著者
浜井 浩一
出版者
日本犯罪社会学会
雑誌
犯罪社会学研究 (ISSN:0386460X)
巻号頁・発行日
vol.29, pp.10-26, 2004
被引用文献数
2

2003年に実施された衆議院議員選挙において,主要政党のほとんどが,犯罪・治安対策を重要な争点として取り上げるなど,日本において,現在ほど,犯罪や治安が大きな社会問題となったことはない.世論調査の結果を待つまでもなく,多くの国民が,疑問の余地のない事実として,日本の治安が大きく悪化していると考えている.本稿では,これを「治安悪化神話」と呼ぶ.本稿では,まず最初に,日本の治安悪化神話の根拠となっている犯罪統計を検証する.そして,治安悪化を示す警察統計の指標は,警察における事件処理方針の変更等による人為的なものであり,人口動態統計等を参照すると,暴力によって死亡するリスクは年々減少しつつあること,つまり,治安悪化神話は,必ずしも客観的な事実に基づいていないことを確認する.次に,治安悪化神話の生成過程について,マスコミによる凶悪犯罪の過剰報道,それによって作られたモラル・パニックを指摘しつつ,さらに,一過性であるはずの治安悪化言説が,マスコミ,犯罪被害者支援運動と支援者(advocates),行政・政治家,専門家の共同作業を通して,単なるパニックを超えて,社会の中に定着していく過程を分析する.
著者
近藤 日出夫
出版者
日本犯罪社会学会
雑誌
犯罪社会学研究 (ISSN:0386460X)
巻号頁・発行日
vol.33, pp.157-176, 2008-10-20 (Released:2017-03-30)

女子少年による殺人で,最も多いのは今も昔も嬰児殺である.近年,妊娠中絶,できちゃった婚,シングルマザーなど望まない妊娠に対する選択肢が増加したにもかかわらず,女子少年による嬰児殺は横ばいのまま推移し,根絶させるに至っておらず,現在でも女子少年による嬰児殺の背景にある問題は十分に解決されたとはいえない.そこで本稿では,最近5年間に嬰児殺を犯した女子少年について,資質的特徴に基づいて,抑制型,不安定型,未熟型の3つのタイプに分け,それぞれのタイプごとに異性関係の持ち方,家族関係の特徴などから嬰児殺に至る背景要因を分析した.親に過剰な気遣いをするなど,自らの率直な感情表現を抑えがちであったタイプを抑制型,家庭的な問題を背景に情緒面での安定が図られてきていないタイプを不安定型,困難場面における問題解決能力に劣り,状況に依存した受動的な生き方を選択してきたタイプを未熟型とし,分析した結果,タイプごとに妊娠から犯行までの経緯もそれぞれ特徴があることを明らかにした.
著者
大竹 文雄 小原 美紀
出版者
日本犯罪社会学会
雑誌
犯罪社会学研究 (ISSN:0386460X)
巻号頁・発行日
no.35, pp.54-71, 2010-10-01

本稿では,失業率が犯罪の発生率に与える影響を,1976年から2008年の時系列データおよび,1975年から2005年までの5年毎の都道府県別パネルデータを用いて実証的に分析する.時系列データを用いた犯罪の発生率は,失業率が上昇すると上昇し,人口あたり警察官数が増えると減る.しかしながらこの関係は犯罪種別で異なる.県別パネルデータを用いた分析でも類似の傾向が確認されるが,失業率の上昇よりも貧困率の上昇が犯罪発生率を高める影響が大きいことが分かる.両データを用いた分析により,犯罪の発生率が,犯罪の機会費用と密接な関係をもつ労働市場の状況や所得状況,警察などの犯罪抑止力と整合的な関係にあることが示された.
著者
大貫 挙学 松木 洋人
出版者
日本犯罪社会学会
雑誌
犯罪社会学研究
巻号頁・発行日
vol.28, pp.68-81, 2003

