- 著者
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王 維
- 出版者
- 日本文化人類学会
- 雑誌
- 民族學研究 (ISSN:00215023)
- 巻号頁・発行日
- vol.63, no.2, pp.209-231, 1998-09-30
- 被引用文献数
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本稿では, 長崎華僑社会を一つのエスニック・グループとしてとらえ, 祭祀や芸能に焦点を当てることにより, 華僑文化のダイナミズムを再検討した。祭祀と芸能は, 変動するエスニシティにとって重要な意味をもつ文化要素である。日本華僑の場合, 住居, 服装, 生活様式など文化の日常的側面においては, 日本社会への同化の傾向が強い。その代わりに弁別的特徴として重要な役割を果たしてきたのが祭祀と芸能である。祭祀については次の3タイプに類型化することができる。1)「被受容祭祀」 : 江戸時代に日本人社会に受容され日本の祭と混淆して現在に受け継がれているもので, 「長崎くんち」に代表される。2)「伝統祭祀」 : 同郷組織等によって運営され, 華僑の寺院で行われる「普度勝会」(盂蘭盆)などの祭祀。3)「新伝統祭祀」 : 中華街の活性化を目的として, 近年に春節(旧正月)・元宵節等を再編して創造された新たな祭。旧来のエスニック・アイデンティティのシンボルとしての「伝統祭祀」は同郷組織によって維持されてきた。しかし, 第二世代は伝統祭祀への関心を失いつつあり, 長崎華僑社会は近年急速に変化を示している。それは, 特に「新伝統祭祀」ランタンフェスティバルの創設過程にみることができる。ランタンフェスティバルは, 政治的変化(日中国交正常化)を契機とし, 観光と地域活性化という新たなニーズによって, 新たなエスニック・アイデンティティのシンボルとして中華街を中心に創造されたものである。それに先だって, 中華街の二代目店主らは, 日本人店主らとともに, 新しい組織として中華街商店街振興組合を結成した。こうして, 長崎華僑のエスニック・アイデンティティは, 同郷組織を核とし「伝統祭祀」をシンボルとするものと, 振興組合を核とし「新伝統祭祀」をシンボルとするものとに二極化してきた。さらに, 長崎市は, 中華街で創設された「新伝統祭祀」を市全体の祭として取り込んだ。長崎は, 古くから華僑の文化を「被受容祭祀」として取り入れることにより, 自らの地域文化を構築してきたが, そうした過程が現代的な形で再生産されているととらえることも可能である。このように, エスニック・グループとしての長崎華僑社会は, 上位社会(日本社会及び長崎地域社会)や出身社会(本国)との交渉の中でエスニシティ再構成をしているのみならず, 上位社会に対しても影響を与え続けていると言えよう。