著者
此経 啓助
出版者
日本大学
雑誌
日本大学芸術学部紀要 (ISSN:03855910)
巻号頁・発行日
vol.41, pp.A43-A60, 2005

明治時代初期に施行されたさまざまな墓地政策を通して、文化政策としての宗教政策を検討してみた。具体的には、墓地政策の「神葬祭墓地の成立とその後」に対象をしぼり、神葬祭墓地の痕跡を現在の公営霊園に探し、さらにそこに神道式の墳墓を探索した。その結果、前者の痕跡は希薄だったが、後者に関しては多種多様な墳墓を見つけることができた。一種の「神道文化」である。それは神葬祭墓地が数年して「共葬墓地」(公営墓地)に吸収された理由を解き明かす大きな手がかりとなった。つまり、墓地政策の「公共性」と「宗教性」の両方を必要とするかぎり、全体としての「文化政策」を「政策文化」に転換しなければならない。「宗教性」のもつ概念化された「宗教」を生きた「文化」として取り扱う必要がある。

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