著者
竹束 正
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.24, no.2, pp.59-60, 1973

シジミチョウ科の交配については,まだ実例が発表されていないようなので,筆者が1970年から行なっているウラゴマダラシジミ(黒化型)Artopoetes pryeri Murray f. shikokuana Okuboを用いた野外交配の実例について報告したい.この方法が,減少したり絶減に近づいている小型種の生存や勢力の回復に有用であれば幸いである.
著者
小川 浩太
出版者
THE LEPIDOPTEROLOGICAL SOCIETY OF JAPAN
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.73, no.2, pp.43-52, 2022-07-31 (Released:2022-09-09)
参考文献数
28

In the Japanese archipelago, more than 100 species of stray butterflies originating from across the sea have been recorded. Investigation of the origin of these stray butterflies is important in the area of insular biogeography because their migrations can provide opportunities to expand their habitat and affect the biological communities of the islands. An Achillides butterfly was collected in February 2020 as a stray butterfly in the Miyako Islands, where no Achillides butterflies are distributed. Achillides is a subgenus of the genus Papilio, commonly called swallowtail butterflies, and one of the most diverse clades of swallowtails. Since the subgenus consists of many similar species and subspecies, both genetic and morphological analyses were carried out to identify this specimen and to investigate the origin of the stray butterfly. Phylogenetic network analysis based on the ND5 sequence revealed that the butterfly is a member of the bianor-polyctor group. On the basis of fine-scale morphological comparison with the subspecies in the bianor-polyctor group, the stray butterfly was identified as the Chinese peacock Papilio bianor bianor Cramer, (1777), which originates from mainland China with the closest known records being found at a distance of 550 km from where this specimen was collected.
著者
二村 正之 若原 弘之 宮本 龍夫
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.65, no.2, pp.60-64, 2014

イナズマチョウ属Euthaliaの幼虫の棘に毒性があるかどうかを調べるために,モニナイナズマEuthalia moninaとビャッコイナズマE. byakko各々5齢幼虫の形態を観察し,さらに被験者(50歳,男性)の皮膚へ直接触れさせる方法により皮膚炎発症の有無を確認する実験を行った.形態観察の結果,E. moninaの幼虫背面の棘に黄色の球状部が多数認められるのに対し,E. byakkoにはほとんど認められないことが判明した.さらに,被験者の前腕部に虫体を付着させる実験で,E. moninaでは虫体が皮膚に触れると疼痛をもたらし,10分後に早くも付着部皮膚に皮膚炎(痒みを伴う紅斑や膨疹)が出現し,48時間後にはそれが幼虫の形に浮き出るほど進行した.結局,これらの症状が消失するまでに120時間(5日間)以上を要した.これは既に毒棘による皮膚炎の発症が報告されているマダラガ科Zygaenidae幼虫による反応に近いと考えられた.一方,E. byakkoでは皮膚にそのような変化はまったく認められなかった.以上の結果から,E. monina 5齢幼虫の棘から毒液が分泌される可能性が示され,これが,背部の棘にある黄色の球状部に含まれている可能性があることが示唆された.一方E. byakko 5齢幼虫にはそのようなことがなかったという事実は,毒棘がEuthalia属幼虫すべてに存在するものではないことを示している.
著者
那須 義次 黄 国華 村濱 史郎 広渡 俊哉
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.59, no.3, pp.187-193, 2008-06-30
被引用文献数
2

2007年,営巣後のオオタカとフクロウの巣を調査したところ,前者の巣から日本新記録のフタモンヒロズコガ(新称) Monopis congestella (Walker)とマエモンクロビロズコガ M. pavlovskii (Zagulajev),後者からもフタモンヒロズコガの発生を確認した.これら幼虫は,巣内のケラチン源(羽毛,毛,ペリットなど)を摂食していた.オオタカの巣から発生した蛾の記録ははじめてである.大阪府立大学昆虫学研究室の標本を調査したところ,日本各地から採集されていたフタモンヒロズコガの標本も見いだした.幼虫産出性は鱗翅目では極めて珍しいが,ヒロズコガ科を含むいくつかの科で知られている.東南アジアのフタモンヒロズコガは,幼虫産出性を示すことが知られているが,灯火採集された日本産の2♀成虫の腹部内に1♀あたり最大51個体の幼虫が見いたされため,日本産も幼虫産出性であることが確認された.
著者
加藤 義臣 吉岡 泰子
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.54, no.4, pp.209-219, 2003
参考文献数
16
被引用文献数
1

