著者
城田 愛
出版者
広島大学
雑誌
Memoirs of the Faculty of Integrated Arts and Sciences, Hiroshima University. IV, Science reports : studies of fundamental and environmental sciences (ISSN:13408364)
巻号頁・発行日
vol.27, pp.145-148, 2001

第1章高齢者のライフスタイルと睡眠問題に関する現状 現在,世界の高齢化は急速に進んでいる。1995年に全世界の総人口に占める65歳以上の人口の割合は6.6%に過ぎなかったが,2025年には10%を超えることが予想されている(国立社会保障・人口問題研究所, 1997)。さらに2010年以降わが国の高齢化率は,世界の中でも最も高くなるといわれている(厚生省, 2000)。このような世界の高齢化に伴って世界保健機構(WHO)は,1999年に"活力ある高齢化(アクティブ・エイジング)"の概念を提唱し,高齢者が社会でその役割を果たし続けることの重要性を提唱した(World Health Organization, 1999)。一口に高齢者といっても,その実態は様々である。ライフスタイルは,喫煙や肥満などの生活習慣病を予防する目的で注目されはじめたが,現在では個人の生き方,生活様式に加えて,生活態度や個人の価値意識を含む包括的な概念と定義されている。活力ある高齢化を達成する上で,高齢者のライフスタイルを考慮することは重要である。一方,高齢者は心身に多くの問題を抱えており,睡眠に関する愁訴も加齢に伴って増加している(Dement et al., 1982)。高齢者に多く認められる睡眠の特徴として,中途覚醒や早朝覚醒の増加,夜中に目が覚めた後なかなか寝つくことができない再入眠困難,睡眠段階3と4を含む深睡眠の減少,日中の仮眠や居眠りの増加があげられる(林他, 1981)。また睡眠-覚醒リズム(サーカディアンリズム;circadian rhythm)の位相が加齢に伴って前進する(Carskadon et al., 1982)。これらの睡眠の変化は,多くの高齢者を悩ましており,心身の不調を引き起こし,日中の活動を低下させ,生活の質(Quality of life; QOL)を低下させる深刻な問題ととらえられている。このような理由から,活力ある高齢化を考える上で,睡眠問題への対処は不可欠である。本研究では,高齢者の睡眠問題にライフスタイルの個人差という観点からアプローチをおこなった。ライフスタイルはその概念枠組みが大きいため,ライフスタイルを直接測定して得点化することは難しい。高齢者の心理的な状態(well-being)を測定する方法として,社会的自信度(谷口他, 1982)とPGCモラール・スケール(Philadelphia Geriatric Center morale scale; Lawton, 1975)がある。社会的自信度が高いということは「前向きで高い達成意欲を持っている」ことを示している(谷口他, 1982)。一方,PGCモラール・スケールの得点が高いことは「自分自身についての基本的な満足感をもっていること(人生の受容)」,「環境のなかに自分の居場所があるという感じをもっていること(心理的満足度)」,「動かしえないような事実についてはそれを受容できていること(精神的不安)」という3つの意味が含まれている(古谷野, 1996)。したがって,社会的自信度とPGCモラール・スケールの得点が高いということは,前向きな姿勢で達成意欲が高く,周囲の環境に適応していると推測できる。本研究では,これらの質問紙得点が高い高齢者を「高意欲者」と定義した。高意欲者は環境への適応性が高く,日中覚醒しているときの生活内容が充実していると考えられる。そのような高意欲高齢者と低意欲高齢者を比較することで,ライフスタイル(意欲レベル)が睡眠問題に及ぼす影響について検討した。第2章身体活動量からみた活動-休止リズムの検討 本章では65歳以上の高齢者を対象として,意欲レベルと活動リズムの関連性を検討した。ライフスタイル質問紙の得点で抽出した高意欲群14名と低意欲群14名を対象にアクティグラフを用いて,連続10日間の身体活動量を測定した。睡眠健康調査の結果,高意欲高齢者は,低意欲群よりも起床時の眠気や疲労,入眠困難,中途覚醒,早朝覚醒の報告が少なかつた。さらに仮眠も含めた睡眠中の活動量が低意欲群よりも高意欲群で少なかった。また,夜間睡眠については低意欲群の入眠潜時が長いことから,低意欲群の高齢者は,眠たいという感覚があっても活動性が下がりきるまで寝付くことができないことが考えられた。連続測定した活動量について周期分析を行つた結果,ほぼ全員にτ=24hrとτ=12hrの成分が検出された。同定された成分の振幅に群間差は認められなかったが,両成分とも低意欲群の位相が高意欲群よりも前進していることが明らかになった。そこで自己報告による夜間睡眠と日中の仮眠の時間帯を活動リズムにあてはめて検討したところ,夜間睡眠については,低意欲群の睡眠時間帯は活動リズムと同じく高意欲群より前進していた。しかし,日中の仮眠については,仮眠をとる時間帯に群間差はなかった。この結果は,高意欲群では活動性が下降する時期に仮眠を開始していたのに対し,低意欲群では活動性が上昇に向かう時期でも仮眠を長くとっていることを示している。
著者
小林 麻美 岩永 誠 生和 秀敏
出版者
広島大学
雑誌
Memoirs of the Faculty of Integrated Arts and Sciences, Hiroshima University. IV, Science reports : studies of fundamental and environmental sciences (ISSN:13408364)
巻号頁・発行日
vol.28, pp.21-28, 2002

Previous researches suggest that musical mood and preferences affects on emotional response, and that context of music also affects on musical-dependent memory. We often feel 'nostalgia' when listening to old familiar tunes. Nostalgia is related to eliciting positive emotions, recall of autobiographical memory and positive evaluations for recall contents. The present study aimed to examine effects of musical mood, preference and nostalgia on emotional responses, the amounts of recall of autobiographical memory, and evaluations to contents of them. Participants were 50 undergraduates. They were presented with 4 music pieces that have listened when they were about ten-years-old. All participants listened to all pieces. As the results, the influences of nostalgia elicited greater positive emotion and amounts of recall of autobiographical memory than musical mood and musical preference. Regardless of musical mood and preference, the more feeling nostalgia, the more elicits positive emotion and autobiographical memory recall.
著者
岩村 聡 大中 章
出版者
広島大学
雑誌
Memoirs of the Faculty of Integrated Arts and Sciences, Hiroshima University. IV, Science reports : studies of fundamental and environmental sciences (ISSN:13408364)
巻号頁・発行日
vol.21, pp.219-234, 1995-12-28

