- 著者
-
上野 加代子
- 出版者
- 日本犯罪社会学会
- 雑誌
- 犯罪社会学研究 (ISSN:0386460X)
- 巻号頁・発行日
- vol.31, pp.22-37, 2006
リスク社会の統治論で知られるロベール・カステルらのポスト規律秩序の議論は,ひとりひとりの逸脱者の矯正や正常化を目的とする規律型統治から,人口を対象とした保険数理的なリスク統治への移行を説いている.しかし,現実にはリスク社会には,保険数理的なリスク統治だけでなく,規律型統治も認められるという指摘がなされている.本稿では,この両タイプがリスク社会の統治モデルとしてどのように関連しあっているのかを,日本の児童虐待問題からみていく.具体的には,1990年代から児童虐待問題への危機意識が形成されてきたなかで,個人の内面に焦点をあてた,規律型のテクノロジーの現代的形態である心理療法的なアプローチと,保険数理的なリスクアセスメントによる虐待防止の両方が,児童虐待対策のなかで不可欠なものとして位置づけられてきた過程を概観していく.児童虐待防止対策が,心理化と同時に保険数理化していることを,ケリー・ハナ-モファットの「ハイブリッド道徳・保険数理刑罰」から示唆をえて,「心理と保険数理のハイブリッド統治」として考察したい.