本稿の目的は,いわゆる「足利事件」の法廷において,事件の理解可能性がいかなる実践を通じて成立しているのかを明らかにすることにある.1990年5月,栃木県足利市で4歳の女の子が行方不明となり,扼殺死体となって発見される.この事件で逮捕・起訴されたSさんは,一審の途中までは,犯行を認めていたが,控訴審以降は,無罪を主張するようになった.だが,一審でなされた精神鑑定によって,Sさんは「代償性小児性愛者」と診断され,これが事件の動機と認定されていた.そして,そのような成員カテゴリー化実践が,控訴審以後においても,かれを犯人として事件を理解することを可能にしている.つまり,Sさんの犯行を前提に,それに適合的なものとして構成された動機が,かれが否認した後も,その属性として脱文脈化され,かれは<動機を有する真犯人>と理解されたのである.本稿では,動機の語彙論(C.W.ミルズ)と成員カテゴリー化分析(H.サックス)を架橋することによって,犯行動機の構成と行為者への成員カテゴリー化が相互反映的な関係にあることを論じるとともに,法廷場面における精神鑑定の用法が含んでいる問題とその帰結を経験的に指摘する.
著者
中島 隆信
出版者
日本犯罪社会学会
雑誌
犯罪社会学研究 (ISSN:0386460X)
巻号頁・発行日
no.36, pp.42-61, 2011-10-31

経済学が他分野にあれこれ口を出して引っかき回すことを「経済学帝国主義」という.しかし,刑事政策に関しては,経済学による「侵略」はこれまで日本ではあまりされてこなかった.その理由としては,犯罪を費用・便益の視点から分析することへの強い抵抗感があげられよう.しかし,刑事犯罪は裁判で有罪となった人間を刑務所に入れればそれで片が付くわけではない.犯罪には,取り調べ費用,裁判費用,施設収容費用がかかり,さらに社会復帰ができなければまた同じ費用が何度でもかかることになる.経済学的視点がすべてに優先するとはいえないが,経済のインセンティブ構造に明らかに反したり,費用・便益の観点からきわめて非効率だったりする社会政策は,いずれは国民の支持を失い,破綻に追い込まれるだろう.本論文は,近年進みつつある厳罰化,刑事裁判,矯正,そして更生保護にまつわる現在の日本の制度設計について,経済学的視点から検討を加えることにしたい.
著者
西田 芳正
出版者
日本犯罪社会学会
雑誌
犯罪社会学研究 (ISSN:0386460X)
巻号頁・発行日
no.35, pp.38-53, 2010-10-01

格差,貧困が深刻さの度合いを増すなかで,非行,犯罪の増加が懸念されている.雇用の喪失が希望の喪失につながり問題行動が増加するという議論が典型例だが,従来から非行との関連が高かった貧困・生活不安定層の若者に焦点を当てたものではない.本論文は,03年,09年に行ったインタビュー調査をもとに,貧困・生活不安定層の子どもから大人への移行過程の特徴とその変容を検討する.早期の学校からの離脱,非行を含む遊び中心の生活,不安定で困難な大人の生活への早期の移行が本人にとって身近な世界への「自然な移り行き」として進行していること.そして,近年,そうした移行を可能にしていた「受け皿としての第2部労働市場」が経済変動により縮小,不安定化しつつあることが明らかとなった.非行,犯罪の増加をもたらす主な要因の一つが「自然な移り行き」の困難化であり,対策,支援策はここに焦点化したものである必要がある.安定した雇用の減少が「希望の喪失」と非行,犯罪の増加につながるとする議論とそれにもとづく対策だけでは,貧困・生活不安定層が直面する困難に対処することは不可能であり,若者の多様な存在形態を踏まえた支援策が求められる.
著者
松本 良夫
出版者
日本犯罪社会学会
雑誌
犯罪社会学研究 (ISSN:0386460X)
巻号頁・発行日
no.24, pp.129-147, 1999
被引用文献数
1