Conditions and devices for a successful encounter group at a workplace and merits of the group are discussed. Some conditions like (1) participants' attitude and expected behaviors, (2) devices for facilitating, are almost the same as ordinary encounter groups. Other conditions like (1) democratic and open atmosphere of a workplace, (2) understanding and cooperation of a workplace, are peculiar conditions for this type of encounter group. The merits are the followings; (1) change of the daily group, (2) improvement of a structure of a workplace about communication, mutual understanding, and interpersonal relationship, (3) development of common consciousness at a workplace, and (4) democratization of a workplace. The demerits are the followings; (1) limitation of topics and the development of conversations, (2) disturbing of individual interests, (3) restriction of freedom of speaking, (4) obstruction of interpersonal relationship by unsolved problems. Finally, it is suggested by the experience that this type of encounter group is one way that daily group and society are made openhearted, acceptable, and democratic, and what organizer and facilitator to make efforts are careful organization and careful facilitation that they respect all participants individually.
著者
竹内 朋香
出版者
広島大学
雑誌
Memoirs of the Faculty of Integrated Arts and Sciences, Hiroshima University. IV, Science reports : studies of fundamental and environmental sciences (ISSN:13408364)
巻号頁・発行日
vol.23, pp.235-239, 1997-12-28

序論 睡眠に関する自覚体験は主観的な現象であり,体験者の記憶や報告に依存する部分が大きい。したがって,研究対象とするには方法論上多くの限界がつきまとう。これらの現象についての従来の研究では,臨床現場で得た標本を用い,内容解釈に重点をおくものが多かった。しかし,睡眠中の自覚体験の出現要因や発現機序を明らかにするためには,生理的・心理的機序を検討すべく,独立変数,従属変数が明確となる実験計画に基づいて研究を行う必要がある。ヒトの睡眠は,約90分から120分のノンレム(non-rapid eye movements; NREM)-レム(rapid eye movements; REM)睡眠周期を一晩に4回から5回繰り返すというウルトラディアンリズムと,夜間から早朝にかけて1周期あたりの持続時間が長くなるというサーカディアンリズムの2つの側面を持つ。従来の自覚体験についての実験は,これら2つのリズムによる自然な周期にしたがって出現するNREM睡眠やREM睡眠の一定の時点で被験者を覚醒させ,そのときに得た自覚体験を研究対象としていた。このため,睡眠中の自覚体験が生起した可能性のある箇所が広く,自覚体験に対応する生理的データをポリグラム上で同定するのが困難であった。本研究の目的は,睡眠中の自覚体験の出現要因・発現機序を明らかにすることである。このため,睡眠周期のサーカディアンリズムとウルトラディアンリズムの両性質を利用した"中途覚醒法"を適用して睡眠周期を実験的に操作し,入眠時REM睡眠(sleep onset REM periods; SOREMP)を誘発し,そのときの自覚体験を得た。この手続きによって,夢,幻覚,睡眠麻痺といった,睡眠中の自覚体験が生起した可能性のある区間をポリグラム上で同定することが可能となり,自覚体験と,それらが生起した背景となる生理活動との関係を詳細に検討することができた。また,生起した自覚体験を分析する際,従来の研究では,被験者の口頭報告をもとに,実験者が自覚体験を評価・判定していた。そのため,報告時や評価・判定の段階で,実験者要因や被験者要因など様々な剰余変数が介入し,信頼性に欠ける面があった。さらに,質問項目自体の妥当性にも問題があった。そこで,本研究では,これらの信頼性,妥当性を備え,かつ夢の生起の背景となる生理活動を反映し得るような質問紙の作成および標準化を試みた。1.入眠時REM睡眠における特異な自覚体験 1) 睡眠麻痺と入眠時幻覚について "金縛り"として知られている睡眠麻痺(isolated sleep paralysis; ISP)は,寝入りばなに,意識は比較的はっきりしているにもかかわらず,体を動かすことができないという体験である。健常大学生の約40%が体験するという睡眠麻痺は,ナルコレプシーの症状の一つとして知られており,SOREMPで生起することが明らかになっている。健常者においても,変則的睡眠下でSOREMPがしばしば出現することが知られている。本研究では"中途覚醒法"を適用してSOREMPを実験的に誘発した。具体的には,次のとおりである。過去にISP体験のある健常被験者16名(18-21歳)を対象に,連続夜間睡眠実験を施行した。NREM睡眠が40分間経過した時点で60分間の中途覚醒を行い,その後の再入眠後に出現したSOREMPでISPが生起するか否かを検討した。また,生起した場合,そのポリグラムや内省からISPの現象像および発現要因について検討した。さらに,SOREMPの入眠時幻覚についても同様に検討した。全再入眠63回中,SOREMPは73.0%出現し,のべ6例(9.4%)のISPが出現した。ISPは,再入眠後にREM睡眠に至らなかった1例を除き,5例がSOREMPから出現し,ISPとSOREMPの密接な関連が明らかになった。ISPの発現と再入眠時の睡眠変数について検討した。その結果,極端に長い入眠潜時を示した1例を除くと,ISPが出現した場合の再入眠潜時は10分以内に集中しており,ISPはとくに短い入眠潜時の場合に出現する傾向を示した。ISP時の主観的体験の特徴として共通に認められたのは,実験室にいるという見当識を保ちながらも身体を動かすことができないという点であった。1例を除いた5例のISPで,幻触,幻聴,幻視のうちいずれかの幻覚および強い恐怖感を伴っていた。ISP時特有のポリグラムとして,α波の群発および開眼など覚醒時の特徴と,急速眼球運動,抗重力筋緊張抑制などREM睡眠の特徴が混在して認められた。このことから,ISPが覚醒とREM睡眠の移行期に出現することが示唆された。また,REM睡眠行動障害,悪夢,夜驚といった他の睡眠時随伴症や明晰夢とは,心理的,生理的に異なる現象であった。ISPとナルコレプシーの睡眠麻痺とは,共通の心理的,生理的機序を有することが推定された。しかし,同じ生理的機序を有しながらも,ナルコレプシーでは,ISPに比して麻痺時の抗重力筋緊張抑制が解除される閾値が高いと推定された。/abst
著者
玉木 宗久 城田 愛 林 光緒 堀 忠雄
出版者
広島大学
雑誌
Memoirs of the Faculty of Integrated Arts and Sciences, Hiroshima University. IV, Science reports : studies of fundamental and environmental sciences (ISSN:13408364)
巻号頁・発行日
vol.24, pp.99-108, 1998-12-28

This study investigated attitudes toward daytime nap on the 470 aged people (M=73.7 years old) by two measures. One measure was 13 items-scale on an attitude toward positive effects of daytime nap (AE). Another measure was 15 items-scale on an attitude toward napping person (AP). A factor analysis confirmed that AE consists of 3 dimensions of effects of daytime nap : effects on work, physical effects, and psychological effects, and that AP consists of 2 dimensions of beliefs about napping person : belief about taboo and belief about rest. The survey results clearly show that most of the aged people have positive attitudes toward daytime nap. So far, it has been proposed that there are social pressures which inhibit daytime nap in Japanese country and that daytime nap in the aged people is harmful to their health. The results of present study were, however, inconsistency with these previous issues.
著者
張 一平
出版者
広島大学
雑誌
Memoirs of the Faculty of Integrated Arts and Sciences, Hiroshima University. IV, Science reports : studies of fundamental and environmental sciences (ISSN:13408364)
巻号頁・発行日
vol.21, pp.247-249, 1995-12-28

