著者
黒沢 良彦
出版者
国立科学博物館
雑誌
国立科学博物館専報 (ISSN:00824755)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.155-"160-2", 1975

従来, 屋久島からオニクワガタ Prismognathus angularis WATERHOUSE として知られた種は, 本州, 四国などの高地に産し, 北海道や樺太にも産する真のオニクワガタとは異なる別種であることを確認したので, 新種ヤクシマオニクワガタ Prismognathus tokui Y. KUROSAWA として記載した。一方宮崎県青井岳 (563m) で採集されたオニクワガタも北九州の長崎県雲仙岳, 福岡県英彦山などの高所で採れた標本や, 本州, 四国, 北海道など日本各地産の真のオニクワガタ P.angularis WATERHOUSE と見做される標本とは異り, ♂♀共にオニクワガタとヤクシマオニクワガタの中間に位する形質を具えているので, オニクワガタの新亜種 P.angularis morimotoi Y.KUROSAWA として区別命名した。前者は採集者渡辺 徳氏, 後者は標本提供者森本 桂博士にそれぞれ奉献された新名である。日本におけるこれら3型の成因について考察してみると次の様になる。洪積世の氷期に大陸から日本侵入したこれら3型の祖型と思われる種類は, 次の間氷期に北上したが, 屋久島, 種子島を含む南九州の一部は本土から隔離されたために, 本土とは異るものとなった。さらに次の時代にはこの地域から少なくとも, 現在の屋久島を含む地域は隔離された。やがて, 次の氷期の訪れと共に南九州地域は再び北九州と連結し, 北方からオニクワガタが侵入して来たので, 在来種のヤクシマオニクワガタとの間に雑交が起り, 現在の南九州亜種が生じた。しかし, この時屋久島はすでに島として形成されていたので, オニクワガタは侵入できず, ヤクシマオニクワガタは高所に追い上げられはしたが, そのまま屋久島特産種として残存した。他の種子島などのものは温暖化する気候に適応できず, 逃避すべき高所もなく, 絶滅したものであろう。ここに問題になるのは, 南九州の産地が宮崎県青井岳の海抜600m にも満たぬ低山地である点である。これは極めて難かしい問題ではあるが, 飛島, 粟島, 佐渡, 伊豆諸島, 四国沖の島など, 瀬戸内海の諸島を除く本州, 四国周辺の小島嶼の昆虫相がその対岸の本土の低地の昆虫相とは異って, 主として, 山地, 時にはかなり高地の昆虫相と似通った種類が基盤をなし, それを暖地性昆虫相が覆っている事実, さらに島嶼ではこれら山地性の種類がかなりの低地, 時には海岸近くまで発見される事実によって説明できるのではなかろうか。即ち, 青井岳付近から大隅半島を経て種子島, 屋久島へのびる地域が一つの島として本土から分離した時代があったのではないかと推定したい。上記オニクワガタを含めて, この地域にはカラスシジミ, ミヤマクロハナカミキリなど本州では寒冷地やかなりの高地に見られ, 九州では他地域では見られない様な種類が意外に低地で発見される理由もこの辺にあるのではないかと推定される。
著者
山崎 柄根
出版者
国立科学博物館
雑誌
国立科学博物館専報 (ISSN:00824755)
巻号頁・発行日
vol.14, pp.95-102, 1981

日本産のヒナカマキリは, その分類学的位置や雄についての知見にいくつかの混乱があった。たとえば, 日本産の種類では雌個体しか現れず, 単為生殖をしているのであろう, という説である(古川, 1950; 日浦, 1977)。本報文では, その分類学的位置を明らかにし, 雄については, 日本列島の自然史科学的総合研究による伊豆の調査で良い標本を得たので, これによって今回はじめて記載し, またこの種が両性生殖種であることを示した。この種は, もともと1908年, 素木得一によって静岡および東京産の雌をもとに Gonypeta Nawai として記載されたものである。ついで素木はこの種の2度目の記載を行ったが, 原記載を無視して, 松村松年が1908年(素木の原記載の5ケ月後)用いた無効名 Gonypeta maculata を用いた。混乱はここにはじまるが, 原記載はなぜか素木自身ならびにその後の研究者によって無視されてしまい, 1915年に KARNY が属を Iridopteryx に変更してのち, 日本のヒナカマキリについてのすべての文献には Iridopteryx maculata が用いられるようになった。しかし, 今回細かに検討してみると, 属についてはこのカマキリは Iridopteryx 属には該当せず, 結局 Amelinae 亜科の Amantis 属に含ましめるのが妥当であるとの結論に達した。原記載における種名 nawai は有効名であるから, 結局日本産のヒナカマキリの学名は Amantis nawai とするのが正しいことになる。台湾産のものと異って, 日本産の雄は雌同様に微翅型であって, 雌よりやや体が小さいものの, 雌に大変よく似ている。これがおそらく今まで雄個体がみられないという説の起った原因であると考えられる。よく探せば, どこでもその分布地では雄は見つかるものと思う。ヒナカマキリの分布は, 本州では北限地と考えられる山形県の吹浦から日本海側に沿って南西へ, また太平洋側では東京都の自然教育園や小金井市などの位置あるいは千葉県木更津市から南西に分布し, 四国, 対馬, 九州, 奄美大島にまで分布している(図12)。この種はシイやタブ林をとくに好んで生息するが, 記録された地点を地図上にプロットし, 常緑広葉樹林(あるいは照葉樹林)の分布地と比較してみると, 顕著にその分布が一致していることが認められた。肉食性のカマキリで, しかもその行動は他種にみられないほど敏捷で, また好地性であるが, 本種はこの常緑広葉樹林の林床をほとんど離れないのである。かくして, ヒナカマキリ Amantis nawai は常緑広葉樹林に伴って分布する昆虫の典型的なもののひとつと言ってよいであろう。