Recently in Japan, an increase and deterioration of juvenile delinquency is reported by the law enforcement agencies and mass-media. But, I cannot fully agree with these reports. I have, therefore, tried to evaluate the present state of juvenile delinquency as accurately as possible. I adopted these three measures as the criteria of evaluation; (1) rate of delinquency in past 30 years, (2) rate of delinquency of the other countries in the year, (3) rate of adult crime in the year. 1) The rate of juvenile delinquency in 1996 (10.1: per 1000 teenagers) is average compared with the data of past 30 years. 2) This rate is lower than such countries as the United States, Great Britain, Germany and France. 3) But, this rate is extraordinarily high compared with the rate of adult crime in the year. The arrested of teenagers equal 50% of the total, even though they make up 13% of the total population. By the way, these trends began to emerge from around 1980. I regard these trends as "extraordinarily low percentage of adult crime." Why does this peculiar situation arise? I considered this question from the three points of view. 1) Viewpoint of environmental conditions: Environments surrounding crime had differential effects on adults (decriminalization9 and on juvenile (criminalization). 2) Viewpoint of relation between adult and juvenile (on system level and individual level); Systematization of society tends to suppress deviation of adults, while promoting deviation of juvenile. 3) Viewpoint of crime-structure; Crime structure has been changing largely. "Ordinary crime" such as theft and violence became the domain mainly of juvenile, while traffic-crime and business-crime became more serious for adults.
著者
渡部 真
出版者
日本犯罪社会学会
雑誌
犯罪社会学研究 (ISSN:0386460X)
巻号頁・発行日
no.7, pp.170-185, 1982
被引用文献数
1

This study examines a relation between quality of a high-school and a delinquent tendency of the high-school students. Following hypotheses were examined. 1. In Japan there is a great difference in behavioural patterns and value orientations of students depending upon ranks of theh high-schools. It is tihs difference that actuany creates diffrences in problematic behaviour patterns of high-school students. 2. Prevailing delinquent culture in low-ranked high-schools fastens the delinquent tendendency of the students. Data of a survey project on high-school students in which I participated, were analysed for the study. The flowing results were obtained. 1. Many students of low-ranked high-schools do not tend to adapt themselves to thier school circumstance and they are not satisfied with educational policies of their schools. They are not interested in their school life. Instead, they enjoy themselves rather out of their schools. 2. The youth culture in which many students of low-ranked high-schools are interested are "game center" "motorcycles" "coffee shops" "drinkinhg" and so on. On the contrary, many students of high-ranked high-schools are interested ih "literature and philosophy" "traveling alone" and so on. 3. Classfication of inclination to youth culture by a multivariable analysis showed that students of low-ranked high-schools have an inclination to delinquent youth culture and that they are indifferent to the quest of their identity. The present entrance system of high-schools, in which students are selected automatically by accomplishment of junior high-schools, trigger many problems in the formation of delinquent youth culture. Therefore, it is required to improve the entrance system to high-schools.
著者
山本 奈生
出版者
日本犯罪社会学会
雑誌
犯罪社会学研究 (ISSN:0386460X)
巻号頁・発行日
no.32, pp.120-133, 2007-10-20

G・ケリングらの「割れ窓理論」は,これまで国内外の警察政策に対し一定の影響力を発揮してきたが,そこに見られるコミュニタリアン的色彩の強さから,賛否を巡る多くの議論の的ともなってきた.しかし,そうした議論とは裏腹に,政策決定の現場やマスメディアにおいては,ほとんどの場合,「治安の悪化」に対する特効薬として肯定的に評価されてきたと言ってよい.本稿では,「割れ窓理論」に基づく取締り政策の事例として,京都市における「祇園・木屋町特別警察隊」の試みを取り上げ,質的な分析を加えることによって,ここでの取り組みが指示する「無秩序」がどのような立場から定められているのかを問題とする.この調査が照準するところは,(1)京都市の取り組みで,「安全・安心」を希求する主体はどの位概に在るのか,そして何が「無秩序」として分割線の外部に引き出されているのか.(2)バーテンダーなど街で働く人々は,この警察政策をどのように捉えているか,の二点であり,これらの考察を通して,「割れ窓理論」が持つ理論的な問題点を描写する.
著者
浜井 浩一 エリス トム
出版者
日本犯罪社会学会
雑誌
犯罪社会学研究 (ISSN:0386460X)
巻号頁・発行日
vol.33, pp.67-92, 2008

