著者
東野 哲三
出版者
大阪府立大学
雑誌
大阪府立大学紀要農学・生物学 (ISSN:03663353)
巻号頁・発行日
vol.14, pp.127-161, 1963-03-31
被引用文献数
1

繊維素原料としての竹パルプの利用面を開拓するために,また竹パルプより抄造された紙の性質を改善するために,パルプの主要部分である竹繊維の理化学的性質並びにその微細構造を十分理解しておく必要がある.一方パルプ原料としての竹材の伐採時期は化学的にはいつがよいか,或はまた竹材の化学成分から見てパルプ化の方法としては,如何なる蒸煮法が適当であるか等も明らかにすべき重要な問題である.これら竹繊維の利用を中心とする化学的な諸問題を,追究した結果を要約すれば次のようである.1 竹材の伐採時期について 発筍後1〜2ケ月の筍はリグニン含量が成竹の約50%であり,そのホロセルロース含量並びに繊維素の平均重合度は成竹と殆んど変らない.従って化学成分上では成竹に比べて遜色がないが,絶乾物の収量が低いのでパルプ原料としては難点がある.しかし発筍4〜6ケ月以後は生育15年以上に至っても,リグニンの含量は殆んど差がない.すなわちすでに4〜6ケ月で木質化は完了しているのである.従って4〜6ケ月後の幼竹は成竹と蒸解性に大きな差はない.またこの幼竹は,竹稈の形態並びに絶乾物収量上にも,或は繊維膜構造上においても成竹と全く変らず,従って竹材は4〜6ケ月乃至遅くとも1年にしてパルプ原料として使用可能である.これは木材の伐採時期とは比較にはならぬほど早い.それ故竹の伐採時期は従来考えられていた3〜5年よりさらに早めて,4ケ月〜1年にて使用するよう栽培面で改良を加えることが望ましい.2 竹材の化学成分 竹材の化学成分組成を見るに,リグニンは約20%で松材より少ないが,ペントザンは20〜25%でかなり多い.そのためアルカリ抽出物が極めて多い.例えば1%NaOH抽出物として竹材の30%近くが溶出する.この抽出物中の主要構成糖はキシロースでその他にアラピノース等の微量の糖を伴う.従ってアルカリ蒸解では脱リグニンは容易であるが,ヘミセルロースが溶出し易いので,その蒸煮法については注意を要する.3 竹材の薬液浸透性 竹の導管は直径が大きく上下に通じているので,これを通路とする竹稈軸方向の浸透が最も速やかであり,次に膜が薄い柔細胞を通じての切線方向並びに内側からの半径方向の浸透が速く,外側並びに節部はその特殊な構造のため浸透が極めて遅い.また繊維組織は緻密で,細胞内腔及び紋孔が極めて狭少なため浸透性が最も悪い.従って竹材は初期の組織間浸透は松材と同程度に進み,速やかにその平衡点に達するが,その後の繊維組織内の浸透は著るしく遅い.元来蒸解とは脱リグニンによる繊維組織の離解であるから,問題となるのは内部の浸透である.かゝる意味では竹材の薬液の浸透は容易とは言えない.次に竹チップに対する各種溶液の浸透状態を比較するに,化学成分の影響によってアルカリ溶液が最も浸透速やかであり,水,黒液,酸及び塩類の順に浸透は遅くなる.4 竹材の蒸解 竹材はへミセルロースが多く,組織内の薬液浸透が遅いので,亜硫酸(石灰)法では黒煮を起し易い.従って同法は適当でない.しかし中性亜硫酸塩法ではこのような危険はなく竹材には好適である.一方クラフト法は薬液の浸透がよく蒸解は容易であるが,へミセルロースが溶解し易くパルプ収量が低下する恐れがあるので,竹材には必ずしも好適とは言えない.従ってクラフト法を適用するときは,出来るだけへミセルロースの溶出の少ない条件を選ぶか,薬品使用量を節減することを考えて同法の欠点を補うようにすべきであろう.(a)二段蒸煮:希アルカリによりあらかじめ可溶成分を抽出除去することにより,クラフト蒸解における薬品量が一部節減出来るのではないかと考えて実験を行ったが,結果はカセイソーダ抽出時に竹材がその抽出量に比例してアルカリをかなり消費するので,二段蒸煮の効果は表われず,この方法では蒸解薬品の節約は出来ないことがわかった.