著者
宮崎 信之 中山 清美
出版者
国立科学博物館
雑誌
国立科学博物館専報 (ISSN:00824755)
巻号頁・発行日
vol.22, pp.235-249, 1989
被引用文献数
2

奄美大島の笠利町立歴史民俗博物館に保存されている頭骨を含む鯨類の骨格調査, 地元の漁師および公民館の職員などに対して行なった鯨類に関する聞込み調査, および財団法人日本鯨類研究所に保管されている大型鯨類の漁獲記録の調査を行ない, 奄美大島における鯨類の漂着記録, 発見記録および捕獲記録を解析した。 この調査により, 10種類(セミクジラ, シロナガスクジラ, ナガスクジラ, ザトウクジラ, ニタリクジラ, マッコウクジラ, バンドウイルカ, オキゴンドウ, シワハイルカ, およびアカボウクジラ科の一種)の鯨類が確認された。漂着鯨類の調査では, 7種9例が記録された。1942年10月19日に竜郷町円の海岸に集団漂着したマッコウクジラの記録は, 竜郷町公民館に保管されている当時の写真から確認された。1989年にはバンドウイルカの集団漂着が2例あった。このうち, 4月20日の例は, 地元の人々の協力で漂着した33頭のイルカを無事に海に戻したという点で特筆される。奄美大島の久根津では, 1911年(明治44年)から1923年(大正12年)まで大型鯨類の捕獲・解体が行なわれていた。その後も, 散発的に捕鯨が行なわれ, 1962年(昭和37年)以降操業を停止した。その間に捕獲された大型鯨類のうち, 日本鯨類研究所の鯨漁月報に記録・保管されている5年間 (1914,1919,1921,1922および1934) の漁獲記録を調査した。大型鯨類6種類155頭が記録されており, 捕獲頭数の最も多い種類はザトウクジラで, 全体の84.5%を占めており, 次はマッコウクジラ(6.5%), ナガスクジラ(4.5%), シロナガスクジラ(3.2%), セミクジラ(0.6%)およびニタリクジラ(0.6%)の順である。これらの鯨類の捕獲位置や雌雄別体長組成についても解析した。奄美大島近海に生息しているバンドウイルカでは, 成体になると白色の腹部体表面に黒色斑点が見られる。この特徴は, 伊豆半島近海のバンドウイルカには認められない。そこで, 両者の類縁関係を明らかにするために, 両海域のバンドウイルカの間で頭骨と雌雄の成体の平均体長を比較した。その結果, 奄美大島産のバンドウイルカは伊豆近海産のそれとは異なった系統群か, あるいは亜種に属していることが示唆された。
著者
岩科 司 松本 定
出版者
国立科学博物館
雑誌
国立科学博物館専報 (ISSN:00824755)
巻号頁・発行日
vol.42, pp.67-73, 2006

アマギカンアオイHeterotropa muramatsui (F. Maek.) F. Maek.は伊豆半島に準固有のウマノスズクサ科の植物である.この変種シモダカンアオイH. muramatsui var. shimodana F. Maek.は伊豆半島先端の須崎半島にのみ自生している.またもう一つの変種タマノカンアオイH. muramatsui var. tamaensis (Makino) F. Maek.は関東地方の多摩丘陵を中心とした地域に分布している.これらの変種のうち,タマノカンアオイは独立した種,Asarum tamaensis Makinoと考える立場もある.本研究では,これらの3変種をフラボノイドを指標とした化学分類学的手法によって検討を行った.各種クロマトグラフィーによって分離されたフラボノイドは7種類で,UV吸収スペクトル,加水分解とその生成物の定性,質量スペクトル,ペーパークロマトグラフィーおよび高速液体クロマトグラフィーによる基準標品との直接の比較などからそれぞれ,chalcononaringenin 2', 4'-di-O-glucoside (1), kaempferol 3-O-rutinoside (2), kaempferol 3, 4'-di-O-glucoside (3), kaempferol 3-O-rhamnosylglucoside-4'-O-glucoside (4), quercetin 3-O-rutinoside (5), isorhamnetin 3-O-glucoside (6)およびisorhamnetin 3-O-rutinoside (7)と同定された.これらのうち,1はすでにアマギカンアオイ,シモダカンアオイ,タマノカンアオイから報告されており,また2, 5, 6および7についてもカンアオイ属植物から分離されているが,3と4はこれまでウマノスズクサ科では報告されていない化合物であった.アマギカンアオイ,シモダカンアオイおよびタマノカンアオイを二次元ペーパークロマトグラフィーと高速液体クロマトグラフィーによってフラボノイド組成を解析したところ,これらは質的にまったく同一であり,化学分類学的にはこれらの変種は同じ種類と考えられた.
