著者
百瀬 優
出版者
早稲田大学産業経営研究所
雑誌
産業経営 (ISSN:02864428)
巻号頁・発行日
no.37, pp.71-90, 2005

福祉国家に関する従来の研究で主流となっていた権力資源論では,一般的に,企業が社会政策の形成や拡充に対して与えた影響力は軽視されるか,あるいは,経営側は福祉国家に対する反対勢力としてのみ位置付けられる傾向があった。近年,こうした捉え方に異を唱え,企業の役割を重視する研究が見られる。本稿は,そうした研究の中から,Isabela Maresの研究を取り上げ,彼女の議論を整理するとともに,その有効性と問題点を指摘した。Maresは,社会政策が企業にとってコストとなるだけでなく,コントロールとリスク再分配という二つの側面で企業に便益をもたらす可能性があり,企業は社会政策に対して常に反対するわけではないことを強調している。同時に,企業規模や産業,熟練労働への依存度といった企業特性によって,異なった社会政策が企業によって選好されることを指摘している。そして,最終的には,経営側で優勢となった選好が,労働側の選好との戦略的妥協を通じて,制度の形成に大きな影響を及ぼしてきたことを明らかにしている。本稿でも,日本における社会政策の形成過程を振り返り,企業の社会政策に対する選好とその影響力を抜きにしては,制度の創設やその設計を論じることはできないということを確認した。その一方で,企業における技能形成の重視と社会保険に対する支持が必ずしも結びついていないこと,政策過程における企業の影響力が時期によって大きく変化していることから,Maresの議論には,二つの問題点があることがわかった。今後,社会政策の歴史的検討及び現状分析を行う際には,これまで軽視や誤解をされてきた企業の役割を適切な形で考察に取り入れるとともに,Maresの研究の問題点を克服していくことが必要になると思われる。

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