都市化の進展に伴う人間活動の増大や建築物の増加は,従来の自然的環境を変化させ,いわゆる都市気候の形成をもたらした。現代の都市では都市総表面積の大部分が人工建築物によって占められている。これは道路面(舗装された地表面),壁面および屋上面で構成されるが,都心域では道路面が建築物によって日陰になりやすいのに対して,屋上面は日中ほぼ常時日射を受けることから,屋上面は都市化によって現れた新たな受熱面とみなされる。また,都市を覆っている大気層を屋上面付近と地表面との間の気層(都市キャノピー層)とその上方(都市境界層)とに分けて扱う必要性が,Oke(1976)によって概念的ではあるが指摘されている。このように都市境界層と都市キャノピー層の境界付近に存在する屋上面は,地表面とは別個に上空における大気との熱の授受や空気の運動に対して影響を与え,都市気候の立体構造や都市ヒートアイランドの形成に重要な役割を果たしていると考えられる。本研究では都市気候の立体構造やヒートアイランドの形成要因を解明するために,上述のように重要であるにも関わらず観測事例の少なかった屋上面を対象として,そこでの熱収支特性と大気の成層状態について観測を行い,都市気候の立体構造に与える屋上面の役割を明らかにすることを目的とする。第1章(序論)では既存の研究をレビューして都市気候研究の推移および研究の現状を述べ,そのことを通して都市気候研究に関する問題点の所在を明確にし,上にのべた本研究の意義および目的を提示する。本研究では都市大気の鉛直構造や都市気候に対する屋上面の役割を把握するために,広島大学東千田キャンパス旧総合科学部の建物における屋上面・壁面・地表面の温度および同屋上面上と都市近郊草地において行った放射収支・熱収支の観測資料,ならびに広島市市街地を対象として多点同時に行った係留気球による気温と風速の鉛直観測資料を用いた。第2章では本研究で行ったこのような観測の方法と解析手順,ならびに考察を行うのに必要な物理的基礎を述べる。第3章では広島市市街地における大気の鉛直構造に言及した上で,屋上面上(都市境界層下部)と地表面付近(都市キャノピー層)の気層における温度・風速の鉛直分布の差異について考察する。日中における屋上面上・地表面上ともに市街地の方が海岸部や内陸部郊外の気温とくらべて高い。つまり,屋上面上の気温にも地上気温と同様に都市内外の差異(ヒートアイランド)が存在する。屋上面上の気温の鉛直分布は高度の対数に対して直線的な分布をしているが,日中における風速の鉛直分布は高度の対数の直線分布から外れる。このような点から,屋上面上の大気の成層状態や乱流特性などは,その日変化も含めて地表面とは異なると考えられる。さらに日中には屋上面の表面温度は地表面温度よりも高いこと,ならびに屋上面上3mの気温はそれとほぼ同高度の地上20mあるいは地上3mの気温と比べて日中常に高いことから,屋上面直上においては周囲の大気や地表付近と比べてより高温な気塊が形成されていると考えられる。また,屋上面上の高度1mにおける気温は日中に海風の風上側から風下側へ向かって低下し,屋上面上3mでは逆に風上側から風下側に向かって昇温している。このような屋上面上における気層の状態を明らかにするためには,屋上面上における放射収支と熱収支および大気の成層状態,乱流特性などの考察が必要である。そこで第4章では屋上面と近郊の草地面において夏季と冬季に行った熱収支観測の資料を用い,屋上面の熱収支特性およびその季節による違いを草地面との比較から検討する。日射量がほぼ等しい場合であっても,草地面に比べて屋上面の方が日の出後の加熱による表面温度の上昇が著しく,日中には上向きの長波放射量も大きい。また,有効放射量は日中において屋上面の方が大きく,正味放射量は屋上面の方が小さくなっており,この特徴は夏季に顕著となる。アルベドは屋上面の方が草地面に比べて夏季・冬季ともに小さい。屋上面は草地面に比べて加熱・冷却の影響を強く受け,屋上面の表面温度は午前中に急速に上昇し,午後から夜間にかけての降下量も大きい。しかし,屋上面付近の気層は,高温になっている屋上面からの長波放射を受けるため,草地面上の気層と比べて午後以降における温度の降下が緩くなり,高温な状態を維持する。このことが都市におけるヒートアイランドの形成要因の1つと考えられる。さらに,屋上面において建築物内部から出入りする顕熱フラックスは草地面において地中から出入りする顕熱フラックスに比べて日中・夜間ともに大きく,それは冬季よりも夏季に顕著である。
著者
小田 司
出版者
広島大学総合科学部
雑誌
広島大学総合科学部紀要. IV, 理系編 (ISSN:13408364)
巻号頁・発行日
no.19, pp.189-191, 1993-12-31