著者
藤山 家徳
出版者
国立科学博物館
雑誌
国立科学博物館専報 (ISSN:00824755)
巻号頁・発行日
vol.15, pp.37-"48-2", 1982
被引用文献数
1

Deposits of the Oshino basin located in the northeast of Mt. Fuji consits of the Oshino fossil lake sediments and pyroclastic materils of Mt. Fuji. The geological sequence in the Oshino area before and after the appearance of the fossil lake is studied. The results of electric prospecting carried by the Ministry of Agriculture and Forestry indicate that the route of the Katsura River and the configuration of ground before the Oshino lava flow was not greatly different from the present ones. The Oshino lava, a branch of the Saruhashi lava flow, dammed up the valley of the former Katsura River and caused the appearance of the Oshino lake. The deposits of the fossil lake, consisting mainly of clay 1.2-12.0m in thickness, are dated 7,150±140 years B. P. by the ^<14>C method. The assemblage of fossil pollen in the deposits indicates a cold-temperate flora which is scarcely different from the present flora in this area. Most insect and seed fossils are squatic or semiaquatic species and do not suggest a different climatic condition from the present one. The fossil flora of diatom is separately reported in another paper in this volume. The swampy deposits at a depth of 2-3m, located at the central area of the basin, are dated 3,020±65 and 2,450±75 years B. P. on the burried wood identified as a species of Alnus.
著者
千葉 とき子 斎藤 靖二 木村 典昭
出版者
国立科学博物館
雑誌
国立科学博物館専報 (ISSN:00824755)
巻号頁・発行日
vol.15, pp.25-36, 1982

蛇石火山は伊豆半島南西部に位置する第四紀火山で, その噴出物は東西3km, 南北6km にわたって分布する。この火山体は第三紀中新世後期の白浜層群を不整合に覆って形成された。火山体を構成する岩石は, 岩相・層位学的にみて, 大きく2つのユニット(下部ユニットと上部ユニット)に区分される。下部ユニットは火山体の主要部分を構成するもので, 熔岩流と火砕岩からなり, 約150m の厚さをもつ, 上部ユニットは数10m の厚さで, 陶汰の悪い熔岩の角礫を含む堆積物からなる。下部ユニットは北部の高地と南部の海岸付近に, 上部ユニットは間の比較的平坦な地形の部分に分布する。 下部ユニットの熔岩のうち, 南部の落居付近にみられる7枚と北部の大峠付近の3枚について岩石記載を行った。岩石はすべて(かんらん石)-紫蘇輝石-普通輝石安山岩である。岩石9試料のモード, 主成分を分析した。熔岩が噴出したときのメルトと結晶の量化は3 : 2&acd;3 : 1で, 後に噴出した熔岩ほどΣFeO, MgO, CaO に乏しく, SiO_2に富む。しかし, 全体としては化学組成の変化の範囲は比較的狭く, 結晶分化作用があまり進行しないまま, 短期間に熔岩の流出が行われたとす推定される。鉱物組定・化学組成からみて, 蛇石火山の岩石はカルク・アルカリ岩系に属し, ノルム石英を10vol.%以上含むことから, 伊豆半島南西部の第四紀火山の溶岩のなかで SiO_2に最も過飽和であるといえる。
著者
上野 俊一
出版者
国立科学博物館
雑誌
国立科学博物館専報 (ISSN:00824755)
巻号頁・発行日
vol.18, pp.163-198, 1985

オニメクラチビゴミムシ群 (group of Trechiama oni) の甲虫類, 主として中国山地の東部と四国北東部とに分布し, 淡路島南部と和泉山脈にもそれぞれ1種が生息する。日本海岸から瀬戸内海の南側まで拡がっているので, この種の昆虫群としてはかなり例外的な分布域をもつことになる。本来は地下浅層にすむものらしいが, 石灰洞など自然の洞窟や鉱山の廃坑からも見つかっている。既知種は17あり, 新たに6種を追加記載した。これら23種のすべてを文献とともに列挙し, 区別点を検索表を検索表で示すとともに, 既知種のうちで原記載の不完全な2種の再記載も行った。 この種群は3亜群に大別され, そのうちのふたつはさらに2&acd;3の系列に次のように区分される。 