著者
井上 淳子
出版者
早稲田大学
雑誌
産業経営 (ISSN:02864428)
巻号頁・発行日
vol.34, pp.73-88, 2003-12-15

新製品開発は企業にとって存続と成長を左右する重要な活動である。どの企業もその成功のために多大な資源を投じているが,現実には多くの新製品が失敗に終わっている。新製品開発に不可欠な情報分析ツールは確実に進化しているものの,開発プロセスにおける意思決定の精度には問題が残されている。本稿では,新製品開発の成功要因と認識されてきた開発関係者のコミットメントについて,その弊害的側面に着目することにより,新製品の成功を阻む非合理的な意思決定の原因を探った。コミットメントのエスカレーションは,過去の意思決定や選択が思い通りの成果をあげていない場合に引き起こされ,意思決定者を誤った行動に固執させてしまう。プロジェクトの成功見込みについて危険信号が出されているにもかかわらず,その警告を無視したり歪めて解釈したりしてプロジェクトを続行すれば,最終的に新製品の失敗と莫大な損失をもたらしかねない。新製品開発には多大な努力と費用がかかり,特に費用は開発段階が進むほど増大する。開発プロセスのレビュー・ポイントにおける決定が新製品の成否に大きく関わるため、その意思決定に弊害をもたらすコミットメント・エスカレーションを回避することは重要な課題である。そこで本稿では,マーケティング領域においてほとんど適用されてこなかったコミットメントのエスカレーション理論を用いて,新製品開発プロセスにおけるエスカレーションの影響要因を導出し,その回避策を考察した。
著者
中内 基博
出版者
早稲田大学
雑誌
産業経営 (ISSN:02864428)
巻号頁・発行日
vol.36, pp.21-36, 2004-12-15

本稿は,ベンチャー企業が成長に伴って,起業家型マネジメントからプロフェッショナル・マネジメントへ移行する際のトップ・マネジメント組織のあり方を探求したものである。先行研究は,組織の成長とともに創業社長の能力不足が顕著となることから,それにあわせて創業社長はプロフェッショナル・マネジャーに交代すべきと主張してきた。しかし,そうした実証結果は一致した結論を得ていない。本稿では組織の成長に合わせた創業社長交代の議論を精緻化するにあたり,戦略的意思決定主体を社長という個人からTMTというチームへ拡張する。そうした場合,組織の成長に合わせてTMTの能力不足を補うことができさえすれば,創業社長の交代は必ずしも必要ではないと考えるのである。ここで,TMTの能力不足を補う鍵となるのは適度な新メンバーの加入比率と創業メンバー比率である。新メンバーは新しい知識や経験を有していることから,TMTのマネジメント能力を向上させる可能性がある。また,創業メンバーは,創業社長の理解者として創業社長をサポートすることが期待される一方で,変化への抵抗を示し,新しいスキルの習得を妨げる可能性がある。したがって,それらの適度なバランスがパフォーマンスを高めるためには重要であると考えられるのである。
著者
野坂 和夫
出版者
早稲田大学
雑誌
産業経営 (ISSN:02864428)
巻号頁・発行日
vol.36, pp.71-81, 2004-12-15

会計の2005年問題の中で,日本企業にとって最も大きな問題となるのは,業績報告であろう。現在,IASBから提案されている業績報告の基本様式には,日本基準に存在する当期純利益の項目が存在しないからである。したがって,IFRSと日本基準との間には,業績報告における利益概念に大きな相違が存在する。このような会計環境に鑑みて,本稿では,業績報告における利益概念を考察する。具体的に,業績報告における利益概念が備えるべき機能を,投資家に対して投資意思決定に有用な情報を提供するという「意思決定有用性」,投資家に対して利益配当に関する情報を提供するという「配当可能性」,および,経営者が企業内容開示責任を負い投資家が投資意思決定について自己責任を負うという,証券市場での責任分担原則を維持する「業績報告と企業評価の区分明確化」の三機能に区分して,業績報告における利益概念を考察する。
著者
猿山 義広
出版者
早稲田大学産業経営研究所
雑誌
産業経営 (ISSN:02864428)
巻号頁・発行日
vol.22, pp.149-175, 1996-12-15
著者
百瀬 優
出版者
早稲田大学産業経営研究所
雑誌
産業経営 (ISSN:02864428)
巻号頁・発行日
no.37, pp.71-90, 2005

福祉国家に関する従来の研究で主流となっていた権力資源論では,一般的に,企業が社会政策の形成や拡充に対して与えた影響力は軽視されるか,あるいは,経営側は福祉国家に対する反対勢力としてのみ位置付けられる傾向があった。近年,こうした捉え方に異を唱え,企業の役割を重視する研究が見られる。本稿は,そうした研究の中から,Isabela Maresの研究を取り上げ,彼女の議論を整理するとともに,その有効性と問題点を指摘した。Maresは,社会政策が企業にとってコストとなるだけでなく,コントロールとリスク再分配という二つの側面で企業に便益をもたらす可能性があり,企業は社会政策に対して常に反対するわけではないことを強調している。同時に,企業規模や産業,熟練労働への依存度といった企業特性によって,異なった社会政策が企業によって選好されることを指摘している。そして,最終的には,経営側で優勢となった選好が,労働側の選好との戦略的妥協を通じて,制度の形成に大きな影響を及ぼしてきたことを明らかにしている。本稿でも,日本における社会政策の形成過程を振り返り,企業の社会政策に対する選好とその影響力を抜きにしては,制度の創設やその設計を論じることはできないということを確認した。その一方で,企業における技能形成の重視と社会保険に対する支持が必ずしも結びついていないこと,政策過程における企業の影響力が時期によって大きく変化していることから,Maresの議論には,二つの問題点があることがわかった。今後,社会政策の歴史的検討及び現状分析を行う際には,これまで軽視や誤解をされてきた企業の役割を適切な形で考察に取り入れるとともに,Maresの研究の問題点を克服していくことが必要になると思われる。
著者
中内 基博
出版者
早稲田大学
雑誌
産業経営 (ISSN:02864428)
巻号頁・発行日
vol.35, pp.3-24, 2004-06-15
被引用文献数
1

本稿は近年,多くの議論を呼んでいる経営上層部視座パラダイムが抱える実証結果の矛盾の原因を探求するとともに,これまで無視されてきた意思決定に重大な影響を与える要因を見出し,それを当該パラダイムに組み込むことによってモデルの精緻化を試みるものである。具体的には当該パラダイムの発展段階で捨象されてしまった社長やCEOが意思決定に与える影響を再考する。次に意思決定に重大な影響を与えるTMT内部のパワー関係に着目し,チーム内のパワー関係とTMTの構成が密接な関係にあることを示す。また,こうした関係は経営上層部視座パラダイムの特徴であるデモグラフィック指標によって客観的に捉えることが可能であることを提示する。これまでモデルの精緻化を試みた先行研究は,新たな介在変数を見出すとともに,代理変数としての心理学的指標の開発に努めてきた。ただし精緻化の代償として,経営上層部視座パラダイムの有用性である,指標の客観性および時系列かつ大規模サンプルによる分析を諦めざるを得なかった。しかし,本稿の主張では,チーム内のパワー関係を,デモグラフィック指標を用いたモデレータ変数としてモデルに組み込むことにより,当該パラダイムの有用性を損なうことなくモデルを精緻化することが可能となるのである。このことは当該パラダイムが依然として説明力をもつパラダイムであることを示すと同時に,今後の実証研究の更なる発展可能性を示唆するものと考えている。