- 著者
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谷 泰
- 出版者
- 日本文化人類学会
- 雑誌
- 民族學研究 (ISSN:00215023)
- 巻号頁・発行日
- vol.64, no.1, pp.96-113, 1999-06-30
ヤギ・ヒツジ群への人の管理的介入をやめて放置すると, 家畜としての行動特徴を失い, 野生種としての行動特徴を示すようになる。このことは, 家畜としての特徴が, 牧夫による日々, 季節ごと, 世代を通じて繰り返される技法介入によって再生産されており, 家畜を家畜たらしめた初期的介入も, 牧夫の介入のレパートリーの中に潜在的に隠されていることを暗示している。このような考えのもと, 筆者はかって, ヤギ・ヒツジの家畜としての行動特徴, 考古学的証拠, そして家畜として固有の行動特徴の獲得に関連すると考えられる技法的介入を相互参照することで, 中近東での家畜化の初期過程を再構成することを試みた。本論考では, この先行仮説において, 家畜化の初期過程ですでに適用されたと見なした二つの介入技法をとりあげ, 新たに知りえた家畜飼養に関する考古学的遺構事実を参照することで, その成立時期を確定し, その意味を論ずる。その技法とは, 1)キャンプ地での雌の密集状況下, 実母に接近できない新生子を抱えて母雌の脇腹に押し込む哺乳介助技法-個体レベルでの人との親和性の成立をもたらすだけでなく, 搾乳技法の開発にとっても基本的前提条件をなすもの。2)同じく雌の密集状況下で夜間成雌に踏みつぶされないため, 新生子を夜間, 小囲いに隔離する技法-同世代集団の共同保育によって, 野生段階で顕著な母子凝集傾向に対して, 水平的でアモルファスな群形成を強化するものである。ちなみに, これら中近東での介助技法についての事実は, 独自に搾乳技法を開発しないばかりか, 家畜化開始以来幼児死亡率がきわめて高いといわれるアンデスの牧畜民を考えるさいにも, ひとつの対比的参照項としても意味をもつはずである。