著者
東野 哲三
出版者
大阪府立大学
雑誌
大阪府立大学紀要農学・生物学 (ISSN:03663353)
巻号頁・発行日
vol.14, pp.127-161, 1963-03-31
被引用文献数
1

繊維素原料としての竹パルプの利用面を開拓するために,また竹パルプより抄造された紙の性質を改善するために,パルプの主要部分である竹繊維の理化学的性質並びにその微細構造を十分理解しておく必要がある.一方パルプ原料としての竹材の伐採時期は化学的にはいつがよいか,或はまた竹材の化学成分から見てパルプ化の方法としては,如何なる蒸煮法が適当であるか等も明らかにすべき重要な問題である.これら竹繊維の利用を中心とする化学的な諸問題を,追究した結果を要約すれば次のようである.1 竹材の伐採時期について 発筍後1〜2ケ月の筍はリグニン含量が成竹の約50%であり,そのホロセルロース含量並びに繊維素の平均重合度は成竹と殆んど変らない.従って化学成分上では成竹に比べて遜色がないが,絶乾物の収量が低いのでパルプ原料としては難点がある.しかし発筍4〜6ケ月以後は生育15年以上に至っても,リグニンの含量は殆んど差がない.すなわちすでに4〜6ケ月で木質化は完了しているのである.従って4〜6ケ月後の幼竹は成竹と蒸解性に大きな差はない.またこの幼竹は,竹稈の形態並びに絶乾物収量上にも,或は繊維膜構造上においても成竹と全く変らず,従って竹材は4〜6ケ月乃至遅くとも1年にしてパルプ原料として使用可能である.これは木材の伐採時期とは比較にはならぬほど早い.それ故竹の伐採時期は従来考えられていた3〜5年よりさらに早めて,4ケ月〜1年にて使用するよう栽培面で改良を加えることが望ましい.2 竹材の化学成分 竹材の化学成分組成を見るに,リグニンは約20%で松材より少ないが,ペントザンは20〜25%でかなり多い.そのためアルカリ抽出物が極めて多い.例えば1%NaOH抽出物として竹材の30%近くが溶出する.この抽出物中の主要構成糖はキシロースでその他にアラピノース等の微量の糖を伴う.従ってアルカリ蒸解では脱リグニンは容易であるが,ヘミセルロースが溶出し易いので,その蒸煮法については注意を要する.3 竹材の薬液浸透性 竹の導管は直径が大きく上下に通じているので,これを通路とする竹稈軸方向の浸透が最も速やかであり,次に膜が薄い柔細胞を通じての切線方向並びに内側からの半径方向の浸透が速く,外側並びに節部はその特殊な構造のため浸透が極めて遅い.また繊維組織は緻密で,細胞内腔及び紋孔が極めて狭少なため浸透性が最も悪い.従って竹材は初期の組織間浸透は松材と同程度に進み,速やかにその平衡点に達するが,その後の繊維組織内の浸透は著るしく遅い.元来蒸解とは脱リグニンによる繊維組織の離解であるから,問題となるのは内部の浸透である.かゝる意味では竹材の薬液の浸透は容易とは言えない.次に竹チップに対する各種溶液の浸透状態を比較するに,化学成分の影響によってアルカリ溶液が最も浸透速やかであり,水,黒液,酸及び塩類の順に浸透は遅くなる.4 竹材の蒸解 竹材はへミセルロースが多く,組織内の薬液浸透が遅いので,亜硫酸(石灰)法では黒煮を起し易い.従って同法は適当でない.しかし中性亜硫酸塩法ではこのような危険はなく竹材には好適である.一方クラフト法は薬液の浸透がよく蒸解は容易であるが,へミセルロースが溶解し易くパルプ収量が低下する恐れがあるので,竹材には必ずしも好適とは言えない.従ってクラフト法を適用するときは,出来るだけへミセルロースの溶出の少ない条件を選ぶか,薬品使用量を節減することを考えて同法の欠点を補うようにすべきであろう.(a)二段蒸煮:希アルカリによりあらかじめ可溶成分を抽出除去することにより,クラフト蒸解における薬品量が一部節減出来るのではないかと考えて実験を行ったが,結果はカセイソーダ抽出時に竹材がその抽出量に比例してアルカリをかなり消費するので,二段蒸煮の効果は表われず,この方法では蒸解薬品の節約は出来ないことがわかった.アルカリ抽出の代りに酸加水分解前処理を行っても同様効果は認められなかった.(b)クラフト一段法:竹材の蒸解速度は松材の10倍も早く,130℃前後の比較的低温度の蒸煮でもパルプ化が可能である(松材は170℃).従って1段法では低温蒸煮により蒸解を早目に止め,残存リグニンを多段漂白により除去するようにするがよい.蒸煮薬品の添加量については収率,脱リグニンの状態等から考えて有効NaOHはチップ当り16〜18%使用するのが適当であろう.5 竹繊維素の重合度分布 竹の天然繊維素の平均重合度は約1700で,直接硝化法による場合は分布曲線上に2個のPeak (D. P. 1000及び2000)が認められ,その分布の状態は松材のそれに類似しているが,均一性においてこれより高い.しかし竹のホロセルロース中の繊維素の重合度分布曲線にはPeakが1個見られるのみである.また竹のα-繊維素の場合は,それがうけたアルカリ処理の影響が著るしく,重合度はかなり低下している.このように重合度及びその分布状態において,竹の繊維素は松材のそれに比べて大差が見られず,従って繊維素製品の物理的性質に対する繊維素重合度の影響については,松材繊維の場合と同様に考えてよい.6 竹繊維の微細構造 (a)層状構造:竹繊維は膨潤に際して極めて多種多様の膨潤形態を表わすが,その膨潤形態における特徴は,二重乃至三重膨潤が起ることである.