アルカリ抽出の代りに酸加水分解前処理を行っても同様効果は認められなかった.(b)クラフト一段法:竹材の蒸解速度は松材の10倍も早く,130℃前後の比較的低温度の蒸煮でもパルプ化が可能である(松材は170℃).従って1段法では低温蒸煮により蒸解を早目に止め,残存リグニンを多段漂白により除去するようにするがよい.蒸煮薬品の添加量については収率,脱リグニンの状態等から考えて有効NaOHはチップ当り16〜18%使用するのが適当であろう.5 竹繊維素の重合度分布 竹の天然繊維素の平均重合度は約1700で,直接硝化法による場合は分布曲線上に2個のPeak (D. P. 1000及び2000)が認められ,その分布の状態は松材のそれに類似しているが,均一性においてこれより高い.しかし竹のホロセルロース中の繊維素の重合度分布曲線にはPeakが1個見られるのみである.また竹のα-繊維素の場合は,それがうけたアルカリ処理の影響が著るしく,重合度はかなり低下している.このように重合度及びその分布状態において,竹の繊維素は松材のそれに比べて大差が見られず,従って繊維素製品の物理的性質に対する繊維素重合度の影響については,松材繊維の場合と同様に考えてよい.6 竹繊維の微細構造 (a)層状構造:竹繊維は膨潤に際して極めて多種多様の膨潤形態を表わすが,その膨潤形態における特徴は,二重乃至三重膨潤が起ることである.この三重膨潤の観察並びに膨潤により分化した層の計算から,竹繊維膜の層数は最少6層(くびれ部の3層,膨潤部の3層)からなることが認められる.また偏光顕微鏡直交ニコル下における竹繊維横断面の明暗層を合計すると,同じく6〜8層が存することが伺われる.さらに銀化処理せる横断面の顕微鏡観察により,竹繊維の膜壁には7〜9層が存在し,薄層(S1_0,S2_0,S3_0,S4_0及びT)と厚層(S1,S2,S3及びS4)とが交互に重なり合って出来ていることがわかった.(b)フィブリル走向:偏光顕微鏡並びに膨潤等顕微化学的研究結果より,薄層はフィブリルが繊維軸に鈍角に,厚層は鋭角に配列していることが推察出来る.(c)理化学的処理による微細構造の変化竹繊維は上記のように層状構造が明瞭で,フィブリル走向の異る層が交互に配列しているため,理化学的処理に対してはかなり特異的な態度を示す.例えば叩解処理により竹繊維は切断よりも層の剥離,割裂,フィブリル化の方が起り易い.また叩解の進行により繊維膜は外側から分離するが,場合によってはS1_0,S2_0等の層の影響によって特異な蛇腹状のたるみを生ずる.さらに叩解が進めばその部分が割裂し層の剥離並びに破砕が起る.剥離膜は微細にフィブリル化する.一方化学的処理例えば酸処理により,S1_0〜S3各層は変化を受け,細かくフィブリル束に横断され,一部は溶解消失する.しかしS4_0より内層にはその作用が達せず,従って銅安液処理により,S3層までのものとS4_0層より内層のものとからなる特異な膨潤体となって表われる.7 竹パルプの叩解性 (a)濾水性:ビーターのクリアランスの大なる場合の叩解では,小型繊維の竹BKPはブナBKPと同様,ロール刃と承刃との間を素通りする傾向があり叩解は遅い.ビーターのクリアランスの小なる場合は,竹BKPにおいても両刃間における圧力が大となり,その結果叩解速度は増大する.今フリーネスで表わした叩解速度を比較すれば,竹,松,ブナ各BKPは夫々3.3,2.7,1となり,竹BKPが最も大であり従って叩解が容易である.一方濾水時間(これはパルプ紙料の表面,専ら繊維形態特にその大小に支配される因子であるが)で叩解度を測れば,繊維の形状からしてこれは当然松,竹,ブナBKPの順序になることが予想される.しかるに濾水時間による叩解速度を比較すれば,竹,松,ブナ各BKPは夫々2.8,1.3,1となり竹パルプが極めて大である.これらのことは竹繊維がその特異な膜構造とヘミセルロース高含量のため,如何に叩解によりフィブリル化し,粘状化し易いかを示している.(b)比表面積:竹繊維は多層構造を有し,非結晶領域の部分がかなり多いため,未叩解竹パルプの比表面積はブナ,松材パルプよりかなり大である.