著者
横地 隆
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.56, no.1, pp.6-18, 2005
参考文献数
11

イナズマチョウ属の1新種と6新亜種の記載を行い,同属における1タクソン,Euthalia occidentalisのレクトタイプ指定を行った.I.新種の記載 Euthalia(Limbusa)koharai sp.n.(図1-4) ♂.前翅長43-48mm.翅形:前翅,前縁は滑らかに湾曲し,翅頂はやや丸みを帯びる;外縁はわずかに内側に凹み,各翅脈端は突出する;後縁は直線状.後翅.外縁は各翅脈端で強く突出する.斑紋:前翅表面,地色は濃緑茶色;亜基部付近の本属特有の環状斑群は明瞭;外中央白紋列は淡黄色で1a室から第6室におよび,第3室の外側に黒色のくさび形の縁取りがある;前縁には白色鱗が侵入しない;亜翅端部は第6室と第8室に淡黄色紋がある;亜外縁部は第1b室から前縁部にかけて黒色帯があり,第3,4室で内側に偏位する;縁毛は白色で翅脈端は黒色.後翅表面,地色は前翅と同様;中室端の黒色だ円形紋は明瞭;黄白色の外中央紋列は第1b室から第7室におよび,その外側にはブーメラン型の黒紋列がある;外中央白紋列の外側には青白色域があり,外縁にむかって濃紺色に段階的に変色する;縁毛は白色で翅脈端は黒色.前翅裏面,地色は個体変異をみるが緑がかった黄茶色;亜外縁部は第1a室から前縁部に黒色帯があるが,第1b,2室を除いて痕跡的.後翅裏面,地色は前翅と同様;基部の不正形環状斑は明瞭;外中央白紋列の内側は黒条があり白紋の内側を縁どる;亜外縁部は第1b室より第7室まで緑青色帯があるが,第1b室では顕著な黒紋となる.翅脈:後翅中室端は開く.触角:表面は黒色,裏面は一様に褐色である.♂ゲニタリア(図9):Uncusは先端方向に一様に先細る;valvaはやや細長く,中央部がやや太く,先端部分は10数個の短い棘がある;valvaの先端は下方が外側に90度程度捻れる.♀.前翅長48-51mm.翅形:♂に同形だが全体に丸みを帯びる.斑紋:♂に類似する;裏面地色は前後翅の地色は個体変異をみるが,淡黄緑色.翅脈:♂と同様.触角:♂と同様.分布:中国雲南省,広西壮族自治区.新小名koharaiは,昆虫研究者の小原洋一氏(東京)に因む.本種は中国大陸を分布の中心にもつEuthalia属のLimbusa亜属に含まれる.Limbusa属には前後翅を貫くイチモンジ白帯をもつグループがあり,本種もこれに属する.これらは互いに類似した特徴のため,種間の鑑別は容易ではない.本種に最も類似する種は,thibetanaとalpherakyiであり,以下に鑑別点を列記する.なお,ここで言及する種thibetanaとは,従来より種undosaとして認知されているものを指す.筆者の調査で,undosaはthibetanaのシノニムとするのが正しいことが分かった.本件については,別の機会に詳細を報告する予定である.種thibetanaとの鑑別 1)Koharaiはthibetanaに比べ大型で,翅形はやや丸みを帯びる.2)Koharaiのイチモンジ帯は,前翅は淡黄色,後翅は黄白色であるが,thibetanaはさらに黄色味が強い.3)Koharaiの表面地色は濃緑青色であるが,thibetanaは茶色味が強い.種alpherakyiとの鑑別 1)Koharaiでは後翅中央白帯の外側に青白色が出現するが,alpherakyiでは認めない.2)Koharaiでは♂前翅第3室の白紋は外側に尖るが,alpherakyiではほぼ平坦.3)Koharaiでは♂ゲニタリアのvalva先端はほぼ90度に捻れるが,alpherakyiでは捻れは緩やか.II.新亜種の記載 1.Euthalia(Limbusa)pacifica masaokai ssp.n.(図5-8) ラオス北部・サムネアを基産地とするこの新亜種は,原名亜種pacificaに比べて次のような相違点がある.♂.表面の地色は深緑色を呈する(原名亜種は茶褐色);前翅第3室に黄色斑を認める;後翅黄色域が小さく,第1b室と第2室の一部に認める(原名亜種では第1b,2室の全てと第3,4,5室に及ぶ);裏面の地色は青緑色を呈する(原名亜種はウグイス色);後翅裏面の斑紋は明瞭に出現(原名亜種はぼやける).♀:表面の地色は深緑色を呈する(原名亜種はモスグリーン色);前翅の斜白帯は大きく出現;後翅亜外縁の斑列はやや不明瞭;裏面の地色は青緑色を呈する(原名亜種はウグイス色).分布:ラオス北部.新亜種名masaokaiは,名古屋市立大学名誉教授,正岡昭博士に献名した.2.Euthalia(Limbusa)duda bellula ssp.n.