ヒト骨髄性白血病細胞は,発ガンプロモーターであるフォルボールエステル処理により増殖を停止し,マクロファージ様の細胞へと分化する。この事実は多くの研究者の注目するところとなり,血液細胞分化の分子機構の解明,あるいは骨髄性白血病の治療法の開発のモデル系として多くの研究が行われてきた。しかし,これらの課題は未だ殆んど解決されていない。実際,この分化誘導に伴う転写レベルの変化(例えばc-fosやETR101などの早期応答遺伝子の発現の増強やガン遺伝子c-mycの発現の抑制など)やタンパク質レベルの変化(例えば,フォルボールエステルの細胞内レセプターであるプロテインキナーゼCの活性化やガン抑制遺伝子であるRb遺伝子産物の脱リン酸化など)に関する多数の報告があるが,これらの変化が分化形質の発現や増殖停止と具体的にどのように関連しているかは全く明らかにされていない。しかし,これらの問題を議論する前に,まず研究せねばならない基本的で重要な疑問が残されている。一つはフォルボールエステル処理による細胞増殖の停止と分化形質発現の因果関係である。一般に細胞はG1期で増殖を停止し,分化形質を発現するといわれている。フォルボールエステルによるヒト骨髄性白血病細胞の分化においても,G1期での増殖停止が分化形質の発現を誘導しているのだろうか。あるいは逆に分化形質の発現が細胞増殖の停止を誘導することはないのだろうか。もう一つは,フォルボールエステルによる分化誘導が可逆的か非可逆的かという問題である。もし,非可逆的な分化であれば,コミットメント(運命づけ)という過程が存在するはずである。そうすれば,その時期に焦点を当てて調べていくことにより,分化を決定している分子の同定が可能となる。もし可逆的な分化であればコミットメントという過程を云々することは無意味であり,細胞増殖の停止や分化形質の発現を支配している分子は,フォルボールエステル存在下でのみ発現,あるいは活性化しているだけである。本研究では2種の分化段階の異なる細胞を用いて上記の疑問を解決した。以下にその研究成果の大要を説明する。1.細胞増殖の停止は分化形質発現の必要条件ではない。ヒト前骨髄性白血病細胞HL-60はフォルボールエステルの一種であるTPA(12-O-tetradecanoylphorbol-13-acetate)で処理すると,S期にあるものはDNA合成を終え次のG1期で,G1期にあるものは次のS期に入らずそのままG1期で細胞増殖を停止することが報告されている。それゆえ,もし,G1期での増殖停止が分化形質の発現に必須なら,G1期にはいってからTPA処理された細胞のほうが,DNA合成の過程があるため増殖停止までに時間のかかるS期処理の細胞に比べて,分化形質をいち早く発現してくるはずである。この真偽を確かめる実験を行うには,充分に同調された細胞が必要であるが,DNA合成阻害剤であるアフィジコリンで2回処理することによりG1/S境界に同調することができた。この同調したHL-60細胞をS期,あるいはG1期において別個にTPA処理を開始し,4つの分化形質(ICAM-1(細胞間接着分子),Mac-1(補体レセプタ-type3),dish底面への接着,伸展)の発現の経時変化を調べた。その結果は,意外にもS期処理,G1期処理の細胞の間で各々の分化形質発現の時間変化に全く違いは無かった。つまり,HL-60細胞は細胞増殖が停止しているか否かに関係なく,TPA処理後,一定時間を経て各々の分化形質を同じように発現してきたのである。以上の結果より,フォルボールエステルによる分化形質の発現には細胞増殖の停止が必ずしも必要ではなく,どの細胞周期にある細胞でも差の無いことが明らかになった。2.コミットメントの過程は存在しない。コミットメントの過程があれば細胞を分化誘導剤で一定時間処理すると,たとえ培地から分化誘導剤を除去しても細胞は非可逆的に分化するように運命づけられる。従って,HL-60細胞をフォルボールエステルで一定時間処理した後,細胞からフォルボールエステルを除去しても細胞は分化形質を発現したままで留まり,再び増殖を示さないはずである。細胞から容易に除去できるフォルボールエステルPDB(phorbol-12,13-dibutyrate)を用いて実験を行った結果,たとえ長時間HL-60細胞をPDB処理しても,一旦,PDBを除くとHL-60細胞は必ず増殖を再開し,あらゆる分化形質(ICAM-1,Mac-1,接着,伸展,貪食能)を消失し,最終的には元の未分化のHL-60細胞と同じ状態に戻った。特に注目に値するのは,ICAM-1やMac-1を発現し,貪食能を示す細胞でさえDNA合成を開始することである。PDBの代りにTPAを用いても同様の結果が得られた。更にHL-60細胞より分化段階の進んだヒト単球性白血病細胞THP-1を用いて実験を行っても,HL-60細胞と同様の結果が得られた。
著者
前河 正昭
出版者
広島大学
雑誌
Memoirs of the Faculty of Integrated Arts and Sciences, Hiroshima University. IV, Science reports : studies of fundamental and environmental sciences (ISSN:13408364)
巻号頁・発行日
vol.23, pp.195-198, 1997-12-28

第I章序論 ニセアカシアは日本で大型帰化植物として成功した数少ない木本植物である。しかしその分布拡大や更新維持機構は不明であり,かつ,ニセアカシア群落に対しての在来植生への林相転換技術も確立していない。そこで本研究は,ニセアカシアが分布を拡大している防災緑地を対象として,その生物学的侵入の実態を把握するとともに,ニセアカシア群落の林相転換および,同群落を含めた流域レベルでの景観管理について考察することを目的とした。第II章防災緑地周辺におけるニセアカシア群落の分布拡大過程 治山緑化工としてニセアカシアが導入された長野県牛伏川流域を対象にエコトープ図を作成した。そしてニセアカシア群落の分布およびその集団枯損の発生の立地依存性とその集団枯損後の在来植生への遷移の可能性について検討した。ニセアカシア群落の分布は渓畔域に集中しそのパッチ面積が現存する植生型のなかで最も大きく,様々な立地にまたがって分布していた。したがって,当地のニセアカシアは河川を主なコリドーとし,撹乱の発生,波及に伴って分布を拡大してきたことが推察された。渓畔域での拡散は,主として種子の流水散布と実生更新によってなされ,それに後続する局地的な拡散は主として定着個体の根萌芽更新によるものと推察された。ニセアカシア集団枯損林分の大部分では,在来植生への遷移は停滞し,ニセアカシアの根萌芽による更新もほとんど起きていなかった。次に,ニセアカシアとケショウヤナギがともに分布する長野県梓川の下流域において,46年間にわたる渓畔域の景観構造の変化を調べた。ケショウヤナギ群落は主として,流路変動によって新規に形成され,他の樹木が存在しない中洲や,河岸段丘で分布を拡げていた。それに対してニセアカシア群落は主として河岸段丘のなかでも護岸に接する所でまず成立し,その後にヤナギ林やアカマツ林の存在する立地へと侵入していた。特に1975年から1989年にかけては景観の多様性が増大したが,これは中洲や河岸段丘が安定化し河原の面積が減少し,木本群落へと置き換わったことと,ニセアカシアの在来植生への侵入が進んだため植生型の種数が増加したことによるものであった。これらの景観構造の急速な変化には,上流部のダム建設による土砂流出量の減少や,ニセアカシアの薪炭や農業用品の支柱としての利用が途絶えたことなどが関係していると考えられた。ニセアカシア群落の分布拡大は,今後の自然撹乱の頻度・規模を縮小させ,他の渓畔林の更新の機会を減少させる恐れがあることも示唆された。またニセアカシア群落と,在来性木本種との混交群落の相対優占度の総計は,1994年にはすでに52%に達し,寡占状態となっていることから,今後もニセアカシア群落の急速な増加が進むことが予想された。さらに,石川県安宅国有林を対象として,海岸防災林に成立する成帯構造と植生構造を把握し,そのなかのニセアカシアおよびニセアカシア群落の位置づけを明らかにするためベルトトランセクト法による植生調査を行った。クラスター分析から合計11個の植生型を区分し,このうちニセアカシア群落には,優占度が低いながらもクロマツが混交し,林床で草本植物の優占するニセアカシア群落と,ニセアカシアが単独で林冠を優占し,林床で低木種が優占するニセアカシア-コウグイスカグラ群落の2型が認められた。植生帯は,打ち上げ帯,草本帯,小木本帯および木本帯の4帯で,その境界は汀線からの距離で29m,50mおよび158mであることが判った。ニセアカシア群落は,高木林にまで成長可能な群落でありながらも,木本帯よりはむしろ小木本帯要素の群落と判断され,在来植生により形成されるべき成帯構造に不調和をもたらしていた。またニセアカシア群落の種多様性は,在来群集やクロマツ群落の傾向とは反対に,環境傾度に沿って減少する傾向があった。このことからニセアカシア群落は草本帯,小木本帯の潜在立地に関しては,群集の種多様性を高める反面,木本帯の潜在立地においては,群集の種多様性を低下させていることが推察された。第III章樹形からみたニセアカシアの生態的特性 梓川下流域にはニセアカシアの除伐という人為的植生管理によって相観的にはケショウヤナギ-ニセアカシア混交林だった所がケショウヤナギの純林に誘導された区域が存在する。そこでこのケショウヤナギ林を対象に毎木調査を行った。ニセアカシアは除伐された後には,親個体ともケショウヤナギの樹幹とも離れ,かつ光環境の比較的良好な領域である林縁部に多数の根萌芽を分散させていることが判った。萌芽の樹幹の傾斜角度は林縁,林冠下の個体群でギャップ個体群に対して有意に大きかった。しかし根萌芽の傾斜角度は,全ての立地で大きい値を示し,立地間には有意差は認められなかった。
著者
叶 威
出版者
広島大学
雑誌
Memoirs of the Faculty of Integrated Arts and Sciences, Hiroshima University. IV, Science reports : studies of fundamental and environmental sciences (ISSN:13408364)
巻号頁・発行日
vol.19, pp.173-176, 1993-12-31

