著者
土屋 武志
出版者
愛知教育大学
雑誌
教養と教育 : 共通科目研究交流誌
巻号頁・発行日
vol.3, pp.51-56, 2003

本稿は,大学の教養教育における東アジア史認識の意義とその改善の方向性を明確化することを試みたものである。学習者は,大学教育において,物事を自由に見る経験を得る機会を持つ。大学の教養教育において,その経験を与えることは,重要な教育的意味を持っている。大学の教師特に歴史担当者は,当然のこととはいえ,自身の歴史解釈が絶対的真実とは限らないことを常に自覚して学習者の自由な思考を保証する授業を計画する必要がある。と同時に,受講者である学生自身に「歴史」の持つこの特性を理解させる必要がある。そしてそれは,講義による一方的な伝達という方法でなく,学生自身が調査し,その収集した情報を批判的に検討しあったり,討論したりする方法を用いて,経験的に気づかせ理解させるような授業によるべきである。

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土屋武志「大学の教師特に歴史担当者は,当然のこととはいえ.自身の歴史解釈が絶対的真実とは限らないことを常に自覚して と同時に,受講者である学生自身に「歴史」の持つこの特性を理解させる必要。」

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土屋武志「大学の教師特に歴史担当者は,当然のこととはいえ.自身の歴史解釈が絶対的真実とは限らないことを常に自覚して と同時に,受講者である学生自身に「歴史」の持つこの特性を理解させる必要。」 / “CiNii 論文 -  教養教育にお…” http://t.co/gmNNKrhC

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