内閣府等の世論調査によると,現在の日本では,80%を超える人が日本の治安が悪化したと感じ,同じく80%を超える人が死刑制度の存続を支持している.こうした世論や被害者支援団体等に後押しされて,1990年代後半から,日本でも厳罰化が進んでいる.Pratt(2007)のいうPenal Populismの基本は,マスコミを通して語られる市民団体や被害者支援の活動家の体験に基づいた常識的で分かりやすい声によって,司法官僚を含む専門家が刑事政策の蚊帳の外に追いやられた結果,厳罰化が進行することにある.この現象は,現在日本で起きている厳罰化によく似てはいないだろうか.小泉改革以来,力強く,常識的で,分かりやすい解決策がもてはやされるようになった.光市で発生した母子殺害事件は,その事件そのものだけではなく,9年間にわたって続いた公判の様子は,被害者遺族の言葉を通して様々なメディアで報道され,世論の強い支持を背景に,検察官の控訴,上告によって,無期懲役刑判決が破棄され,差し戻し控訴審において死刑判決が下された.この間,治安対策や刑事政策の分野でも,厳罰化に向けた施策が次々と打ち出された.しかし,もともと,Penal Populismは,アメリカのように裁判官や検察官が選挙で選ばれるなど,司法官僚の人事が政治的な影響を受けやすい制度を持っている国で起こりやすい.日本の裁判官や検察官は,司法官僚と呼ばれるように,巨大な官僚機構の一員であり,終身雇用制度のもと人事は政治からほぼ独立している.つまり,国際比較的な観点から見ると,日本は,制度的にみて,Penal Populismの影響に対して最も強い抵抗力を有している国だといえる.このことを前提に,近時の日本の厳罰化の過程を見てみると,Penal Populismとはやや異なった姿が見えてくる.最近の厳罰化に向けた法改正は,刑法,刑事訴訟法の改正や裁判員制度の創設を含めて,厳罰化に向けた量刑等の動きは,市民や被害者遺族の声が大きな原動力となって動き出したものであるが,すべて司法(法務)官僚である検察官を通して実現されたものであり,検察官の権限が縮小された制度改革はほとんどない.日本のPenal Populismの特徴は,司法官僚や刑事法の専門家が抵抗勢力とはならず,むしろ世論と一体となって厳罰化を押し進めた点にある.
著者
奥田 知志
出版者
日本犯罪社会学会
雑誌
犯罪社会学研究 (ISSN:0386460X)
巻号頁・発行日
no.35, pp.21-37, 2010-10-01

2006年1月7日JR下関駅は炎に包まれた.放火による焼失だった.犯人として逮捕されたのは8日前に福岡刑務所を一人満期出所した74歳男性.彼は,これまで50年近く刑務所で過ごしてきた.裁判の度に「知的障害」を指摘されてきたにもかかわらず,最後の犯行時に至るまで療育手帳は持っていなかった.放火は,重罪である.当然ゆるされるものではない.ただ彼を断罪することだけがこの社会のなすべきことだろうか.犯行動機とされる「刑務所に帰りたかった」は,今日の社会の現実を端的に指摘している.放火を断罪することは当然である.だがそれだけでは何も解決しない.この事件は,今日の社会のあり方をそのものを問うた事件であった.「障害」を持ち,家族もなく,働くこともできず,帰る場所もない者が,「刑務所に帰りたい」と願う.社会が彼に対して「罪を犯すな」言うことは簡単である.そうならば,ではこの社会はあの日犯罪以外のどのような選択肢を彼に提示できたであろうか.事件に関わった者として,また,ホームレス支援に関わった者としてこの事件の記録とこの事件が社会に与えた意味,そして何よりも今後の社会のあり方について考察する.
著者
津島 昌寛
出版者
日本犯罪社会学会
雑誌
犯罪社会学研究 (ISSN:0386460X)
巻号頁・発行日
no.35, pp.8-20, 2010-10-01