I.序論 1986年にJ. G. BednorzとK. A. Mullerによって高い超伝導転移温度を持つ酸化物超伝導体が発見されて以来,世界的規模で高温超伝導の研究が進められてきた。しかし,基礎的観点からすると,高温超伝導の発現機構はまだ解明されておらず,実用的観点からも十分高い臨界電流を持つ線材は合成されていない。高温超伝導体に関する今までの研究から,超伝導の出現はその化学組成に大きく左右されることが知られている。例えば,YBa_2Cu_3O_<6.9-y>(YBCO)では,酸素欠損量yの増加によって,結晶構造は斜方晶から正方晶に変わるとともに,超伝導体から絶縁体に変わる。また,Bi_2Sr_2CaCu_2O_<8.2-y>(BSCCO)では,二価のCaイオンを三価のYイオンで置換することによって,超伝導体から絶縁体にかわる。酸化物高温超伝導の発見後まもなく,いくつかのグループが超伝導体の水素吸蔵の研究を始めた。その理由は酸化物高温超伝導体の超伝導特性はキャリア濃度に強く依存することが知られていたので,水素吸蔵によってキャリア濃度を変化させれば,超伝導特性に大きな影響を与えると考えられたからである。これまで高温超伝導体の水素との反応実験は主にYBCO,BSCCO,La_2CuO_4(LCO)及びそれらの関連物質で行われた。水素との反応の方法には,(1)密封容器中での水素ガスとの反応,(2)プロトンビームを超伝導体に照射するなどの方法がとられてきた。しかしながら,今までに報告されている水素吸蔵による超伝導酸化物の先行研究の中で次の点が検討すべき課題として考えられる。即ち,超伝導酸化物と反応した水素は格子間位置に侵入する(吸蔵)と仮定されてきた。しかし,この仮定はまだ実証されていない。水素と金属酸化物の反応形態には以下の三つが考えられる。(1)金属酸化物に吸蔵された水素が酸素と結合し,酸素と水素結合ボンドを形成する反応,(2)金属酸化物に吸蔵された水素が酸素と結合せず,プロトンの状態で結晶内部に存在する反応,(3)水素が金属酸化物内部の酸素と結合して水になる反応である。酸化物高温超伝導体の水素との反応がいずれの反応形態をとり,どの様な温度で起こるのかはこれまで明らかになっていない。本研究では,酸化物超伝導体における水素吸蔵反応を明らかにするために,熱重量分析及び熱圧力分析を行った。また水素処理による超伝導酸化物の物性,結晶構造の変化を系統的に調べた。本研究では対象物質としてBi_2Sr_2CaCu_2O_<8.2-y>,YBa_2Cu_3O_<6.9-y>の二種類の酸化物を選んだ。II.実験結果及び考察 試料は通常の固相反応によって作製した。反応水素量は,水素雰囲気での試料の重量変化から測定する方法と,密封容器中の水素圧力の変化から測定する方法で決定した。水素処理温度はYBCO試料では148℃&acd;230℃,BSCCO試料では125℃&acd;250℃とした。これらの水素処理前後の試料に対し,熱重量分析(TGA),X線回折及び交流帯磁率の測定を行った。バルク状試料の水素雰囲気中での重量の温度変化の測定から,BSCCOとYBCO試料では,それぞれ200℃と170℃までは重量は緩やかに減少するが,その温度以上で重量は急激に減少する事が判った。水分を除く前処理を行っているので,この重量減少は試料表面に付着した水分の蒸発によるものではなく,試料中の酸素が水素還元され,試料から離脱したことによると判断できる。次にBSCCO試料の反応過程の時間依存性を調べるために125℃,147℃及び200℃の一定温度で,1気圧水素雰囲気下での重量の時間変化を測定した。いずれの温度においても最初の100分までは急激な重量減少を示すが,その重量減少の割合は温度上昇とともに小さくなった。この時間依存性は活性化型の反応速度関数でフィットすることができ,各温度で求めた反応速度定数をArrheniusプロットした。その勾配より求めた1酸素分子あたりの還元反応の活性化エネルギーはE=0.69eVとなった。また,BSCCOの水素処理過程において,試料から離脱した酸素と水素が結合して水を形成する過程が存在するかどうかを調べる為に,水の吸着剤であるCaCl_2の重量変化をカーン式天秤で測定した。その結果,水素処理によって還元された酸素はほとんど水になって試料から離脱することが解った。次にYBCOバルク試料の一定温度の下での熱重量変化の時間依存性を測定した。測定温度は128℃&acd;230℃で,測定時間は900分まで行った。その結果,230℃の1気圧水素雰囲気中のYBCOの重量は時間とともに単調に減少し,900分後の重量減少は1.5%に達した。この温度でのYBCOと水素の反応は,BSCCOと同様,主に酸素の還元反応である。一方,148℃と167℃の1気圧水素雰囲気中でのYBCOの重量は,100分前後までは徐々に減少するが,その後増加した。質量減少の最低点(100分)から900分までの増加は148℃の処理では約0.1%,167℃の処理では約0.3%であった。
著者
神薗 紀幸 黒川 正流 坂田 桐子
出版者
広島大学
雑誌
Memoirs of the Faculty of Integrated Arts and Sciences, Hiroshima University. IV, Science reports : studies of fundamental and environmental sciences (ISSN:13408364)
巻号頁・発行日
vol.22, pp.93-104, 1996-12-28

