- 著者
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望月 登志子
- 出版者
- 日本基礎心理学会
- 雑誌
- 基礎心理学研究 (ISSN:02877651)
- 巻号頁・発行日
- vol.15, no.2, pp.89-101, 1997
鏡映像の位置を鏡面上に定位し,何の像であるかを織別する活動に関して,開眼少女MOが観察と実験場面で示した結果は次のように要約することができる.(1)自己の鏡映像に初めて対面したときのMOは,鏡そのものを漠然と見るだけこ留まり,映像の位置を定位することもできず,それを自分の映像として認識することは一層困難であった.(2)映像の位置を何とか定位できるようになった段階で,当初対象を探索した場所は鏡の表面乃至は背後の空間であり.鏡と対面する側の手前の空間に対象を探索し始めたのは後の段階であった.(3)映像を鏡の表面上に定位できるようになっても,最初はその映像の対象を自己の動きを模倣する他者であると(実在化して)捉えていた.しかし,触っても鏡面上に対象を捉えることができないことを知ったMOは,鏡の背後にそれを視・触覚的に探索することを始めた.だが,そこにも実対象を捉えることができないことを知ると,恐怖の念を示しつつも鏡の映像機能に気づき始め,それは鏡が映し出した映像であることを徐々に認めるようになった.(4)ただし,映像を見てそれが誰であるかを識別することはまだ困難であった.2年余りの間に断続的に行なわれた実験的試行を経て,自己の映像であることの認識は発生しており,他者像に比べて自己像の認識の方が若干容易である可能性が窺える.ただし自己像については,洋服の色と身体の動きとを容易に照合できることが判断を有利にしている可能性がある.とは言え,顔の形態的特徴に基づいてひとの認識がなされているわけではなく,他者の識別には,背の高さや髪の毛の長さも手がかりとして援用された.(5)MOは,鏡に映る動く対象を最初はすべて「人」として捉えていたが,「人」に限らず,鏡に対面している「事物」や「風景」なども映るという鏡の「映像機能」を理解するに至ったのは後の段階においてであった.その意味では,初期の知覚過程にとって鏡映像の認知が難しいのは必ずしも「人」を対象にした為ではないことを示唆するものである.鏡の映像機能を理解するまでには,自分が手に持っている事物もその鏡と対面する側面が映し出されるという事実や,自分の背後にあることをすでに知っている樹木やカーテンも自分とともに映っている,という現象にMOは気づいている.実験場面で得たこのような体験は,映像の実在化を否定して対象と映像を分離して捉え,映像と対象の空間的位置関係を了解することに一つの転機をもたらした.しかし,鏡映像と対象では,前後,左右関係が逆になることに気づき始めたのはさらに後の段階であった.(6)現在でほ,鏡の反射機能及び実像と映像の空間関係についてMOはある程度の理解を得たと考えられるが,鏡をモニターとして道具的に使用するまでには未だ至っていない.