前記のように竹パルプは叩解が早いので,比表面積もかなり変化すると考えられる.今叩解による比表面積の増大速度を比較すれば,竹,松,ブナ各BKPのそれは夫々5.6,5.0,1である.すなわち叩解により多層構造の竹繊維は,主として層の剥離,割裂を受けて膨潤,フィブリル化し比表面積が著るしく増大する.8 竹紙の強度 (a)抗張力及び破裂度:竹パルプはへミセルロースを多く含有するため,松材パルプより抗張力,破裂度に及ぼすへミセルロースの影響は大なる筈である.しかし未晒パルプの場合はその表面がリグニンで蔽われているため,へミセルロースの影響は表われないので,小型繊維の竹紙の抗張力,破裂度は松材のそれより遙かに弱い.しかし漂白すればへミセルロースの影響が表われ,竹パルプは叩解による膨潤,層の剥離並びにフィブリル化が活 となり,繊維間の接着及び絡合がよくなる.結果として竹紙の抗張力,破裂度は漂白により松材のそれのように低下することがないので,松材との強度差が殆んどなくなる.しかも叩解によりこれら強度は著るしく増大する.(b)引裂度:竹繊維はその多層構造から極めて強靭なるため,引裂きに対し松材繊維より抵抗性を示し,従って竹紙の引裂度は松材のそれより遙かに高い.しかし叩解の進行とともに竹紙の引裂度は低下する.(c)耐折皮:この強度は抗張力,破裂度の性質をかねているが,特に繊維の形態すなわち長短,大小に著るしく影響されるので,竹パルプのような小型繊維からなる紙の耐折度は極めて弱い.しかし竹パルプは叩解による層の剥離,並びにフィブリル化が顕著で接着力を増大するため,叩解の進行により耐折度は著るしく改善され松材のそれに接近する.しかしながらパルプを漂白すると耐折度は著るしく低下する.従って晒竹パルプは筆記・印刷紙用に,また未晒竹パルプは耐折度が高いので軽包装紙用パルプとしてその使途が考えられる.
著者
矢吹 万寿 鈴木 清太郎
出版者
大阪府立大学
雑誌
Bulletin of the University of Osaka Prefecture. Ser. B, Agriculture and biology (ISSN:03663353)
巻号頁・発行日
vol.19, pp.51-193, 1967-03-31

この研究は筆者の一人が,戦時中福岡県耳納山麓に疎開中台風に見舞われたが,山は防風の役目を果すものと考えられているにかかわらず,風下側の山麓の農作物の被害が平地のそれより甚大であったことを観察し,この奇異な現象に興味を持ったことから始められた.其の後の調査によると,このような現象は日本各地に発現しており,また日本のみならず世界各地で問題となっていることを知った.この論文はそれ以来約15年間にわたって行われた研究の集積である.この論文は第1部と第2部とにわかれ,第1部では,この種の局地風として有名な,北陸地方のフェン,清川ダシ,ヤマジ風,広戸風,耳納山オロシ,比良八荒(講),上州空っ風について現地の資料および高層資料によって解析するとともに,特に筆者らによって約3年間直接観測を行った六甲山の両山麓におこるオロシについて解析された結果について述べた.第2部においては,模型実験によって山越気流を解析した結果について述べた.この種の実験は風洞によって自然状態を再現することが困難であるので,水槽を用い,塩水濃度を変えることにより,大気の自然条件を再現させた.実験は斉一密度流,二層流,三層流,安定成層流,寒冷前線および温暖前線通過時の流れについて行った.この実験により,山越気流の全容を知ることが出来るとともに,P.Queneyの理論およびJ.Forchtgottの観測によって得られた山越気流をも再現することが出来た.現地観測,高層資料および模型実験から,このいわゆる山越気流は,滝あるいは堰堤の落下する水と同様に,冷気が山腹を落下するとき重力により加速され,山麓に強風域を生ずるものと考えられる.したがって山の風下測に強力な吹き下し風が発達するためには,1.