Through this research, we studied how love affairs affect the self identity and mental health of young people. We classified 109 male and 193 female undergraduate students into people in love and people not in love based on questionnaires completed by the students. As a results of comparing both groups, those who were in love reported high self-esteem, fullness scores and low depression scores in comparison with those who not in love. Those who were in love continuously tended to mark high brightness, friendliness, honesty, sensitivity, and the opposite sex role scores in comparison with those who were not in love. We discussed about the characteristics of young people in progress of personal relationships.
著者
坂田 桐子 林 光緒
出版者
広島大学
雑誌
Memoirs of the Faculty of Integrated Arts and Sciences, Hiroshima University. IV, Science reports : studies of fundamental and environmental sciences (ISSN:13408364)
巻号頁・発行日
vol.25, pp.151-160, 1999-12-28

We examined the prevalence of paranormal beliefs that kanashibari was a kind of the psychic phenomenon, and the extent into which the beliefs changed by the education based on scientific knowledge. One hundred and sixty university students who attended 'Biological Psychology' and 186 university students who attended 'Psychology' answered questionnaires at the 1st class and the last class. Scientific findings concerning the kanashibari phenomenon were lectured in 'Biological Psychology', and such a lecture was not done in 'Psychology'. Those who answered 'the psychic has affected kanashibari' were 57.2 0n the first investigation, Though the scientific lecture concerning kanashibari did not have the effect to reduce the 'kanashibari is psychic phenomenon' belief, that had the effect to make students recognize the necessity of scientific studies about kanashibari. As for some of students of the liberal arts, reactance was caused by auditing the scientific lecture, and their attitudes had changed into the direction where paranormal beliefs about kanashibari are reinforced.
著者
緒方 茂樹
出版者
広島大学
雑誌
Memoirs of the Faculty of Integrated Arts and Sciences, Hiroshima University. IV, Science reports : studies of fundamental and environmental sciences (ISSN:13408364)
巻号頁・発行日
vol.23, pp.219-222, 1997-12-28

第1章序論 音楽がもつ治療効果を巧みに用いた音楽療法の技術にみられるように,音楽は生体の心身両面に対してきわめて効果的な影響を及ぼしうる媒体である。音楽行動のひとつである鑑賞という場面を考えた場合,そこにはまず音楽があり,次に聞き手としての生体の存在がある。聞き手にとって音楽は外部環境として捉えられ,一方で生体自身がもつ内部環境として,身体の生理過程が作り出す生理的状態と,それに密接に結びつく意識あるいは心理的状態が存在する。特に受動的音楽鑑賞という音楽行動において,身体的には静的な状態におかれている場合が多く,その際の生理的状態である覚醒水準は容易に低下する可能性があると考えられる。一方,心理的状態は,まず外部環境としての音楽自体と接することに対して動機づけられた態度,すなわち心理的「構え」のあり方が問題とされねばならない。その上で,主観的な報告として聞き手が外部環境としての音楽を享受していたとするならば,そこには音楽に対する興味や注意,あるいは情緒的反応のような特異的な心理的状態の存在を推定することができる。本研究の目的は,音楽を鑑賞することによって生じる心理的状態の変動を,生理的状態の変動から客観的に明らかにすることが可能かを検証することにある。この領域における従来の研究の多くは,音楽鑑賞時に明らかな覚醒を維持した状態のみを資料として扱っており,生理的状態の変動である覚醒水準の変動そのものを取り扱った研究はみられない。本研究では従来の考察枠組みに対する反省に基づき,脳波を生理的状態の指標とし,音楽が生体に与える影響を一連の覚醒水準の変動として捉えた。一方で生体の心理的状態の変化を知るために,音楽に対する聞き手の主観的な体験についても同時に求めた。この生理的状態と心理的状態の関係から,受動的音楽鑑賞時における生体の覚醒水準の変動について検討を試みた。このことによって,精神生理学の分野にあって未だ包括的な知見が得られていないこの領域において,音楽療法あるいは環境心理学等に関わる基礎的な理論構築に有効な所見が得られるものと考えられる。第2章実験1. 音響的環境条件と心理的「構え」が脳波的覚醒水準に及ぼす影響 本研究ではまず,受動的音楽鑑賞時における生体の全般的な覚醒水準の変動パタンを把握するための実験的検討を行った(実験1)。実験場面,すなわち外的環境は聞き手にとって可能な限り演奏会会場に近い,自然な音楽鑑賞の場面を設定するよう努めた。対照条件は,従来行われてきた研究との比較のために無音響と一定音圧の白色雑音を用いた。さらに実験中の入眠について統制する心理的「構え」に関する条件を付加した。受動的音楽鑑賞時において,生体の覚醒水準は明らかな覚醒状態を維持するとは限らず,半睡状態(入眠移行期,段階S1)にあることが多いことが明らかとなった。さらに主観的体験として被験者は「睡眠状態にあった」とする自覚体験に乏しいことも明らかとなった。また実験中に可能な限り覚醒状態を維持するよう求めた場合(心理的「構え」の条件),脳波的にみて特徴的な所見が認められた。すなわち,音楽鑑賞時と白色雑音聴取時の間の脳波活動の相違は,特に入眠移行期において認められ,その相違は少ないが,徐波帯域成分値あるいはスペクトル構造の相違として捉えることができた。このことは,音楽を鑑賞することによって鎮静効果がもたらされた可能性を示唆するものである。一方,各脳波的覚醒段階の出現比率に関しては,音楽鑑賞時と対照条件との間に有意な量的差異が認められなかった。従来の研究の多くが用いてきた一定音圧の白色雑音は,対照刺激としての妥当性に問題があった可能性がある。今後は,生体の覚醒水準の変動に直接的に影響を及ぼす,楽曲に固有の音響的な要素(音圧等)を統制する方法論的な工夫が不可欠である。第3章楽曲の定量化と新たな対照刺激の開発 脳幹網様体賦活系の働きを重視する古典的な理論では,覚醒水準は刺激入力の強さあるいは量に依存して変動すると考えられている。ここで音楽のもつ物理音響的側面からみた3大要素には,高低(pitch),音圧(loudness),音色(timbre)がある。音楽という外部環境が,生体の内部環境である覚醒水準に影響を与える場合,刺激入力の量あるいは強さは,これらのうち音圧の要素が最も直接的に関わっていると考えられる。このことから本研究では,まず音圧の要素に着目した楽曲の定量化を試み,次に楽曲のもつ音圧の時間的な変動をシミュレートした白色雑音を出力させる変調装置を開発した。この変調装置は,元の楽曲のもつ音圧変動を選択的に抽出し,その変動パタンに従って,一定音圧の白色雑音を変調するものである。このことから,元の楽曲と同一の音圧変動をもつ白色雑音を,対照刺激として呈示することが可能となった(変調雑音)。
著者
河崎 千枝 岩永 誠 生和 秀敏
出版者
広島大学総合科学部
雑誌
広島大学総合科学部紀要. IV, 理系編 (ISSN:13408364)
巻号頁・発行日
vol.30, pp.39-52, 2004-12

