対象としていた。このため,睡眠中の自覚体験が生起した可能性のある箇所が広く,自覚体験に対応する生理的データをポリグラム上で同定するのが困難であった。本研究の目的は,睡眠中の自覚体験の出現要因・発現機序を明らかにすることである。このため,睡眠周期のサーカディアンリズムとウルトラディアンリズムの両性質を利用した"中途覚醒法"を適用して睡眠周期を実験的に操作し,入眠時REM睡眠(sleep onset REM periods; SOREMP)を誘発し,そのときの自覚体験を得た。この手続きによって,夢,幻覚,睡眠麻痺といった,睡眠中の自覚体験が生起した可能性のある区間をポリグラム上で同定することが可能となり,自覚体験と,それらが生起した背景となる生理活動との関係を詳細に検討することができた。また,生起した自覚体験を分析する際,従来の研究では,被験者の口頭報告をもとに,実験者が自覚体験を評価・判定していた。そのため,報告時や評価・判定の段階で,実験者要因や被験者要因など様々な剰余変数が介入し,信頼性に欠ける面があった。さらに,質問項目自体の妥当性にも問題があった。そこで,本研究では,これらの信頼性,妥当性を備え,かつ夢の生起の背景となる生理活動を反映し得るような質問紙の作成および標準化を試みた。1.入眠時REM睡眠における特異な自覚体験 1) 睡眠麻痺と入眠時幻覚について "金縛り"として知られている睡眠麻痺(isolated sleep paralysis; ISP)は,寝入りばなに,意識は比較的はっきりしているにもかかわらず,体を動かすことができないという体験である。健常大学生の約40%が体験するという睡眠麻痺は,ナルコレプシーの症状の一つとして知られており,SOREMPで生起することが明らかになっている。健常者においても,変則的睡眠下でSOREMPがしばしば出現することが知られている。本研究では"中途覚醒法"を適用してSOREMPを実験的に誘発した。具体的には,次のとおりである。過去にISP体験のある健常被験者16名(18-21歳)を対象に,連続夜間睡眠実験を施行した。NREM睡眠が40分間経過した時点で60分間の中途覚醒を行い,その後の再入眠後に出現したSOREMPでISPが生起するか否かを検討した。また,生起した場合,そのポリグラムや内省からISPの現象像および発現要因について検討した。さらに,SOREMPの入眠時幻覚についても同様に検討した。全再入眠63回中,SOREMPは73.0%出現し,のべ6例(9.4%)のISPが出現した。ISPは,再入眠後にREM睡眠に至らなかった1例を除き,5例がSOREMPから出現し,ISPとSOREMPの密接な関連が明らかになった。ISPの発現と再入眠時の睡眠変数について検討した。その結果,極端に長い入眠潜時を示した1例を除くと,ISPが出現した場合の再入眠潜時は10分以内に集中しており,ISPはとくに短い入眠潜時の場合に出現する傾向を示した。ISP時の主観的体験の特徴として共通に認められたのは,実験室にいるという見当識を保ちながらも身体を動かすことができないという点であった。1例を除いた5例のISPで,幻触,幻聴,幻視のうちいずれかの幻覚および強い恐怖感を伴っていた。ISP時特有のポリグラムとして,α波の群発および開眼など覚醒時の特徴と,急速眼球運動,抗重力筋緊張抑制などREM睡眠の特徴が混在して認められた。このことから,ISPが覚醒とREM睡眠の移行期に出現することが示唆された。また,REM睡眠行動障害,悪夢,夜驚といった他の睡眠時随伴症や明晰夢とは,心理的,生理的に異なる現象であった。ISPとナルコレプシーの睡眠麻痺とは,共通の心理的,生理的機序を有することが推定された。しかし,同じ生理的機序を有しながらも,ナルコレプシーでは,ISPに比して麻痺時の抗重力筋緊張抑制が解除される閾値が高いと推定された。/abst