この三重膨潤の観察並びに膨潤により分化した層の計算から,竹繊維膜の層数は最少6層(くびれ部の3層,膨潤部の3層)からなることが認められる.また偏光顕微鏡直交ニコル下における竹繊維横断面の明暗層を合計すると,同じく6〜8層が存することが伺われる.さらに銀化処理せる横断面の顕微鏡観察により,竹繊維の膜壁には7〜9層が存在し,薄層(S1_0,S2_0,S3_0,S4_0及びT)と厚層(S1,S2,S3及びS4)とが交互に重なり合って出来ていることがわかった.(b)フィブリル走向:偏光顕微鏡並びに膨潤等顕微化学的研究結果より,薄層はフィブリルが繊維軸に鈍角に,厚層は鋭角に配列していることが推察出来る.(c)理化学的処理による微細構造の変化竹繊維は上記のように層状構造が明瞭で,フィブリル走向の異る層が交互に配列しているため,理化学的処理に対してはかなり特異的な態度を示す.例えば叩解処理により竹繊維は切断よりも層の剥離,割裂,フィブリル化の方が起り易い.また叩解の進行により繊維膜は外側から分離するが,場合によってはS1_0,S2_0等の層の影響によって特異な蛇腹状のたるみを生ずる.さらに叩解が進めばその部分が割裂し層の剥離並びに破砕が起る.剥離膜は微細にフィブリル化する.一方化学的処理例えば酸処理により,S1_0〜S3各層は変化を受け,細かくフィブリル束に横断され,一部は溶解消失する.しかしS4_0より内層にはその作用が達せず,従って銅安液処理により,S3層までのものとS4_0層より内層のものとからなる特異な膨潤体となって表われる.7 竹パルプの叩解性 (a)濾水性:ビーターのクリアランスの大なる場合の叩解では,小型繊維の竹BKPはブナBKPと同様,ロール刃と承刃との間を素通りする傾向があり叩解は遅い.ビーターのクリアランスの小なる場合は,竹BKPにおいても両刃間における圧力が大となり,その結果叩解速度は増大する.今フリーネスで表わした叩解速度を比較すれば,竹,松,ブナ各BKPは夫々3.3,2.7,1となり,竹BKPが最も大であり従って叩解が容易である.一方濾水時間(これはパルプ紙料の表面,専ら繊維形態特にその大小に支配される因子であるが)で叩解度を測れば,繊維の形状からしてこれは当然松,竹,ブナBKPの順序になることが予想される.しかるに濾水時間による叩解速度を比較すれば,竹,松,ブナ各BKPは夫々2.8,1.3,1となり竹パルプが極めて大である.これらのことは竹繊維がその特異な膜構造とヘミセルロース高含量のため,如何に叩解によりフィブリル化し,粘状化し易いかを示している.(b)比表面積:竹繊維は多層構造を有し,非結晶領域の部分がかなり多いため,未叩解竹パルプの比表面積はブナ,松材パルプよりかなり大である.前記のように竹パルプは叩解が早いので,比表面積もかなり変化すると考えられる.今叩解による比表面積の増大速度を比較すれば,竹,松,ブナ各BKPのそれは夫々5.6,5.0,1である.すなわち叩解により多層構造の竹繊維は,主として層の剥離,割裂を受けて膨潤,フィブリル化し比表面積が著るしく増大する.8 竹紙の強度 (a)抗張力及び破裂度:竹パルプはへミセルロースを多く含有するため,松材パルプより抗張力,破裂度に及ぼすへミセルロースの影響は大なる筈である.しかし未晒パルプの場合はその表面がリグニンで蔽われているため,へミセルロースの影響は表われないので,小型繊維の竹紙の抗張力,破裂度は松材のそれより遙かに弱い.しかし漂白すればへミセルロースの影響が表われ,竹パルプは叩解による膨潤,層の剥離並びにフィブリル化が活 となり,繊維間の接着及び絡合がよくなる.結果として竹紙の抗張力,破裂度は漂白により松材のそれのように低下することがないので,松材との強度差が殆んどなくなる.しかも叩解によりこれら強度は著るしく増大する.(b)引裂度:竹繊維はその多層構造から極めて強靭なるため,引裂きに対し松材繊維より抵抗性を示し,従って竹紙の引裂度は松材のそれより遙かに高い.しかし叩解の進行とともに竹紙の引裂度は低下する.(c)耐折皮:この強度は抗張力,破裂度の性質をかねているが,特に繊維の形態すなわち長短,大小に著るしく影響されるので,竹パルプのような小型繊維からなる紙の耐折度は極めて弱い.しかし竹パルプは叩解による層の剥離,並びにフィブリル化が顕著で接着力を増大するため,叩解の進行により耐折度は著るしく改善され松材のそれに接近する.しかしながらパルプを漂白すると耐折度は著るしく低下する.従って晒竹パルプは筆記・印刷紙用に,また未晒竹パルプは耐折度が高いので軽包装紙用パルプとしてその使途が考えられる.

言及状況

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およそですが、セルロースが50〜55%程度、ヘミセルロースが20~25%程度、リグニンが20〜25%程度です。 竹から紙を作る検討結果がこちらにあります。 http://ci.nii.ac.jp/naid/110004779733/

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