著者
有川 治男
出版者
学習院大学
雑誌
人文 (ISSN:18817920)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.5-44, 2004

本論文は、現在の美術史研究において一般的になっている「ゴッホ=種播く人」という解釈に対して、「耕す人としてのゴッホ」という視点を新たに提示するものである。 画家としてのゴッホを「新しい芸術の種播く人」として捉える見方は、既にゴッホ自身が残した数多くの手紙の中に見られるが、そのようなゴッホ像は、そののちの評論家、研究者たちによって支持され、強化されてきた。本論ではまず、そのような象徴的芸術家像がどのように形成されてきたかを、アルル時代の2点の《種播く人》の作品分析、ゴッホ自身の言葉による検討、そして研究史を辿ることによって、跡付ける。その際、《種播く人》に典型的に表明されたゴッホの「色彩の象徴主義」にも言及し、また、「種播く人」というモティーフが絵画史の中で負ってきた意味合い、とりわけミレーの《種播く人》とそれに関する言説の中で形作られてきた「種播く人」のイメージ全般にも注目する。 そのような前提のうえで、次に、そのような象徴的意味合いを負う《種播く人》に対して、同じくアルル時代に制作された《耕された畑》を例として挙げ、ゴッホの制作にとって重要なもうひとつの側面、すなわち、技法的側面に注目する。ゴッホは、英雄的な身振りをもって画中に堂々と登場する「種播く人」に自らの姿を重ね合わせただけではなく、広大な大地の上、黙々と農作業にいそしむ「耕す人」の小さな姿にも、また、画家としての自らの姿を見ていた。それは、「芸術の種播き」という象徴的身振りにとどまらず、筆によってキャンヴァスに絵具の筋を定着させてゆくという実際の制作行為に対応するものであった。 ゴーギャンに対して提示された、もう1点の《種播く人》や、サン=レミ時代の《耕す人のいる畑》などの検討をも踏まえ、絵具のタッチでカンヴァスに畝を刻み込んでゆくゴッホの「耕す人」としての自己表現が、また、当時の前衛美術の有力な担い手としてゴッホが強く意識していたゴーギャンやスーラに対する、自己差異化の有力な手段であったことも確認して、本論を閉じる。The creative activities of Vincent van Gogh have becn ordinarily interpreted in symbolic terms as that of"the sower","the sower of the new spiritual art". The artist himsclf was aware of his、vocation as such and represented the figure of the sower as the disguised selfi)ortrait repeatedly in his paintings throughout his life. The author of this article gives attention to anothcr side of the activities of the painter, "Van Gogh, the plowman", and surveys the usage of the motive of the plowman(the peasant working with plow or harrow)in Van Gogh's oeuvre and the reference to the plowman in his letters.When Van Gogh said,"I am plowing on my canvases as thc peasants do on their fields", he meant not only the symbolic role of thc artist, the creator, but also the practical activities of the painter, the worker. He likens the strokes of paint on canvases to the fhrrows op fields. The article also suggests that the image of the artist as the plowman was strategica11y adopted by Van Gogh to differentiate himself丘om othcr avantgarde artists, especially from Paul Gauguin and Georges Seurat.

言及状況

Twitter (1 users, 2 posts, 0 favorites)

こんな論文どうですか? フィンセント・ファン・ゴッホ、「耕す人」(有川 治男),2004 https://t.co/7AoWgdHBsM 本論文は、現在の美術史研究において一般的になって…
こんな論文どうですか? フィンセント・ファン・ゴッホ、「耕す人」(有川 治男),2004 https://t.co/7AoWgdHBsM 本論文は、現在の美術史研究において一般的になって…

収集済み URL リスト