著者
清水 本裕
出版者
東京農工大学
雑誌
東京農工大学人間と社会 (ISSN:13410946)
巻号頁・発行日
vol.7, pp.183-195, 1996-04-01

奥泉光の『バナールな現象』(1994)は滅法おもしろいが難解な小説である。滅法おもしろいのはなぜか。それは,登場人物の会話や内省や日記を通して,現実と幻想,言葉と虚構,歴史と倫理,大学と学問,日本人とユダヤ人,ワープロと日記,ニーチェと仮面,湾岸戦争,モダン・ジャズ等々の興味深いテーマについて,それ自体平凡ならざる知的な考察がユーモア溢れる筆致で惜しげもなく呈示され,それが小説の豊饒な細部を形成している,という点に負うところが大きいであろう。では難解であるのはなぜか。それは,登場人物についての情報が分散され,出来事の叙述が時間の流れに従わず,また,現実シーンと幻想シーンの区別が明瞭でないために,この小説の中でいったい何が起こったのか,どのような出来事が描かれたのかが,一読して容易には把握しがたいからである。私たちはテクストの枠内でストーリーのつじつま合わせに努力せねばならない。しかし,推理小説めいた味わいもあって,つじつま合わせもそれなりに結構楽しい。現代小説ってこれだから大変なんだよね,などとつぶやきながら,私たちは「磯野家の謎」を探るごとくに精読再読し,時間と空間の枠組,おもな登場人物,あらすじを,たとえば以下のように再構成して納得しようとするだろう。

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