1) サトウメクラチビゴミムシ亜群 a) ゾウズサンメクラチビゴミムシ系 ムラカミメクラチビゴミムシ T. murakamii S. UENO, ゾウズサンメクラチビゴミムシ T. instabilis S. UENO b) サトウメクラチビゴミムシ系 フジワラメクラチビゴミムシ T. fujiwaraorum S. UENO, オノコロメクラチビゴミムシ T. onocoro S. UENO, サトウメクラチビゴミムシ T. satoui S. UENO, シロトリメクラチビゴミムシ T. tenuis S. UENO 2) オニメクラチビゴミムシ亜群 a) フジタメクラチビゴミムシ系 フジタメクラチビゴミムシ T. fujitai S. UENO, ワカスギメクラチビゴミムシ T. moritai S. UENO, キンショウメクラチビゴミムシ T. spinulifer S. UENO, マチオクメクラチビゴミムシ T. cuspidatus S. UENO, トノミネメクラチビゴミムシ T. crassilobatus S. UENO, ヒウラメクラチビゴミムシ T. hiurai S. UENO, ユキコメクラチビゴミムシ T. yukikoae S. UENO(この種は別系列のものである可能性が強い) b) オニメクラチビゴミムシ系 オニメクラチビゴミムシ T. oni S. UENO c) コスゲメクラチビゴミムシ系 タンゴメクラチビゴミムシ T. tangonis S. UENO, シュテンメクラチビゴミムシ T. shuten S. UENO, イチジマメクラチビゴミムシ T. silicicola S. UENO, コスゲメクラチビゴミムシ T. kosugei S. UENO, ムコガワメクラチビゴミムシ T. expectatus S. UENO, イズミメクラチビゴミムシ T. dissitus S. UENO, テンガンメクラチビゴミムシ T. yoshiakii S. UENO, ノトメクラチビゴミムシ T. notoi S. UENO 3) タイシャクメクラチビゴミムシ亜群 a) タイシャクメクラチビゴミムシ系 タイシャクメクラチビゴミムシ T. insolitus S. UENO これらのすべてが同一の祖先から分化したものかどうか, という点には多少問題があるが, いずれもヨシイメクラチビゴミムシ群 (group of T. ohshimai) のうちから派生したことは確かなので, ここでは単一の種群の亜群として取り扱った。 最初の亜群は, 四国の北東部と淡路島南部とに分布し, 吉野川本流の右岸には侵入していない。このことからみて, 中国山地の東部から瀬戸内海を渡って四国へ移住した祖先型のチビゴミムシは, おそらく讃岐山脈を中心に分化したものと推察される。次の亜群は, 主として中国山地の東部に分布し, 東からコスゲメクラチビゴミムシ系, フジタメクラチビゴミムシ系, オニメクラチビゴミムシ系の順に拡がっている。系列間の相互係は複雑で, 分化の過程を追跡するのも容易ではないが, 少なくともオニメクラチビゴミムシが, 2番めの系列のうちから分化したことは確かだろう。最後のタイシャクメクラチビゴミムシ亜群は, 上翅の剛毛式がほかの亜群の場合と大きく異なり, 分布の様子も遺存的なので, かなり古い時代から隔離されてきたものであるにちがいない。 この種群の甲虫類の調査はまだ不十分で, とくにオニメクラチビゴミムシ亜群に属する系列間の空隙を埋める地域の様子がよくわかっていない。将来, 千ヶ峰山地, 西丹山地西部, 播但高原北部, 津山盆地周辺の山地などからこの亜群メクラチビゴミムシ類が発見されれば, 系統関係も分布の過程も, より高い信頼性をもって解析できるようになるだろう。
著者
土屋 公幸 若菜 茂晴 鈴木 仁 服部 正策 林 良博
出版者
国立科学博物館
雑誌
国立科学博物館専報 (ISSN:00824755)
巻号頁・発行日
vol.22, pp.227-234, 1989
被引用文献数
5

We studied twelve individuals of Ryukyu spiny rats, Tokudaia from Amamioshima Is.(T.o.osimensis). and Tokunoshima Is.(T.sp.). Each individual was examined for chromosome, serum protein, mitochondrial DNA and ribosoma1 DNA polymorphism. The karyotypes were analyzed by the G-banding staining method. The diploid chromosome number of Tokudaia obtained from Amamioshima and Tokunoshima were 25 and 45 respectively in lung tissue culture preparation. Agarose-gel electrophoretic analysis of the serum protein was used to document relationship between two species. Totally three bands of transferrin (Tf) protein were observed on agarose ge1. Tf^a and Tf^b type were seen in T.o.osimensis and Tf^t and Tf^b type in T.sp. The serum albumin patterns of these rats were not identical. The cleavage patterns of mitocondoria1 DNA (mtDNA) from two Tokudaia species were investigated using several restriction enzymes. The sequence divergence between T.o.osimensis and T.sp. about 16.2% was estimated. Genetic differentiation of ribosomal DNA (rDNA) non-transcribed-spacer sequences was analyzed in the two species. Southern blot analysis with a mouse rDNA probe and some restriction enzymes revealed that the major restriction fragments of these Tokudaia species had a unique pattern in the spacer region. The divergence time between T.o.osimensis and T.sp. was calculated about 2&acd;4 million years. Based on the significant genetic divergence shown we conclude that T.sp. is a taxonomically from T.o.osimensis.