本研究では,まず野外および温室においてアオスジアゲハの配偶行動を観察し,次に雄の配偶行動を解発する視覚刺激をさまざまな標本及び色紙モデルの提示により調べた.本種の雄はパトロール型の配偶戦略を示し,積極的に飛び回って雌を探す.雌を発見すると,雌に接近し求愛を行った.交尾が成立する場合には,雌を見つけた雄は,しばらく追飛し雌がホバリングし始めるとその周りを縦に円を描くように垂直方向に飛び,雌が翅を閉じて止まるとすぐに交尾に至った.一方交尾が不成立に終わる場合には,求愛する雄に対して雌は翅を拡げた姿勢を示し,しばしば翅をはばたかせて雄を拒否した.次に,標本モデルの提示実験により,雄は交尾試行は雌モデルに対してより頻繁に行なわれたが,接近行動は雌,雄のモデルに対して同等に行なわれた.雄の接近は翅の黄色や黒いモデルよりも青い翅モデルにより頻繁にみられた.このことは色紙モデル提示実験において明らかとなった.すなわち,青色および緑色,特に濃い青色が雄の接近には有効であり,赤,黄および黒色は効果を示さなかった.また色彩パターン,サイズおよび形は雄の接近を誘起するには重要でなかった.これらの結果は,アオスジアゲハ雄の求愛行動を誘起するには翅の青色自体が有効であり,形や大きさ,それに色彩パターンは調べた範囲では関係なかった.従って,翅の青色化を誘導する羽化後の光照射は配偶行動に重要な意味を持っていることが推察される.
著者
小汐 千春 石井 実 藤井 恒 倉地 正 高見 泰興 日高 敏隆
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.59, no.1, pp.1-17, 2008-01-05 (Released:2017-08-10)
参考文献数
52
被引用文献数
1

東京都内に広く分布するモンシロチョウ Artogeia rapae (=Pieris rapae)およびスジグロシロチョウ A. melete (=P. melete)の2種のシロチョウについて,東京都内全域において,過去にどのような分布の変遷をたどってきたか調べるために,アンケート調査,文献調査およびフィールド調査を行った.その結果,特別区では,1950年代から1960年代にかけてモンシロチョウが多かったが,1970年代以降スジグロシロチョウが増え始め,1980年代には都心に近い場所でも多数のスジグロシロチョウが目撃されるようになったが,1990年代以降,再びスジグロシロチョウの目撃例が減少し,かわってモンシロチョウの目撃例が増加したことが明らかになった.さらにこのようなモンシロチョウとスジグロシロチョウの分布の変遷は,特別区以外の郊外の市町村や島嶼部でも見られることがわかった.
著者
長田 庸平 山中 浩 吉武 啓
出版者
THE LEPIDOPTEROLOGICAL SOCIETY OF JAPAN
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.72, no.1, pp.11-15, 2021-04-04 (Released:2021-04-04)
参考文献数
10

第三著者の吉武が,西表島古見の海岸に打ち上げられたサキシマスオウノキ(アオイ科)の種子から多くの小蛾を羽化させた.これらの蛾は,斑紋や交尾器よりメイガ科マダラメイガ亜科のAssara seminivalisであると同定された.これまで日本からはAssara属が9種記録されていたが,本種は知られていなかったため,今回日本初記録種として報告した.
著者
Hayashi Hisakazu
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.32, no.1, pp.63-82, 1981-09-20
被引用文献数
1

The present paper deals with new species and subspecies of lycaenid butterflies belonging to the genera Deramas, Narathura, Flos, Horaga, Pratapa, Neocheritra, Chliaria and Sinthusa recently discovered in the Philippines. The holotypes designated herein are all to be preserved in the National Science Museum (Nat. Hist.), Tokyo.
著者
二村 正之 若原 弘之 宮本 龍夫
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.65, no.2, pp.60-64, 2014-07-29 (Released:2017-08-10)

イナズマチョウ属Euthaliaの幼虫の棘に毒性があるかどうかを調べるために,モニナイナズマEuthalia moninaとビャッコイナズマE. byakko各々5齢幼虫の形態を観察し,さらに被験者(50歳,男性)の皮膚へ直接触れさせる方法により皮膚炎発症の有無を確認する実験を行った.形態観察の結果,E. moninaの幼虫背面の棘に黄色の球状部が多数認められるのに対し,E. byakkoにはほとんど認められないことが判明した.さらに,被験者の前腕部に虫体を付着させる実験で,E. moninaでは虫体が皮膚に触れると疼痛をもたらし,10分後に早くも付着部皮膚に皮膚炎(痒みを伴う紅斑や膨疹)が出現し,48時間後にはそれが幼虫の形に浮き出るほど進行した.結局,これらの症状が消失するまでに120時間(5日間)以上を要した.これは既に毒棘による皮膚炎の発症が報告されているマダラガ科Zygaenidae幼虫による反応に近いと考えられた.一方,E. byakkoでは皮膚にそのような変化はまったく認められなかった.以上の結果から,E. monina 5齢幼虫の棘から毒液が分泌される可能性が示され,これが,背部の棘にある黄色の球状部に含まれている可能性があることが示唆された.一方E. byakko 5齢幼虫にはそのようなことがなかったという事実は,毒棘がEuthalia属幼虫すべてに存在するものではないことを示している.
著者
宮田 彬
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.58, no.1, pp.43-46, 2007-01-10