(図10-13) ラオス北部・サムネアを基産地とするこの新亜種は,原名亜種dudaに比べて,♂♀ともにはるかに大型.後翅の白帯外側は原亜種の紫色がかった青色とは異なり,濃青緑色を呈する.また裏面は明るい黄緑色となる.分布:ラオス北部,ベトナム北部.新亜種名belluiaは,ラテン語で「優しい,優雅な」の意.3.Euthalia(Limbusa)hebe tsuchiyai ssp.n.(図14-17) ラオス北部・サムネアを基産地とするこの新亜種は,原名亜種pacificaに比べて次のような相違点がある.♂:原亜種に比較して大きい;表面の地色は深緑色を呈する;中央帯は細く,クリームイエロー;裏面の地色は銀色がかった青緑色.♀:原亜種に比べ,大きい;表面の地色は深緑色を呈する;前翅斜帯は濃いクリームイエロー;裏面の地色は青緑色.分布:ラオス北部,ベトナム北部.新亜種名tsuchiyaiは,医療法人輝山会記念病院理事長,土屋隆博士に献名した.4.Euthalia(Limbusa)pulchella niwai ssp.n.(図18-21) ミャンマーのカチン州北部を基産地とするこの新亜種の♀は,亜種pulchellaに比べて大型.裏面の地色はpulchellaの青緑色に対して,本亜種は黄緑色.♂は未知.分布:ミャンマーカチン州北部。新亜種名niwaiは,岐阜県国保上矢作病院院長,丹羽傳博士に献名した.5.Euthalia(Limbusa)pyrrha ueharai ssp.n.(図22-25) ラオス北部・サムネアを基産地とするこの新亜種は,原名亜種pyrrhaに比べて,♂は地色が暗くなる.♀は地色が濃緑色でやや大型,前翅紋列は白色.分布:ラオス北部,ベトナム北部.新亜種名ueharaiは,神奈川県在住の昆虫研究者,上原二郎氏に献名した.6.Euthalia(Limbusa)aristides kobayashii ssp.n.(図26-29) 中国浙江省・麗水を基産地とするこの新亜種は,原名亜種aristidesに比べて,♂は翅表の地色がうすくなり,イチモンジ帯がやや太い.♀は大型で,翅表の地色は青緑色を帯び,イチモンジ帯は白色となる.裏面色調は全く異なり,原名亜種のような黄緑色ではなく青白色を帯びる.分布:中国浙江省,福建省.新亜種名kobayashiiは,三重県志摩町国保前島病院の元院長,小林端博士に献名した.III.レクトタイプの指定 Limbusa亜属のoccidentalisについて,レクトタイプの指定を行った.Euthlia occidentalis(図30,31) E.occidentalisは,3♂2♀をもとに,Ta-tsien-lou,Sialou,Tien-tsuen,Moupin(中国四川省)を基産地として記載されたが,BMNHには4♂(!)2♀がタイプシリーズとして保管されている.このうち1♂1♀がタイプ箱(No.4-5)に保管されている.2♀は別種のstrephonとnaraであるため,タイプ箱に保管されている1♂をレクトタイプに指定した.IV.Limbusa亜属に関する覚書 下記にaristides,formosanaのタイプ標本に関する覚え書きを記した.1.E.aristides(図32,33) Tien-tsuen,Siao-lou,Mou-pin,Ta-tsien-lou(中国四川省)を基産地とするaristidesは,原記載でタイプの個体数は明記されていない.BMNHには50♂がタイプとして保管されている.すべてOberthurコレクションのラベルが付され,内訳はMou-pin産7♂,Siao-lou産24♂,Tien-Tsuen産8♂,Ta-tsien-lou産11♂である.このうち,Mou-pin産のうちの2♂(タイプ箱No.17-218)は種aristidesではなく,別種のthibetanaである.タイプ箱に保管されている1♂は,タイプ指定のラベルが付されているが,原記載ではホロタイプ指定はされておらず,また以後の年代にもレクトタイプ指定は行われていない.2.Euthalia formosana E.formosanaはFruhstorferにより,1908年に6♂をタイプとして記載された.MNHNのFruhstorferコレクションに現存するformosanaの個体は6♂2♀である.このうち,5♀には"VI08"(June1908と推察)のラベルがあり,タイプシリーズと考えられる.1♀には"Type(red)"を示すラベルが付されているが,原記載ではタイプは全て♂であることから,記載時の♂♀誤同定の可能性もあろう.なお,残りの1♂1♀には,原記載発行年以後のラベルが付けられている.

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