- 著者
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黒沢 良彦
- 出版者
- 国立科学博物館
- 雑誌
- 国立科学博物館専報 (ISSN:00824755)
- 巻号頁・発行日
- vol.8, pp.155-"160-2", 1975
従来, 屋久島からオニクワガタ Prismognathus angularis WATERHOUSE として知られた種は, 本州, 四国などの高地に産し, 北海道や樺太にも産する真のオニクワガタとは異なる別種であることを確認したので, 新種ヤクシマオニクワガタ Prismognathus tokui Y. KUROSAWA として記載した。一方宮崎県青井岳 (563m) で採集されたオニクワガタも北九州の長崎県雲仙岳, 福岡県英彦山などの高所で採れた標本や, 本州, 四国, 北海道など日本各地産の真のオニクワガタ P.angularis WATERHOUSE と見做される標本とは異り, ♂♀共にオニクワガタとヤクシマオニクワガタの中間に位する形質を具えているので, オニクワガタの新亜種 P.angularis morimotoi Y.KUROSAWA として区別命名した。前者は採集者渡辺 徳氏, 後者は標本提供者森本 桂博士にそれぞれ奉献された新名である。日本におけるこれら3型の成因について考察してみると次の様になる。洪積世の氷期に大陸から日本侵入したこれら3型の祖型と思われる種類は, 次の間氷期に北上したが, 屋久島, 種子島を含む南九州の一部は本土から隔離されたために, 本土とは異るものとなった。さらに次の時代にはこの地域から少なくとも, 現在の屋久島を含む地域は隔離された。やがて, 次の氷期の訪れと共に南九州地域は再び北九州と連結し, 北方からオニクワガタが侵入して来たので, 在来種のヤクシマオニクワガタとの間に雑交が起り, 現在の南九州亜種が生じた。しかし, この時屋久島はすでに島として形成されていたので, オニクワガタは侵入できず, ヤクシマオニクワガタは高所に追い上げられはしたが, そのまま屋久島特産種として残存した。他の種子島などのものは温暖化する気候に適応できず, 逃避すべき高所もなく, 絶滅したものであろう。ここに問題になるのは, 南九州の産地が宮崎県青井岳の海抜600m にも満たぬ低山地である点である。これは極めて難かしい問題ではあるが, 飛島, 粟島, 佐渡, 伊豆諸島, 四国沖の島など, 瀬戸内海の諸島を除く本州, 四国周辺の小島嶼の昆虫相がその対岸の本土の低地の昆虫相とは異って, 主として, 山地, 時にはかなり高地の昆虫相と似通った種類が基盤をなし, それを暖地性昆虫相が覆っている事実, さらに島嶼ではこれら山地性の種類がかなりの低地, 時には海岸近くまで発見される事実によって説明できるのではなかろうか。即ち, 青井岳付近から大隅半島を経て種子島, 屋久島へのびる地域が一つの島として本土から分離した時代があったのではないかと推定したい。上記オニクワガタを含めて, この地域にはカラスシジミ, ミヤマクロハナカミキリなど本州では寒冷地やかなりの高地に見られ, 九州では他地域では見られない様な種類が意外に低地で発見される理由もこの辺にあるのではないかと推定される。