著者
北山 太樹
出版者
国立科学博物館
雑誌
国立科学博物館専報 (ISSN:00824755)
巻号頁・発行日
vol.38, pp.65-70, 2002

伊豆諸島神津島において褐藻類相を調査した結果,4科12種を確認した.神津島は暖温帯性のアミジグサ科藻類の豊かな群落と,多年生のコンブ類がみられないことで特徴づけられる.Halopteris filicina (Grateloup) Kutzingカシラザキ(カシラザキ科),Spatoglossum latum J. Tanakaヒロハコモングサ(アミジグサ科),Sargassum crispifolium Yamadaコブクロモク(ホンダワラ科)は神津島新産となる.S. crispifoliumは,神奈川県沿岸の打ち上げ藻や流れ藻として知られているが,神津島に自生することが確認された.
著者
本郷 次雄
出版者
国立科学博物館
雑誌
国立科学博物館専報 (ISSN:00824755)
巻号頁・発行日
vol.10, pp.31-41, 1977

1976年11月10日より11月29日の間, 小笠原諸島の菌類調査を行なったが, そのさいの採集品のうち, 分類学的もしくは生物地理学的に興味深いもの10種をここに報告する。 1) Anthracophyllum nigrita (LEV.) KALCHBR.ネッタイカタハ(新称)だいだい色&acd;かば色, 皮質のヒラタケ型の菌で, ひだの組織はKOH液で青緑色に変わる。熱帯&acd;亜熱帯性. 2) Mycena chlorophos (BERK. & CURT.) SACC.ヤコウタケ熱帯&acd;亜熱帯性の発光菌である. 3) Xeromphalina tenuipes (SCHW.) A.H.SM.ビロウドエノキタケ(新称)ややエノキタケに似るが, 茎だけでなくかさの表面も微毛におおわれる。熱帯&acd;亜熱帯に広く分布。筆者は屋久島でも採集したことがある. 4) Lepiota subtropica HONGOムニンヒナキツネガサ(新種)ナカグロヒメカラカサタケL.praetervisa HONGOなどに近縁の小形種。 5) Ripartitella brasiliensis (SPEG.) SING.ニセキツネノカラカサ(新称)外観はカラカサタケ属Lepiotaに似ているが, 胞子が細かいとげ状突起におおわれる点, ならびにシスチジアがザラミノシメジ型である点はきわめて特徴的である。従来は北米&acd;南米からのみ知られていた種類で, 分布的にも興味深い。熱帯&acd;亜熱帯性。 6) Panaeolus tropicalis OLA'Hアイゾメヒカゲタケ(新称)子実体が帯緑青色に変色すること, および厚膜のシスチジアが存在することがいちじるしい特徴である。近縁のP. cyanescens (BERK. & BR.)SACC.に比し胞子が小形である。広く熱帯に分布. 7) Psathyrella stellatifurfuracea(S. ITO & IMAI) S. ITOキラライタチタケ故伊藤・今井両博士によって小笠原(父島)から記載された菌であるが, 原記載が簡単なためここに英文記載を補足した. 8) Rhodophyllus glutiniceps HONGOアイイッポンシメジ(新種)ウスムラサキイッポンシメジR. madidus (FR.) QUEL.に似るがずっと小形で, かさは粘液におおわれ, 茎は白い。 9) Suillus granulatus (FR.) O. KUNTZEチチアワタケリュウキュウマツとともに持ち込まれたもので, 本来の小笠原の種類ではない。 10) Lactarius akahatsu TANAKAアカハツ前種と同様にリュウキュウマツとともに移入されたものである。L. semisanguifluus HEIM & LECLAIRにきわめて近縁で, もし両者が同一種であることが判明すれば, 学名としては田中氏のものを用いるべきである。
著者
上宮 健吉
出版者
国立科学博物館
雑誌
国立科学博物館専報 (ISSN:00824755)
巻号頁・発行日
vol.43, pp.341-348, 2006