一般の人々がイメージする貧困は終戦直後の日本に代表される貧困(絶対的貧困)であるという.しかし,今や日本の貧困は質量的に大きく変容した.犯罪との関連で考える場合,貧困を絶対的貧困としてとらえること(金に困って食べ物を盗む)は適切とはいえないだろう.貧困問題が叫ばれる時代,貧困と犯罪の複合的な関係をあらためて問い直すことが必要である.本稿の目的は,貧困と犯罪を主題とする欧米の既存研究を検討し,貧困と犯罪との関連性を探ることである.まず,貧困の概念を整理するとともに,不平等など類似の概念とのちがいをさぐる.そのうえで,貧困と犯罪の理論的関連性を多面的な角度から明らかにする.その結果,貧困と犯罪は関係があるが,直接的因果関係でないことがわかった.しかし他方で,貧困は分岐的に変化しており,他のさまざまな社会的・文化的要因を介して,もしくは相互に触発し合い,犯罪行動の発生に影響をあたえていることが確認された.したがって,さまざまな間接的影響をあわせた,貧困が犯罪にあたえる総合的影響は小さくないようにおもわれる.最後に,犯罪社会学として今後取り組むべき貧困と犯罪に関連した研究課題をいくつか提示する.
著者
山本 功
出版者
日本犯罪社会学会
雑誌
犯罪社会学研究 (ISSN:0386460X)
巻号頁・発行日
no.25, pp.49-66, 2000

この論文では, 「援助交際」と呼ばれる現象の社会問題過程の一端を社会構築主義的に記述する.このカテゴリーにかかわる女子青少年がどのように位置づけられたのかに注目する.中心的にとりあげるのは, 東京都議会における「淫行処罰規定」制定の是非を都青少年問題協議会に諮問するかどうかが論じられた場合である.マスメディアに登場し, 人々の注目を集めたこの現象は, 東京都では青少年条例の改正運動を促し, 「淫行処罰」規定制定に関して賛否両陣営から例を見ない大量の陳情書・請願書が都議会に提出され, 淫行処罰規定を設けないという従来の都の方針の見通しが図られた。淫行処罰で彼女らを被害者とすることで「問題」の解決をはかるクレイムが議会で展開され, 議会の審議の過程では「少女を守るために淫行処罰を」という賛成派と, 「淫行処罰は少女をも傷つける.必要なものは教育である」という反対派の応酬がみられた.いずれにせよ, 少女を「被害者」と位置づけるレトリックであり, ある種の「被害者コンテスト」(Holstein and Miller 1990)が観察された。他方, 大阪府警は「援助交際は売春です」とのキャンペーンをはり, 援助交際の相手方を求めた女子高生を売春防止法違反とし逮捕した.この場合は援助交際にかかわる女子青少年は被害者としてではなく, 公共の秩序に対する「加害者」として位置づけられている.すなわち, ある現象を「逸脱」ないし「社会問題」と位置づけるに際し, それにかかわる者を「被害者」とする問題化と「加害者」とする問題化の双方が同時に観察されたのである.
著者
谷岡 一郎
出版者
日本犯罪社会学会
雑誌
犯罪社会学研究 (ISSN:0386460X)
巻号頁・発行日
no.32, pp.76-86, 2007-10-20