山項近くに不連続面が在存し,上下両層の密度差が大きいこと.2.一般風が強いことが必要であり,下層が安定であればさらにこれを強める.したがって不連続線の進行方向と山脈の走行方向とから山越気流の性質が決ってくる.寒冷前線の場合は前線の通過直後から山越気流が発生し,同時に雨も伴う.日本では寒冷前線は主に北西風を伴うから,寒冷前線によって発生する山越気流は,広戸風,良比八荒,六甲山南麓オロシ(神戸の北風)などあであり,温暖前線の場合は前線通過前におこり,これによって発生する山越気流は,耳納山オロシ,ヤマジ風,六甲山北麓オロシなどである.また閉塞前線は低気圧の北側にあり,東風を伴うから,主に南北に走る山脈に山越気流は発生し,生駒山オロシ,平野風(奈良県)などで,英国のMt.Crossfellもこれに属すゝものと考えられる.これらの分類は一般的なことで,不連続線の通過方向によっては,ヤマジ風が寒冷前線によって,比良八荒が温暖前線によって発生する場合もある.従来山越気流は発生する場所によって,その前兆なり,現象が全く相反することもあって,問題とされていた点も,これによって統一的に解析できるものと考える.
著者
松本 豪
出版者
大阪府立大学
雑誌
大阪府立大学紀要 (農学・生命科学) Ser. B (ISSN:03663353)
巻号頁・発行日
vol.46, pp.135-194, 1994-03-31
被引用文献数
3
著者
中瀬 勲
出版者
大阪府立大学
雑誌
大阪府立大学紀要 農学 生物学 (ISSN:03663353)
巻号頁・発行日
vol.33, pp.67-104, 1981-03-31
被引用文献数
2

従来から行われてきた広域スケールでの都市および地域計画,そして緑地計画等の計画に際して,計画のための単位の検討が十分に行われていなかったことが,各地域での全体景観(Total Landscape)形成上,多くの問題を提起している。これは,各地域の保有する諸条件のは握のあいまいさ,あるいは各地域の特性認識の欠除に起因していると思われる。ここに,地域の特性に対応した計画単位の提案,およびそれらの計画単位を用いた地域特性評価を,計画学的に支持される手法で導くことの重要性が指摘できる。このような観点から,本論文では「広域緑地計画における流域を基礎にした計画単位の提案と,それらの計画単位を応用した各地域が保有するポテンシャルの計測および評価を,計画学的に導く方法論の確立とその計画的意義に焦点を合せ考察を行った。さらに,緑地計画・景観計画・風致計画の基礎になる土地利用構造のは握を,流域を構成する下位スケールの計画単位と考えられるメッシュを用いて行い,前述の流域を計画単位として用いた方法論と併せて,全体景観形成への計画的方法論の展開についての考察を行ったものである。」以下,本論文で考察した主な内容をとりまとめると次の如くである。(1)計画に関与する諸単位については,行政区域(市町村)・メッシュ・特定施設の利用圏的な単位・その他の目的別単位をあげることができる。これらの諸単位は,あらゆるスケールの計画対象地域における自然的現象・社会的現象のは握を客観的に導くに際して,各々の長所および短所を有している。(2)諸計画単位は地域特性に対応して各々の有効性を発揮するが,流域は行政区域(市町村)の集合であるとみなせる場合が多く,計画単位の集合の仕方としては,メッシュが流域および行政区域を構成し,さらに行政区域が流域を構成する場合のあることが明らかとなった。すなわち,流域を行政区域の境界線を利用した地域計画スケールでの新たな計画単位として位置づけられることの可能性を示した。(3)また,流域は土地利用的にも地表流に関しても地形的にも,流域内で比較的完結した状況を呈していること,さらに自然的災害に関しても原因および結果が流域内では握可能なことを通じて,流域の計画単位としての有効性を指摘した。(4)次に,流域を計画単位として取り上げて,地域の開発および保全ポテンシャルの設定を試みる一方,メッシュを計画単位として土地利用が安定して存在する領域の設定を計画的に導くことを目的とした。