皇居,赤坂御用地,常盤松御用邸で篠永哲(2003-2004年)と上宮(2005年)により採集されたキモグリバエ科昆虫を分類学的に調査した.東京都下で記録されたキモグリバエ科昆虫はKanmiya(2005a)の報告により,それまで知られていた19種に8種が追加されて27種に達していた.しかし,この間に東京浅川からOscinella pusilla Mg.が記録された(Kanmiya, 2004)ので,合計28種が東京から記録されていたことになる.今回は上記3地域から20種のキモグリバエ科昆虫を採集した.その中には,東京からはじめて記録された種が7種,はじめて記録された属が2属含まれる.その結果,東京都下のキモグリバエ科は18属35種になった.これは関東圏で比較的よく調査されている埼玉県のキモグリバエ科(玉木,2000)の32種を超える種数である.今回,新しく東京都下から記録された属はConioscinella DudaとLipara Meigenで,新しく記録された種はLipara japonica Kanmiya, L. orientalis Nartshuk, Siphunculina nitidissima Kanmiya, Comoscinella divitis Nartshuk, C. frontella (Fallen), C. gallarum Duda, Thaumatomyia rufa (Macquart)である.この調査を含めて皇居,赤坂御用地,常盤松御用邸で記録されたキモグリバエ科は25種に達し,そのうちの20種がOscinellinae亜科,5種がChloropinae亜科に属する.Kanmiya (2005a)が述べたように,赤坂御用地ではOscinellinae亜科の方がChloropinae亜科よりも種数が多いのは,広葉樹林の林床が関係すると考えられる.Oscinellinae/Chloropinaeの種数の比を再び取り上げると,日本全種(Kanmiya, 1983)では1.31 (85/65種)であるが,東京都全体では2.5 (25/10種)となる.ところが,赤坂御用地(Kanmiya, 2005a)の場合は4.3 (13/3種),これに常盤松御用邸と皇居を含めた場合は4.0 (20/5種)となる.この数値は,種数が最も多い赤坂御用地(19種)を中心に考えると,ここの生物学的環境(植物,土壌など)が幼虫の食性を反映してOscinellinae亜科(多くは食腐性)の種構成を高くしたと説明できるのではないだろうか.今回の調査で,ヨシノメバエ属の2種が皇居吹上御苑の観瀑亭前流れの小規模の葦原に棲息していることが,ヨシの先端に形成された2種のゴールと,その中の幼虫で確認された.しかし,昭和天皇はすでにヨシの先端にゴールをつくるハエに気付かれており,長谷川仁氏(元北海道農業試験場長)に昆虫の種名をお尋ねになったと,氏から直接伺ったことがある.遡れば,入り江に面した江戸期の河口の葦原と皇居の内濠との隔離が成立して以降,この2種はずっと皇居に存続してきたと見なされる.なぜなら,ヨシノメバエ属はよく飛べないからである.観瀑亭前流れのヨシは,2005年10月4日に調査に赴いた時には全部刈り取られていた.刈られたヨシが他所に廃棄されたと仮定して,翌年生えたヨシに再びゴールが形成されたなら,最も近い距離の葦原(下道潅濠?)から成虫が飛来したと考えてよい.ヨシノメバエ属は,成虫が太いヨシを揺り動かして振動による交信を雌雄で行うことで知られている(上宮,1981).よく発達した飛翔筋が納まる異常に肥大した中胸部と短縮した翅は,このハエに長距離の飛翔能力を消失させた.なぜなら,飛翔は宿主である群生する葦原の範囲で行われればよく,ヨシを揺するだけの機能に特殊化したと解釈されるからである(上宮,2001).最後に,この特別なプロジェクトによって1997-2005年の間に得られたキモグリバエ科25種のうち,皇居から9種,赤坂御用地から19種,常磐松御用邸から7種を数えたものの,短時間の調査と,徹底したネットスイーピングが不足し,とくに皇居における筆者の2回目の調査日は降雨によってまったくできなかったので,ほかの昆虫相の記録と比較して不十分であると認めざるをえない.
