- 著者
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池谷 和信
- 出版者
- 日本文化人類学会
- 雑誌
- 民族學研究 (ISSN:00215023)
- 巻号頁・発行日
- vol.64, no.2, pp.199-222, 1999-09-30
- 被引用文献数
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毛皮は, かつて"柔らかい宝石"と呼ばれ, 西ヨーロッパや中国において上流階級のステータス・シンボルを示した。本稿では, 世界システム論の視点から, 世界の毛皮をめぐる中核と周辺の変化の動態を把握する枠組を提示したあとに, カラハリ砂漠における毛皮交易の盛衰を通して狩猟民の社会変化を把握することを目的とする。16世紀以降の毛皮交易史をみていくと, 世界には西ヨーロッパ, 中国, 日本, アメリカという4つの中核が存在してきたこと, 北アメリカ, シベリア, 中国東北部に加えて南部アフリカも毛皮交易の発達がみられた地域であること, 1930年頃にはサン, ピグミー, イヌイット, オロチョンなどの世界の周辺に暮らしていた人々が, 共通に世界経済システムの周辺に組み込まれていたことが明らかになった。また, カラハリ砂漠において毛皮交易の盛衰をみていくと, サンのなかには毛皮の運搬や猟法の変化などのように直接的影響を受けていた人々とカラハリとの毛皮の交換を通して無意識のうちに世界システムに巻き込まれていった人々という2つの対応がみられた。とりわけ1930年代には, サンがカラハリに従属する関係がみられたが, 毛皮税の支払いがなくなると, サンの自立性が高まっていった。しかし, この地域での毛皮交易の永続性は短く, 1950年代におけるサンによる農場への労働力移動という側面が, 社会変容に大きな影響を与えていた。以上をふまえて, 人類学における世界システム論の視点を用いた研究では, 世界的に毛皮の流通が世界の周辺にまで浸透していた点や現存している人々から聞き取り調査の可能な点から, 1930年代の毛皮交易による社会変化の復元に焦点を置くことで新しい成果が生まれると考えられる。