著者
森 雅雄
出版者
日本文化人類学会
雑誌
民族學研究 (ISSN:00215023)
巻号頁・発行日
vol.62, no.1, pp.66-85, 1997-06-30
被引用文献数
1

本稿は, 近代において日本人がどのように「他者」を認識したのか, そして日本の民族学がその歴史の中にどのように位置づけられるのかを検討しようとするものである。幕末と明治期における日本人, 特に武士や士族は東アジアにおける共通語である漢文によって「他者」と意志疎通することができた。1850年代のペリー来航の時も, 日本は鎖国政策を採っていたけれども, 通常考えられている以上に効果的に彼らと交渉することができた。これは彼らの漢文能力によるものと考えられる。日本の武士は漢文を通じて「他者」を知ることができたのである。明治時代初期においても, 日本人はなお漢文による論理の儒学の教えが身についていた。このことは日本人が国際法のような西洋の規範を採用する基盤となったと思われる。日本における人類学の創設者坪井正五郎は武士の子弟であり, 西洋の人類学を取り入れ, 日本人を外来種と見ることに躊躇しなかった。大正時代は「他者」の認識が希薄になる時代である。日本人から武士の精神が失われるとともに「自己」に対峙する「他者」の認識は失われていった。それ故, 台湾や朝鮮のような日本の植民地は, 主権国家によって支配される地域ではなく, 日本の同質の一部として見られる様になるのである。これ以降, 日本はこれに対峙する「他者」のないままに拡大してゆくことになる。人類学者も日本人を古来より存在している単一民族として見るようになる。民俗学者柳田国男も日本民俗学を外国を必要としない一国民俗学として成立させる。日本民族学はこの日本民俗学から生まれた。しかも日本民俗学が持っていた方法や観点の一貫性さえ失ってしまったのである。即ち何かを一貫したものとして見るために要請される「他者」というものを。そしてそれは第2次大戦後の民族学者の変わり身の早さや石田英一郎の色々な方法に対して示した抱擁力に見ることができるのである。

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