著者
野村 周平 上條 哲也 市野 澤慎
出版者
国立科学博物館
雑誌
国立科学博物館専報 (ISSN:00824755)
巻号頁・発行日
vol.43, pp.187-240, 2006
被引用文献数
4

The air-floating beetle community was surveyed by flight intercept traps (FIT) for each of four stations in the garden of the Imperial Palace, the center of Tokyo, Japan. Three hundred and ninety-three species, 13,838 specimens in 61 families were collected in total, 45 species of which are going to be recorded from the Imperial Palace for the first time. The species diversities and their dynamics of the community of the superfamily Staphylinoidea and that of the other beetles were analysed by Estimates (Corwell, 2005), some diversity indices (Shanon-Wiener function H', J' and H'N), and similarity indices (Jaccard's CC, NSC, Pianka's α). As the result, the following three were pointed. 1) For one station the potential number of species (ICE) were estimated about 76 for Staphylinoidea and about 248 for the other beetles on average, however their percentages of clarification (Sobs/ICE) are low, about 70%. 2) The species diversity was generally high from March to July with large deviation, successively decreased in September, and very low in October to November. 3) Among the stations 1 to 4, the air-floating beetle fauna of St.4 was distinctly different from the other stations, probably because waterside beetle habitat was included only in St.4.
著者
上野 俊一
出版者
国立科学博物館
雑誌
国立科学博物館専報 (ISSN:00824755)
巻号頁・発行日
vol.2, pp.57-72, 1969
被引用文献数
2

対馬からこれまでに見つかったチビゴミムシ亜科の甲虫類は5種ある。そのうちの2種は, 土生と馬場(1959,p. 77)によってすでに記録されているが, 残りの3種はこの論文で新たに報告するものである。これら5種のチビゴミムシ類のうち, 4種までが大きい複眼とよく発達した後翅をもち, 対馬以外の地域にも広く分布している。最後の1種は地中性で, 複眼も後翅も体の色素もなく, 明らかに対馬固有の種と考えられる。 有翅の4種のうちの3種はホソチビゴミムシ属に含まれるもので, それぞれホソチビゴミムシ Perileptus japonicus H.W. BATES, オオホソチビゴミムシ P. laticeps S. UENO およびツヤホソチビゴミムシ P. naraensis S. UENO と呼ばれる。最初の種は, 日本と朝鮮半島を含むアジア東部に広く分布しているが, 北部地域への拡散は比較的最近に行なわれたものらしい。また, あとの2種は, 今のところ日本列島以外から知られていないが, 朝鮮半島にも分布している可能性がある。いずれにしても, これらの種のすべてが, おそらく西日本から対馬へ侵入したものであろう。 ホソチビゴミムシ類は, ほとんどつねに流水の近くにすみ, 生息場所が乱されたり危険が迫ったような場合にはすぐ飛び立つし, 灯火に渠まってくる性質もある。体が微小でしかも活動的な昆虫にとっては風が拡散の動因になり得るので, 対馬海峡や朝鮮海峡のような狭い水域が, ホソチビゴミムシ類の拡散に対する決定的な障害になったとはまず考えられない。上記の3種も, 新第三紀以降のどの時期にでも対馬へ侵入し得たであろうが, 実際に定着が行なわれたのは案外新しい時代のことなのではなかろうか。 有翅の他の1種ヒラタキイロチビゴミムシ Trechus ephippiatus H.W. BATES は, シナからシベリアにかけて広い分布域をもち, 西日本へは朝鮮半島を経て侵入したものと考えられる。したがって, 分布域の広い有翅の種であるとはいうものの, その由来はホソチビゴミムシ類の場合とかなり異なっている。対馬への定着がいつどうして行なわれたかを知る手掛りは少なく, しかも信頼性に乏しい。しかし, ヒラタキイロチビゴミムシのような甲虫の移動に陸橋が不可欠であろうとは必ずしも考えられないので, 現存の対馬産の個体群はそれほど歴史の古くないものかも知れない。 以上の有翅種に比べると, 盲目で地中性のチビゴミムシは, より古い時代から対馬にすみついてきたものらしい。