2010年には新しい裁判員制度-アメリカの陪審制に類似のもの-が日本でスタートするようである.現在までのところ,刑罰の決定(量刑)は専門の裁判官によってなされており,その決定は専門家による「さじかげん」をもとにしている.たとえば「罪を認めている」,「反省」,「生い立ち」などの明文化されていない要素や,その重みづけによるさじかげんである.従って犯罪や刑罰にそれほど詳しくない裁判員による新制度がスタートしたとき,具体的かつ客観的な量刑の評価基準,もしくはガイドラインが必要となるだろう.日本では近年,司法システムに若干の変更や改変がなされた.特に厳罰化の方向,つまり刑を重くする方向である.新しい犯罪類型が定義され,いくつかの犯罪において,最高刑が引き上げられもした.ただしこの厳罰化については,単に最高刑を引き上げるより,刑罰の「確実性」を増やす方が効果的ではないかとする議論がある.本稿でも司法制度および刑罰論の観点から,厳罰化の意味を考える.日本の刑法は明治時代初期に作られた.以来,当時には予想しえなかった多くの行為類型が犯罪と定義されてきた.しかし刑法典も時代によるほころびが見え,現代風の反社会的行為に対応しきれていないのではないか.少なくとも大衆の感覚ではそうである.司法制度全般を議論すべき時期が来ているように思う.本稿がその端緒となればこれにまさる幸せはない.
著者
浜井 浩一
出版者
日本犯罪社会学会
雑誌
犯罪社会学研究 (ISSN:0386460X)
巻号頁・発行日
vol.38, pp.53-77, 2013-10-15 (Released:2017-03-31)
被引用文献数
1

本稿は,2002年をピークとする一般刑法犯認知件数の急増・急減,特にその大きな原動力となった街頭犯罪認知件数の変動を分析すると同時に,近時,先進国の多くで犯罪が減少している状況を踏まえ,より長期的な視点から犯罪を減少させている要因を探ってみたい.言うまでもなく,認知件数は,様々なルートから警察に届けられた事件の中から警察が犯罪として認知した事件の件数を計上したものである.事件処理のスクリーニングが一定であれば,その数字は発生する犯罪の増減を反映する.反面,スクリーニング等の方法を変えると犯罪発生とは関係なく認知件数は増減する.さて,2002年をピークとする認知件数の減少はそのどちらによってもたらされたものだろうか.答えは,その両方である.2003年から街頭犯罪の認知件数の削減が警察評価における数値目標として設定された.街頭犯罪は,対象や手口がわかりやすいため防犯対策をとりやすい.自動販売機の堅牢化によって自動販売機ねらいは急速に減少した.車上ねらいや自転車盗・バイク盗も急減した.同時に,数値目標が一人歩きをして,車上ねらいの数え方を工夫する努力が行われたことも明らかとなった.いずれにしても暗数の少ない殺人等の認知件数や犯罪被害調査などから確実に言えることは,近時,犯罪が減少しているということである.では,殺人などの重大犯罪はなぜ減少しているのか.一つは,少子化の影響が考えられる.犯罪の主な担い手は30歳未満の若者である.若者の人口が減れば犯罪も減ることが予想され,日本でも戦後少子・高齢化の進行とともに犯罪は減少している.また,アメリカの心理学者ピンカーは,さまざまな資料を駆使して,現代人は,人類史上最も暴力の少ない時代に生きていると主張している.ピンカーは,それは種としての人類の進歩によるものであり,私たちの中にある共感や自己統制といった「より良き天使(better angels)」が復讐やサディズムといった「内なる悪魔(inner demons)」を凌駕した結果である主張している.2002年をピークとする認知件数の急上昇・急降下は,街頭犯罪をターゲットとし,数値目標を設定したことによってもたらされたものであり,そこに防犯意識の高まりが一定貢献したことは間違いない.しかし,防犯意識は,警戒心や不信感と表裏一体である.犯罪のない社会が市民を幸福にするとは限らない.認知件数を数値目標にすることの意味をもう一度考えてみるべきであろう.