The present study aimed to examine the relationship of social anxiety and social skill to the use of mobile phone, social network, and mental health. The mobile phone is available when we do not want to meet others because of feeling of communication stress. A total of 225 freshman completed questionnaire at both undertaken April and July. As result, high social anxiety and low social skill group tend to use the mail more than other groups. Their tendencies might be caused by their avoidance from interaction of others. They were worse psychological health and not satisfied with their new friends than other groups. These result show that social anxiety and social skill have relation of use of mobile phone, social networks, mental health.
著者
三宅 尚
出版者
広島大学
雑誌
Memoirs of the Faculty of Integrated Arts and Sciences, Hiroshima University. IV, Science reports : studies of fundamental and environmental sciences (ISSN:13408364)
巻号頁・発行日
vol.27, pp.161-163, 2001

第1章序論 従来,森林の動態に関する研究においては,毎木データに基づくサイズ分布や空間分布の解析,これに年輪情報を加えて過去の個体群動態を考察するという手法がとられてきた。さらに,大面積プロットの長期継続調査によって,種々の撹乱体制や種間の相互作用の研究が進んできた。しかし,大面積プロットの継続調査は現段階では時間的制約があり,様々な規模の撹乱を短期間に観察することは極めて難しい。森林内の小凹地堆積物やモル型腐植に堆積する花粉群は,ごく局地的な植生(10^1&acd;10^3 m^2)の過去数十&acd;数百年の動態を反映しているとされ,二次遷移やギャップ相動態の研究に貢献してきている。しかし,これら試料が得られる地域は限定されることが多い。その一方で,森林土壌は基本的にどの地域でも容易に採取できるという利点がある。森林土壌は堆積物を採取不能な地域において特に後氷期以降の植生変遷を解明するという観点からも期待されるが,これを花粉分析の対象として扱った研究例は少ない。その要因として以下に示す3つの方法論的問題点が挙げられる。すなわち,1)土壌花粉が反映する植生の復元領域が明確でないこと,2)土壌中の堆積花粉の保存状態が相対的に悪いと考えられること,3)土壌花粉の層位的扱いが困難であると考えられることである。そこで本研究では,日本の林野に広く分布する褐色森林土を対象に,まず上記の3つの問題点を解決するための基礎的研究を行い,さらにそれらを踏まえて森林土壌の花粉分析により植生動態の解析を行うことを目的とした。第2章森林域における花粉堆積様式 この章では,森林域における花粉堆積様式,および土壌花粉が反映する植生の空間スケールを調べることを目的とした。工石山温帯混交林では,優占種であるアカガシを対象として,森林域における花粉堆積様式を調査した。リターフォール(雄花序の落下・落葉)による堆積花粉数は,通年の堆積花粉総数の10%に満たなかった。開花期(4&acd;6月)における堆積花粉数は,通年の堆積花粉総数の90%以上を占めていた。このように森林域の堆積花粉が示す局地性は,リターフォールによるものではなく,開花期を通して植物器官に付着した花粉がその後の再飛散と集中降雨(梅雨)による洗脱を受けることに起因するものと考えられた。長野県上高地の河辺林では,閉鎖林冠下と林冠ギャップ下の表層花粉について調査した。閉鎖林冠下の花粉群は局地要素の占める割合が高く,調査地点周辺の植生と対応関係が認められる一方で,林冠ギャップ下のそれは局地外要素の割合が相対的に高くなっていた。林冠ギャップ下の堆積花粉数は,ギャップ面積が約100m^2のとき最大となり,それ以上面積が増加すると減少した。剣山地カヤハゲ山の温帯混交林では,主な樹木分類群を対象として,閉鎖林冠下の表層花粉の出現率と試料採取地点から半径10&acd;50mの円内に生育する高木の基底面積割合との関係を,回帰分析と最尤法(ERV-model)を用いて検討した。両者の間の相関係数および尤度関数のスコアは,基底面積を試料採取地点からの距離により重みづけた場合,調査領域の半径が増加するにともないそれぞれ上昇および減少して,その半径が20&acd;40mのときに漸近的となった。バックグラウンド花粉は調査半径の増加とともに減少した。このことから,土壌中の堆積花粉は林分レベルの植生の組成・構造を反映していることが示唆された。第3章森林土壌に堆積した花粉・胞子の保存状態 本章では森林土壌中の堆積花粉・胞子の保存状態を調べることを目的とした。工石山において,数種の樹木花粉とシダ胞子を土壌(A層)に埋め込み,埋め込み後2.7年までそれらの保存状態を追跡調査した。土壌中の花粉・シダ胞子は,堆積後の初期段階で化学的酸化,あるいは土壌粒子や腐植アグリゲートの形成・崩壊による物理的破壊を受け,その後土壌微生物により生化学的に分解されるものと考えられた。シダ胞子では埋め込み後2.7年でも腐蝕したものは極めて少なかった。実験に用いた樹木花粉の腐蝕に対する耐性には,花粉による違いが認められた。次に,異なった環境下に発達する数種の森林土壌を採取して,土壌花粉・胞子の絶対数およびその保存状態と環境条件との関係,さらに主な分類群の花粉・胞子の保存状態を調べた。土壌中の花粉・胞子の絶対数とその保存状態は,土性や気温より,土壌のpH値や乾湿に強く影響を受けていると考えられた。土壌中の花粉・胞子は,どの地域でも化学的分解と機械的変形・破損を受けているものが多かった。土壌中の花粉と比べると,胞子の保存は極めて良好であった。花粉の保存はその粒径,外部形態および外壁の厚さと対応関係が認められた。
著者
細羽 竜也 内田 信行 生和 秀敏
出版者
広島大学
雑誌
Memoirs of the Faculty of Integrated Arts and Sciences, Hiroshima University. IV, Science reports : studies of fundamental and environmental sciences (ISSN:13408364)
巻号頁・発行日
vol.18, pp.53-61, 1992-12-31
被引用文献数
1