そして,自然的条件からの検討では,流域を計画単位として取り上げ,スケールに対応して流域を単位流域および分割流域といった新たな概念に基づいて計画単位としての意義づけを試みた。なお,単位流域は1級および2級河川の流域であると定義し,分割流域は単位流域内の河道分岐に対応して単位流域を細分化した単位であると定義した。(5)分割流域設定の指標となる河道の分布は,広域スケールでは,国土地理院発行の1/50,000の地形図,準広域スケールでは大阪府作成の1/30,000の河川図,流域スケールでは大阪府作成の1/2,5000の地形図より求めた。(6)広域スケールでは,単位流域・分割流域毎の,流域形状特性・土地利用特性の検討を通じて単位流域相互間および分割流域相互間の相対的比較を行った。最終的には,広域緑地計画を意図した環境の全体計画の立場からの検討を流域の保有する諸特性,すなわち1)流域形状特性よりの流域の保全性2)山林の保全性3)田畑の保全性4)市街地の保全性を通じて考察した。(7)準広域スケールでは,流域群にわたる開発および保全ポテンシャルの検討を,流域内での土地利用と主尾根の分布に着目して検討した。そして,単位流域の境界である尾根を主尾根と定義し,この主尾根が地域景観構成上の重要な要因であることが認識された。(8)また,土地利用構造に関しては,単位流域内では土地利用が山林・田畑・市街地へと変化しながら等高線に直交する方向で連続して分布している。このことから,この現象を「縦方向の土地利用の連続性」であると定義した。一方,市街地・山林は等高線に平行する方向で連続して分布している。この現象を「横方向の土地利用の連続性」と定義した。(9)これらの考察を通じて,市街地の拡大のあり方,自然的土地利用としての山林および田畑の存在の仕方に関する有効な計画的示唆を得た。また,単位流域は上位スケールでの計画策定上の計画単位として有効であり,分割流域は下位スケールの計画単位として有効であることが認められた。流域スケールの検討では1つの単位流域をケースに取り上げて,植生・土壌・地形条件を基礎指標に,地域緑地計画を意図した開発および保全ポテンシャルの設定を行った。植生は植生自然度を参考に5つに類型化し,土壌は生産力に対応して5つに類型化した。この結果を通して,開発および保全ポテンシャルモデルの作成を行い,地域の開発あるいは管理のための有効な計画的示唆を得ることができた。(10)社会的条件からの検討では,基本的には1/2分割経緯度メッシュを計画単位に取り上げて,社会生態的条件による土地利用安定城の設定を目的としている。ここで用いたデータは1)起伏量2)駅からの距離3)道路率3)時間距離5)道路への近接性6)山林7)田畑8)市街地9)農地転用である。なお,各々のデータは表2-4に示す如く各メッシュ毎に求めたものである。(11)土地利用変化方向は,一般に可逆的な変化方向と非可逆的な変化方向としては握できる。つまり,可逆的な土地利用の変化とは,自然的土地利用としての山林・畑・田の相互間での土地利用変化を意味し,非可逆的な土地利用変化とは,自然的土地利用から都市的土地利用としての市街地・工場地等への土地利用の変化を意味している。この非可逆的な土地利用変化が,今日の景観の画一化の原因となっていることが考察できる(図2-8)。(12)このような土地利用変化方向の可逆性・非可逆性に加えて土地の起伏の程度から,景観の変化プロセスと土地利用変化についての考察を試みた(図2-9)。この結果,都市的土地利用の拡大がさらに進行すると,今まで都市的土地利用と自然的土地利用のの間に存在していた動的平衡状態の維持が不可能になると推察でき,次に述べる土地利用毎の安定域・適応域・最適域の設定を計画的に行うことの重要性が認識できた。(13)土地利用の存在状況を計画的には握する場合の概念に,安定・適応・最適が考えられる。これら諸概念は,現況の土地利用を自然的土地利用と都市的土地利用のダイナミクスとしては握することである。