- 著者
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米地 文夫
- 出版者
- 岩手県立大学総合政策学会
- 雑誌
- 総合政策 (ISSN:13446347)
- 巻号頁・発行日
- vol.9, no.1, pp.17-34, 2007-12
宮沢賢治の短編「猫の事務所」は,事務所の末席の書記かま猫に対する「いじめ」の問題を取り上げた作品として近年注目されているが,結末では訪れた獅子によって解散を命じられ,廃止となる。本論文はこの作品が実は政治的世界・民俗的世界・賢治の内面世界の三者が重層的に組み込まれたものであることを明らかにするものである。組み込まれた政治的テーマは郡役所廃止問題で,「猫の事務所」の位置や役割,事務室の人員構成などの描写から稗貫郡役所がモデルであり, 1926(大正15)年6月30日に閉鎖になる。「猫の事務所」はこの年の3月に発表されている。郡役所の廃止は既定のことではあったが遅延していたのを,浜口雄幸蔵相の緊縮財政のもと廃止が確定し,浜口が内相の時,廃止される。獅子はライオンとあだ名された浜口なのである。この物語の民俗的な背景は,竈の煤で黒く汚れた猫をかま猫と呼ぶことと,獅子舞が火伏せの竈祓いに訪れることなどである。獅子はかま猫の守護神のような存在なのである。さらに,同僚に対する態度を自省する賢治自身の心境も反映したものである。すなわち「猫の事務所」の獅子による解散は郡役所廃止と浜口雄幸の決断とをカリカチュア化したものであり,主人公かま猫と巡回してきた獅子というキャラクターは,竈をめぐる民俗から生み出され,職場の同僚による「いじめ」は賢治自身の職場体験によるものであった。