著者
平塚 貴彦
出版者
島根大学
雑誌
島根大学農学部研究報告 (ISSN:0370940X)
巻号頁・発行日
vol.13, pp.206-215, 1979-12-15

最近,多くの農畜産物(米,ミカン,野菜,牛乳,鶏卵,豚肉など)が過剰もしくは過剰傾向にあるなかで,牛肉に対する需要は依然大きく,むしろ供給が追いつかない状態である. S.48~52年の各年次について,牛肉,豚肉,鶏肉の需要の所得弾力性値をそれぞれ計測した結果,5年間の単純平均値が牛肉0.89750(0.81583~0.96904),豚肉0.59526(0.55802~0.66132),鶏肉0.57511(0.49890~0.60731)であった. このように牛肉需要の所得弾力性値は,豚肉や鶏肉のそれに比べてはるかに高く,需要側面からみても牛肉は農家にとって数少ない有望品目であるといえよう.、そして,牛肉の中でも和牛の高級肉については,その需要の根強さや輸入物との競争力などの点からも,一層有望な品目であろう.この点は,和牛枝肉の生産者価格(食肉卸売市場価格)が,枝肉格付によって大きな格差があることにもあらわれている。したがって,和牛肥育経営においても,上質肉(本稿では枝肉格付「上」以上を上質肉としておく)生産が一般に有利であって,枝肉が「中」や「並」の格付では収益性が低く,たとえば最近増加してきた去勢乳牛の肥育経営などに対抗できない場合もあるだろう. 和牛上質肉の生産は,従来良質な家族労働力を基礎にして,家族経営形態による綿密な飼養管理(それも牛は個体差が大きいので個体管理が中心)によって行われてきた.すなわち,血統の良い素牛を比較的長い日数かけて,1頭1頭じっくりと綿密な飼養管理を行い,省力化や規模の利益を追求したり,資金回転を早めるなどといった経営合理化の方向とはむしろ逆ともいえる生産方法にゆだねられてきたが,今後も基本的にはこの方法は大きくは変らないだろう.そしてそこにこそ,和牛肥育による家族経営自立化への道が残されているといえる. そこで本稿では,和牛(黒毛和種)上質肉生産技術水準の異なる島根県内の三つの去勢和牛肥育(若令高度肥育)経営(家族経営)をとりあげ,各経営のS.53年の販売牛について個体別分析を行い,個体別収支・収益性・肥育技術の実態と問題点を明らかにし、その分析結果をふまえて上質肉生産経営の今後の基本的課題を指摘する.上質肉生産技術に差のある三経営を考察することによって,その分析結果とそれをふまえて指摘する基本的課題は,農家の技術水準が様々である実際面においても,比較的高い普遍性と現実的意味をもつだろう。 なお,本稿で考察する三経営を上質肉生産技術の面から分類すると,事例1(A農家)は全頭枝肉販売で枝肉格付はきわめて高い水準にある.事例2(B農家)は血統の良い素牛を揃えてはいるが,現在上質肉生産技術が未確立であり,一部生体販売も行っている.そして事例3(C農家)は,S.52年から肥育対象を去勢和牛に集中し,血統の良い素牛を揃えつつあるが,技術的にはB農家よりもさらに低く,文字通り未熟で,生体販売を主体とし,上質肉生産への体制がようやく整ったところである.

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