著者
島畑 斉
出版者
島根大学
雑誌
島根大学教育学部紀要. 人文・社会科学 (ISSN:02872501)
巻号頁・発行日
vol.21, pp.53-65, 1987-12-25

"Inventionen und Sinfonien"は,1717年から1723年にかけて作曲者のJ.S.Bach(1685−1750)自身によって編集された。その原型といえるものは,彼の"Klavierbuchlein fur Wilhelm Friedemann Bach"(1720)の中に見いだせる。そこには,音名,音部記号,装飾法などの音楽的基礎知識の説明が記され,"Das Wohltemperierte Klavier I"の Praeludium の原曲に相当する11曲の作品などとともに,"Inventionen und Sinfonien"の原曲に相当する30曲が Praeambulum や Fantasia として収められている。"Inventionen und Sinfonien"は,これらの30曲に推敲を加えてまとめられ,その序文には次のような事項が記された。 1)2声部,3声部を美しく正しく処理すること。 2)すぐれた楽想を修得して展開すること。 3)カンタービレ(歌うような)奏法を修得すること。 4)作曲に関する予備知識を修得すること。 これらは,初心者が一般に機械的な練習に陥りやすいことに対する喚起であり,音楽表現に関する基礎的な心構えともいえる。つまり,演奏者(学習者)が小手先だけによって,ただ単に表面的に演奏することに対する警告である。このような意義をもつことによって,"Inventionen und Sinfonien"は,今日まで,J.S.Bach の"Das Wohltemperierte Klavier"の準備段階における,高度の音楽性をそなえたピアノ教材として位置づけられている。 ところで,いわゆる西洋音楽のピアノ作品を演奏する場合,次のような過程をたどらなげれぼならない。まず,作曲者に関して,時代背景とともに,生涯や生き方,全作品を通しての作風などを考察をする。次に,個々の作品に関して,作曲年の時代的な位置づけとともに,作品様式の理解や構造の分析をする。ここでは,音,動機,主題などの楽曲の柱となる素材について,その意味を探求する必要がある。さらに,これらをとらえることによって,作曲者の意図を推察し,演奏における実際の選択をする。つまり,テンポ,フレージング,アーティキュレーション,強弱法,アゴーギク Agogik,音色,運指法,タッチ,自然な運動などの諸要素を選択する。そして,最終的に演奏という行為において,作曲者の意図と自己の意図とを融合し,最大限に表現するのである。 本稿では,「運指法」 という演奏におけるひとつの面に焦点を絞り,2声部からなる"Inventionen BWV772-786"のの個々の作品の中にその問題点を探る。なお,Inventionen の楽譜は現在にいたるまで幾種もの版が出版されているが,ここでは,比較的入手しやすい版を選択し,それらを参照しながら検討をすすめる.

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