- 著者
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角丸 歩
井上 健
篠崎 和弘
西山 等
- 出版者
- 関西学院大学
- 雑誌
- 臨床教育心理学研究
- 巻号頁・発行日
- vol.32, no.1, pp.15-28, 2006-03-25
WHO(2002)によると,全世界のどこの国においても自殺は10位以内の死因であり,日本においても1998年に自殺者数が一挙に年間3万2千人を越えた。自殺の危険因子については,自殺者の90%以上が最期の行動に及ぶ前になんらかの精神疾患に罹患していたことが示されており,そのうち30.2%が気分障害と診断されている。自殺行為に至るまでには,必ずといっていいほど抑うつやうつ病を合併していると考えられ,うつ病は自殺行為と非常に密接な関係があると言える。そこで,本調査ではうつ病患者46名(男性17名,女性29名,平均年齢55.2歳(26〜93歳))を対象とし,執着気質と死に関する概念に着目し,自殺企図歴の有無により比較することで自殺企図歴を有する者に特有な性格傾向を検討した。なお,本研究の最終的な目的は,将来的に「近い未来に起こるであろう自殺を予測・予防するためのスケール」を作成することであり,その基礎的研究として本調査を行った。結果,死観では死の意味,HAM-Dでは罪悪感と病識,執着気質においては極端なことをするかどうかに自殺企図歴の有無を判別できる可能性が認められた。そして企図有,つまり自殺企図のリスクが高い者に見られる傾向としては,社会における自分の生死に意味を持たせるが,それが苦しみの解放につながるとは捉えておらず,死を怖れ回避する傾向があることがわかった。また,極端なことをしない性格であり,自身の病識を持ち,罪悪感が他の人よりも生じやすいような出来事を経験しているのではないかと見受けられた。また企図有は,病識や罪悪感などから生じる,死ぬしかないといった絶望感や,死んでも苦しみからは解放されないといった絶望感をもっているとともに,生きたいと願うアンビバレントな気持ちがあり,それが死への恐怖につながっていたり,自分の生死に価値があると思ったりする傾向に結びついていると考えられた。これらの結果は,自殺企図歴のある患者に限らず自殺のハイリスク者にも適用可能であると考えられ,このようなハイリスク者に特有の不変的な性格傾向や概念を把握することは,表面化しにくい自殺のサインを治療者や家族など周囲の人々が的確に捉える一助となり,自殺者を行為に及ぶ前に予防することが可能となるのではないかと考えられる。本研究のように,まずは医療機関において対処可能である患者から自殺予防を心掛けていくことは,たいへん意義のあることと思われ,ひいては社会全体の自殺予防につながると考えられる。