著者
鎌田 直人
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.56, no.2, pp.106-119, 2006-08-31

ブナアオシャチホコ(以下、本種)はブナ林で大発生し、ブナの葉を食いつくす葉食性昆虫である。大発生しない場所も含め、本種は、地域間で同調しながら8-11年の周期をもった個体数変動を示すとともに、同じ周期をもって日本のどこかで大発生をひきおこしている。このような地域間で同調する周期的な密度変動をもたらすメカニズムにどのような生物的要因や気候要因が関与しているのか、長い周期を引き起こすメカニズムのひとつである「時間の遅れを持つ密度依存性」を考慮して、その具体的な過程を検証した。本種の密度が増加すると、鳥類の餌に占める本種の割合が増加する機能の反応が認められるが、鳥類の密度は変化しないため、さらに高密度になると捕食率は逆に低下する。甲虫の捕食者であるクロカタビロオサムシは、高い繁殖能力と速い発育、飛翔による成虫の移動による数の反応が起こり、密度依存的な死亡要因として働く。しかし、密度の減少過程における時間の遅れは認められない。ブナの葉の質の空間的異質性も大発生と密度変動に関係している。陽葉は餌としての質が悪く、低密度時にはほとんど食べられない。しかし、大発生すると陽葉まで食べなければならないため、大発生の際には密度を引き下げる要因として働く。また、ブナが強い食害を受けると、翌年の葉に誘導防御反応が起こり、本種の死亡率を高め、体サイズを小型化させる。しかし、強い食害を受けないと誘導防御反応は起こらないため、大発生せずに密度が減少する場合には働かない。昆虫病原菌であるサナギタケは、大発生時だけでなく、大発生せずに密度が減少に転じる際にも、時間遅れの密度依存的な死亡要因として働くため、本種の周期的な密度変動を引き起こしている要因と考えられる。感染の翌年に子実体が発生して土中の菌密度を高めることと、昆虫に対する感染が起こらなくても土壌微生物として個体群を維持できることが、サナギタケによる死亡に時間の遅れを作り出す機構である。本種の大発生には場所依存性が認められる。特定の標高で大発生する機構としては、「多様性=安定性仮説」や「資源集中仮説」のほかに、養分循環に関係したブナの葉の質も原因のひとつと考えられる。また、西南暖地で大発生の頻度が少ない理由としては、ブナ林の垂直分布や降水量が関係しているものと推測される。

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続き)例えば、東北で10年周期で大発生するブナアオシャチホコでは、大発生時にサナギタケによる蛹死亡率が上昇し、密度が減少した翌年にも土壌中の多量の胞子により蛹死亡率が高いままである(時間の遅れをもつ密度依存性)。http://t.co/39cuFVIbOw 日生誌(2006)

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