以上の諸概念に基づいて土地の持つ社会生態的条件を媒体にして,各々の土地利用の安定域・適応域・最適域の各領域設定が可能となる。このことを通じて,都市的土地利用と自然的土地利用の共存,あるいは各々の土地利用の安定的存在のための計画的方策の基礎が得られる。(14)そして,土地利用の安定域については,昭和41年および昭和48年の土地利用の分布の仕方と土地の起伏量を指標に検討を行った。その結果,以下のことがわかった。1)"山林"は起伏量9以上で安定し,起伏量7以上でもやや安定する。2)"田"は起伏量0から6の間で安定する可能性が高い。3)"畑"は起伏量3から7の間で安定する。4)"市街地"は起伏量0の地域で安定している。さらに,土地利用の安定域の検討を表2-4に示す土地利用生態支持要因のデータ,現況土地利用のデータ,および農地転用のデータを用いて行った。結果は表2-5に示す如くであり,以下の諸点が考察できた。1)"山林"は起伏量が8以上,道路率がメッシュ当り5.0%以下,都心からの時間距離が60分以上の地域で安定している。2)"市街地"は起伏量が6以下,道路率がメッシュ当り0.1%から10.0%,都心からの時間距離が60分以内で安定している。(15)前述の表2-4に示すデータを用いて主成分分析を行った。その結果,「山林の分布に関する主成分」および「田畑の分布に関する主成分」を得ることができた。すなわち,「山林の分布に関する主成分」の高得点域(1.0以上)が山林の安定域,「田畑の分布に関する主成分」の高得点域(1.0以上)が田畑の適応域となる。田畑の分布域に関して適応域の概念で示しているのは,現在田畑が分布している領域も,将来は市街地化される可能性を有していると考えたからである。(16)土地利用変化についての検討は,農地転用のデータと土地利用現況のデータを用いて行った。これは農地転用のされ方を通じて,農地の将来の在り方に対する基礎的な方向性を得ることを目的としている。ここでは確率プロセスの1つであるマルコフ吸収連鎖を適用して検討を行い,農地規模には関係なく農地が転用されていく方向性が認識できた。このことから,農地を生産緑地として維持すべき地域,あるいは市街地化すべき地域といった地域区分を計画的に設定することの重要性が認識できた。(17)以上で得られた新たな計画単位としての流域の有効性,および土地利用毎の安定域・適応域・最適域の考察結果に基づいて,地域の保有する自然的ポテンシャル・社会的ポテンシャルを考慮に入れた緑地計画・景観計画・風致計画に関する計画論の展開を行った。ここでの考察は流域を計画単位として,これを単位流域と定義してみた。そして,単位流域という考え方は,広域スケールでの計画では定量的データの取り扱いに適しており,地域スケールの計画では定量的データに加えて定性的データの取り扱いにも適していることがわかった。また,単位流域の境界としての主尾根を構成する分割流域群は,地域の環境管理上のフレームとして重要な役割を担うと同時に,地域の全体景観の保全あるいは全体景観の構成上,重要な計画的位置を占めることが知られた。(18)さらに,土壌および植生のデータを基礎にして,地域の開発および保全ポテンシャルモデルの作成を試みた。このモデルは,土壌と植生との総合化を試みたものである。このモデルを通じて設定された地域区分をオーバーレイすることにより,さらに詳細な地域の保有する開発および保全ポテンシャルのは握が可能になる。このような観点からの開発および保全ポテンシャルを導く方法論および結果は,緑地計画のみならず各種の計画を展開するに際して,高い有効性が期待できる。(19)土地利用の安定域・適応域設定のための方法論を図3-2に示す。この方法論は,現在市街地化が進行しつつある地域を対象にして考慮したものであるが,他の地域特性の異るケースにも応用が可能なものであろう。