The 30-items Maudsley Obsessional-Compulsive Inventory (MOCI) was developed as an instrument for assessing the existence and extend of different obsessional-compulsive complaints by Hodgson & Rachman (1977). MOCI is composed of two major types of complaint, checking and cleaning compulsions, and two minor types, slowness and doubting. Rachman & Hodgson (1980) considered the complaints of checking and cleaning as the representative coping behaviors of prevention and provocation. These types of coping behavior could be observed in daily stressful situation. This study was to explore the Japanese version of MOCI available to evaluate the degree of obsessional-compulsive tendency observed in non-clinical persons. The Japanese version of MOCI was administered to 600 normal students to re-investigate the factor structure of this scale. Principal factor analysis and varimax rotation were adopted to extract the significant factors from 30×30 correlation matrix. Three factors, checking, cleaning and doubting-ruminating were extracted independently, but the complaint of slowness was not found as a significant factor. Additively to explore in their correlations with obsessional-complsive complaints, trait anxiety and time anxiety, MOCI, STAI-T form and TAS were administered to 213 normal students. TAS is composed of three subscales, namely, time confusion, time irritation and time submissiveness. The results were as follows. (1) Checking, cleaning and doubting were positively correlated with trait anxiety, but slowness was negatively correlated. (2) All obsessional-compulsive complaints but slowness were positively correlated with time confusion. Slowness and cleaning were positively correlated with time irritation, and negatively correlated with time submissiveness. These results indicate that slowness and cleaning complaints are somewhat different from other obsessional-compulsive complaints.
著者
洪 善基
出版者
広島大学総合科学部
雑誌
広島大学総合科学部紀要. IV, 理系編 (ISSN:13408364)
巻号頁・発行日
no.20, pp.271-274, 1994-12-28

I.序論 里山における植生の空間的配置は自然環境と人間活動の総和である。伐採,農地確保や放牧のような森林管理を含む人為的な影響はもとの植生を変化させる。人為的な文化景観の形成は種組成と植生の更新過程にも影響を及ぼし,植生景観パターンの構造までも変化させてしまうのである。人為的景観である二次植生のパターンや植生過程を理解するためには社会・文化的な背景を考えなければならない。人為の影響を考慮しなくてよい極相林や,計画的に作り出された植林についてはかなり多くの生態学的研究や林学的研究がなされてきた。しかし,成立過程に様々な人為的撹乱が加えられた二次林は,多くの要因が複雑にからまり,生態学的に研究する対象としては困難が多く,現実に研究資料の累積量は他の森林が占有する空間面積に比べて極めて少ない。二次林の景観・種多様性保全や二次林を含む地域植生景観の研究は極めて重要であり,現在この研究を推進する時期にある。韓国では適切な森林の利用及び多様な管理の方法によって農村景観の美観を維持してきたが,現在経済発展による農村燃料の改良によって伝統的な景観管理方法は次第に消滅する傾向にある。したがって植生景観放棄によって起きている日本での環境問題が将来韓国農村でも緊急な課題となることは間違いない。持続可能な土地利用と農村景観保全を確保するため,自然と社会・文化的な要素を生態学的に判断し,将来の植生構造を予測する必要がある。このような認識で,まず農村地域における植生管理の強度が違う韓国と西日本の二次植生の景観構造を比較分析し,代表的な景観要素であるアカマツ林の個体群構造,更新過程と現存量変化を検討した。同時にアカマツ林地における遷移過程を比較分析した。調査地は韓国忠清南道公州郡鶏龍面陽化里と日本広島県双三郡三和町である。両地域は気候的,地質・地形的に大きな差はない。また年間平均気温も陽化里の近くの大田市で12.2℃,三和町の近くの世羅西町で12.4℃で,ともに温帯に属している。本研究は二つの調査方法によってなされた。それは個体群生態学と景観生態学的手法である。また本調査地域で最大の面積を有するアカマツ林の構造と遷移過程については群落生態学的な方法でおこなった。II.アカマツ個体群生態学 調査地陽化里では墓地を含む林分を,三和町では伐採地,植林地及び天然更新後管理地を含む林分を管理林とした。さらに対照区として管理を行っていない放棄林を選んだ。両方とも両国を代表する管理形態の林分である。a.アカマツ個体群構造 : 陽化里のマツでは三和町に比べ若齢個体群のため球果生産可能な樹木の割合が少なかった。三和町では材木生産のためマツ林を部分伐採し,その後ヒノキ植林を行っている。胸高直径の成長では,陽化里の方が三和町より,また管理林の方が放棄林より大きかった。この結果は土壌条件や気候環境よりも,持続的な林分管理が樹木成長にとって効果があるためである。樹齢分布様式から陽化里のマツ林は約40年前に更新を始め,管理林では約20年前に墓地造営のため部分伐採が行なわれたことが明らかになった。三和町のマツ林は約60年前から更新して主に自然間引きによって個体群が制御されている。陽化里の管理林では平均胸高直径値を超える樹木が墓地周辺に点在し,また新しい切り株もあって林内が明るくその林床には多くのアカマツの実生や稚樹が,三和町ではマツに代わって照葉樹の稚樹や実生が生育していた。管理林の場合は,樹冠の大きさに依存する球果や種子の生産がみられた。陽化里のマツ林にはクリ,コナラ,アベマキ及びクヌギなどのブナ科の中木と,ハンノキ,サワフタギ,マルバハギなどの低木が生育している。しかし,枝打ちや下刈りのような方法によって管理されているので,低木層や草本層は貧弱である。しかし林床にはブナ科の稚樹がたくさんみられる。これは林床管理者が必要な種組成を考えて選択的施業を行っている証拠である。このようなマツ林における植生管理は,主木のマツ個体群だけでなく他樹種にも及んでいる。以上のように,伝統的管理はマツ個体群の発達を促し,時には生産力を増加させ,管理の強度や方針転換が結局景観構造までも変化させることを明らかにした。b.アカマツ個体群の動態 : 光条件と土壌の温度は実生の発生や成長に非常に重要な環境要因であるが,場合によっては死亡要因にもなる。里山の林分の管理はこの光環境に影響を及ぼしている。当年生実生の生残率と稚樹の死亡率の相関係数は陽化里の墓地と三和町の伐採地の両方で大きいがその死亡率は三和町の伐採地が特に大きい。相対照度がより高かった三和町の伐採地は実生の発生に良いが,死亡率も高い。相対照度が高い墓地は稚樹死亡率が最も高く,続いて放棄林と林床下刈り地となっている。
著者
岩永 誠 坂田 桐子
出版者
広島大学
雑誌
Memoirs of the Faculty of Integrated Arts and Sciences, Hiroshima University. IV, Science reports : studies of fundamental and environmental sciences (ISSN:13408364)
巻号頁・発行日
vol.24, pp.75-85, 1998-12-28

In 1990s, concerns to paranormal phenomena are mentioned to be greater among young Japanese people, which phenomena were new types of religion, supernatural powers, an afterlife, a personality stereotype by blood-typing, and ghost stories at school by comics and films. The present study aimed to investigate interests and paranormal beliefs and the effects of personal factors on the paranormal beliefs, using 321 undergraduates. Degrees of interest and belief concerning to 10 supernatural phenomena were lower than those in the previous studies. From the results of multiple regression analysis, affecting factors were different among four types of paranormal phenomena. Beliefs in existences of ghost and reincarnation and superstition were mainly affected by external attribution such as fate, fortune, and anti-scientism. On the other hand, level of anxiety affected only beliefs in existences of undefined creatures and cultures. Time perspective, however, affected none of supernatural phenomena.