この種は, アトスジチビゴミムシ群に属する新種で, 西日本の内帯に分布するノコメメクラチビゴミムシ属 Stygiotrechus S. UENO と類縁の近いものである。しかし, 体表をおおう細毛がなく, 前頭部と頬部とにそれぞれ1対ずつの剛毛があり, 前胸背両側の背面剛毛列が弧状に並んだ多数の剛毛から成り, また上翅側縁部の第5丘孔点が前方へ移動して第6丘孔点から遠く離れているので, これを西日本の種と同じ属に含めるには無理がある。そこで, この種と, 同じ系列に属すると考えられる韓国産の洞窟性チビゴミムシ類とに対して, チョウセンメクラチビゴミムシ属 Coreoblemus S. UENO という新しい属を立て, 前者をツシマメクラチビゴミムシ Coreoblemus venustus S. UENO と命名した。チョウセンメクラチビゴミムシ属とノコメメクラチビゴミムシ属とは, 同じ属群のうちでも比較的原始的な地位を占め, 分布の様子も散発的, 遺存的である。しかも, これら2属の分布域が対馬海峡によって明確に区分されている点を合わせ考えると, ツシマメクラチビゴミムシの祖先が対馬に定着した時期はかなり古く, 対馬を含む朝鮮陸塊と西日本とが古対馬水道によって隔てられていた時代, おそらくは第三紀の中新世にまで遡るのではないかと推察される。 なお, この対馬産の地中種は, 朝鮮半島の石灰洞にすむ同属の種に比べて, かなり特異な分化を遂げている。とくに, 前趺節における雄の第二次性徴が基節だけにしか現われていない点は, 一般に属や亜属の標徴として用いられるほどチビゴミムシ類に例の少ない形質である。それで, 新属の模式種には, より普遍的な特徴をそなえた韓国産の種の一つを選び, その記載を属の記載に合わせて論文末につけた。属模式種 (Coreoblemus parvicollis S. UENO) の産地は, 韓国忠清北道堤川郡清風面北津里の清風風穴, 模式組標本は南宮〓氏によって採集されたものである。
著者
林 正美
出版者
国立科学博物館
雑誌
国立科学博物館専報 (ISSN:00824755)
巻号頁・発行日
vol.15, pp.187-194, 1982

富士・箱根・伊豆地域には13種のセミ類が分布し, これら3地域間で種構成の顕著な差異は認められない。各種の分布を, 近隣の丹沢山地, 赤石山地, 秩父山地と比較して, 表1に示す。 富士山地域では, 富士山をはじめとして, 北や西をとり囲む御坂山地や天子山地などのセミ類の分布を調査した。その結果, 山地性のエゾゼミ類 (Tibicen spp.) では, エゾゼミ japonicus とコエゾゼミ bihamatus が生息標高帯の樹林に広くみられるのに対して, アカエゾゼミ flammatus は御坂山地や天子山地などの一部から知られるにすぎないことがわかった。青木ケ原樹海, とくにウラジロモミの優占する所にはセミはほとんど生息していないが, その上部のブナ林, 自動車道路傍のアカマツ林には, エゾゼミ, コエゾゼミ, エゾハルゼミ Terpnosia nigricosta などが生息する。一般に, 富士山でのセミの垂直分布上限は, 温帯性落葉広葉樹林上限とほぼ一致する。 箱根火山は400,000年前に活動を開始した新しい火山であるが, セミ類の分布では他地域とほとんど差異がない。箱根カルデラには, 山地性のコエゾゼミ, エゾゼミ, エゾハルゼミなどが知られる。古期外輪山の一部である金時山&acd;乙女峠にはアカエゾゼミが知られる。一方, 小田原から早川沿いの地域には, 常緑広葉樹林に生息するクマゼミ Cryptotympana facialis やヒメハルゼミ Euterpnosia chilbensis が分布する。 伊豆半島の南部や海岸地帯は気候が温暖で, シイ・カシなどの常緑広葉樹林が発達する。このような地域にはクマゼミやヒルハルゼミが生息している。とくに後者は, ふつう東日本などではその産地が局所的なのに対して, 伊豆半島では普遍的に産し, 東海岸では熱海から下田にかけて多くの産地が知られている。半島中央部に位置する天城山系は, 第四紀火山から成り, 標高1,000m を超える。この地区には山地性のセミが知られるが, アカエゾゼミは未発見である。その他の山地については未調査である。 富士・箱根・伊豆地域に分布するセミ類の中では, アカエゾゼミがもっとも注目される。富士山地域では, 富士火山には産せず, 北側の御坂山地や天子山地などに局所的に知られ, その産地は大平山(高橋, 1981), 烏帽子山, 竜ケ岳の3ヶ所にすぎない。一般に, 本種の産地は局所的で, 関東地方においても1都県あたり1&acd;数ケ所である(林, 1981)。関東地方の各産地について, そこの地層と時代をみると, ほとんどが新第三紀あるいはそれより古い地層から成る地域ばかりであり, しかもそのような地層分布域の周辺部にアカエゾゼミの産地が多い(表2)。富士山, 丹沢の産地はいずれも新第三紀(中新世)の御坂層から成る地域である。唯一の例外は箱根・金時山で, 地質的には第四紀の新しい地域である。しかし, 金時山のすぐ北, 矢倉岳付近には御坂層が分布するので, この産地も他の例とまったく異なるものではないように思われる。植生がこのセミの分布形成に大きい影響を与えただろうと思われるが, 地質的な要因も少なからず関係していることは確かであろう。また, 富士山地域でのミンミンゼミ Oncotympana maculaticollis の分布には, 富士火山の新期溶岩流がおそらく大きく関与していることであろう。改めていうまでもないが, セミ類はその幼虫期を土壌中でおくるので, 土のない, たとえば新しい溶岩流の上などでは, 正常に生育することができないと考えられるからである。