(20)以上のように本論文は,緑地計画・景観計画・風致計画等の諸計画において,比較的広域スケールの計画への適用を目的としたものであるが,特に計画単位の明確化および地域の保有する諸現象の分析・統合のシステムを計画学的に導く方法論の開発に目的の重点がおかれたものである。この方法論より導かれた計画単位は,地域の開発および保全に関して有効な計画上のフレームを形成するものである。また,土地利用の安定域・適応域の概念は,これまでの土地利用計画に不足していた理論的側面を明確化する点で意義がある。さらに,これらの計画単位および土地利用の安定域・適応域の概念に基づいて,地域特性の明確なは握が可能になり,全体景観構成への計画的アプローチの1つとして確立されたら幸いである。
著者
矢吹 万寿
出版者
大阪府立大学
雑誌
Bulletin of the University of Osaka Prefecture. Ser. B, Agriculture and biology (ISSN:03663353)
巻号頁・発行日
vol.7, pp.113-146, 1958-02-15

水稲栽培において水田水温は重要な生産能となつているが,寒地では灌漑水温の上昇が,暖地ではその低下の必要が強調せられている.この人為的な水温制禦の確立は水温成立機構の解明によつてなしとげられるものと言えよう.本論文は斯る見地から最も基礎的研究として主に水稲の植つていない湛水田について行つた実験的研究であつて,2篇よりなり,第1篇は湛水田水温につき,第2篇は漏水田水温について述べられた.I.湛水田水温1.湛水田における太陽エネルギーの使途配分を明らかにし,その熱経済図を描いた.(第2表,第1図)2.(1)と同様な方法により水稲田の水稲繁茂期の熱経済を調べた.(第4表,第2図)3.湛水田の熱経済方程式より簡単な水温成立の理論式を導いた(33式).それによると平均水温は湛水深に応じて高く,振巾は湛水深に逆比例し,且日変化の位相は湛水深が深くなるにつれてずれる.この事は最低水温は湛水深が大きい程高温を示すが,最高水温は湛水深が浅いほど高温を示すとは限らず,湛水深が大なる方が高温を示す場合もあることを意味する.4.湛水深と水温とについて一年間の観測の結果は興味ある上述の結論が確められた.(第7,8,9図第7表)5.水底面の吸収能と湛水深とより水田の吸収率を計算し(第13図),水田熱吸収率を異にした場合の水温を測定した.水温は勿論水田熱吸収率に応じて異るが,現実の土壌吸収能の差は小さく水温の差は少い.(第14図)6.最高水温と最高気温との間には明瞭な関係があり,年間を通じて整理すると両者の間にはループをなしたグラフが得られた.(第15,16,17図)7.最低水温と最低気温との間には直線的な関係があるが,気温が0℃以下になり,水面が氷で覆れると水温は殆んど一定となる.(第18,19,20図)II漏水田水温8.水が地中に滲透することにより地中に熱量を輸送するため,見掛け上の温度伝導率が増大するが,特に設計された水田にて温度伝導率を測定し,理論値と実験値が可なりよく一致する事が確められた.(第22,23図第8表)9.見掛け上の温度伝導率を測定することにより,自然状態の水田土壌の比熱或は密度の計算が可能であり,これを求めた.10.水が滲透するからこれに応じて水を補給しなければならないが,補給方式に間断灌漑と連続灌漑とがある.間断灌漑は急激な水田水温の変化を与えるが,灌漑後の水温は灌漑水温並に水量だけでなく,気象条件を考慮した熱経済の面から決定されうるものである(61,63式第10表 25,26図)11.間断灌漑後の水温が灌漑しない等しい湛水深の区の水温と等しくなるのは,早朝に灌漑したものほど早く,午後に行つたものは回復がおそい.(第28,29図)12.間断灌漑は時間の経過に伴い灌漑の影響は少くなるが,連続灌漑は水温分布特性が常に維持せられる処に両者の本質的特徴の差がある.13.連続灌漑の影響は昼間よりも夜間の水温に顕著である.又灌漑水温,灌漑水量及び水田水温との関係を実験的に求め,関係図を作製した.(第31,32,33,34,及び35図参照)