晩秋の寒い朝,夜の間に灯火に来たアケビコノハやムクゲコノハの胸部に触っても彼らは飛ぶことが出来ない.その代わり翅を開いて,逆立ちするような威嚇姿勢を取り,後翅の目玉模様を露出し,翅を小刻みに振動させる(Miyata, 2005).目玉模様を持つガは敵に出会うと,自らその模様を見せびらかすらしい.しかし気温が高い夏の朝,ムクゲコノハに触ると直ちに飛び去る.晩秋の頃と反応が違う.ウチスズメも後翅に目玉模様を持つので,威嚇姿勢を取るかどうか試した.6月の早朝,白布に止まっているウチスズメの胸部をパチンと指ではじくか,触り,反応を観察した.驚いたガは脚を突っ張り尾端や翅の先端を腹方に強く曲げる.そのまま地面に落下する個体や白布に止まったままの個体もあるが,いずれも脚を突っ張って胸部を突き出し翅を腹方に曲げる運動と,力を抜き翅が水平に近くなる運動,つまり一種の屈伸運動を反復する.その運動を初めて観察した個体は地面に落ちてそこで屈伸運動をしたもので,35秒間に6回その運動を繰り返した.また触った時,白布に止まったままの1頭は35秒間に20回屈伸運動を繰り返した.屈伸運動のリズムは受けた刺激の大きさ,屈伸運動を始めてからの経過時間によって違う.この運動は後翅にある目玉模様を一層際だたせる効果があると考えられる.同属のコウチスズメの場合は,驚くと翅を広げ後翅の目玉模様を露出する.触った後,相当長い間,少なくとも10分以上,翅を開いたままであるが,ウチスズメのような屈伸運動は見られない.また後翅の赤いモモスズメやウンモンスズメも調べたが,触ると一瞬翅を開くだけで,コウチスズメのように長い時間後翅を露出することはなかった.その他のスズメガも同様であった.ウチスズメは古くから知られている普通種なのに今回発見した威嚇行動を,今まで誰も報告していなかったのは誠に不思議である.ヨーロッパと北アフリカに分布するウチスズメの近縁種S. ocellatusでも同様の行動が見られると予想される.誰か調べて欲しい.またヒメウチスズメは九州には産せず,威嚇行動が見られるかどうか調べることが出来なかった.
著者
寺田 剛
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.64, no.1, pp.18-26, 2013-04-15

Sugiura and Yamazaki(2004)のStathmopoda属の1未同定種とこれに近縁であると考えられる種について検討し,S. aprica種群を認めた.また,このグループに含まれる1新種イヌビワマイコガ(新称)(S. fusciumeraris n. sp.)と日本新記録種ヒメイヌビワマイコガ(新称)(S. aprica Meyrick,1913)について記載および再記載を行った.両種は外見的特徴が互いに似ているため,成虫の外見的特徴,翅脈,雌雄交尾器を図示し,比較した.両種は外見的には胸部や前翅の斑紋で識別できる.また,ヒメイヌビワマイコガはKasy(1973)においてS. astricta Meyrick,1913と同種である可能性が指摘されているため,この2種についても外見的特徴,雄交尾器について比較を行った.その結果,両種は別種であると考えられた.ヒメイヌビワマイコガの寄主植物は未知だが,イヌビワマイコガはイヌビワ属3種を寄主植物とし,S. aprica種群の構成種の既知の寄主植物はすべてイヌビワ属である.Stathmopoda aprica種群 前翅は細く,R_1脈とCuA脈を欠く.雄の膜質の腹部第8節に発香総が発達し,交尾器のテグメンにペニキュリが発達する.雌交尾器のコルプス・ブルサエは2つのシグヌムを持ち,その内1つは2又となっている.本種群にはS. aprica Myerick,1913,S. crassella Walsingham,1891,S. astricta Meyrick,1913,S. ignominiosa Meyrick,1913,S. sycophaga Meyrick,1913,S. sycastis Meyrick,1917,S. ficivora Kasy,1973,S. ficipastica Bradley,1974,S. fusciumeraris n. sp.の9種が含まれる.1.Stathmopoda fusciumeraris n. sp.イヌビワマイコガ(Figs,1, 4, 6-10) 開帳12.7-19.2mm.前翅長6.0-9.3mm.胸部は黄色であり,前胸両側端に暗褐色,中胸中央後端に褐色の斑紋を持つ.前翅は黄色で,前縁は褐色.基部,2/5,3/4に褐色帯が走る.雄交尾器のエデアグスにはコルヌツスを持つ.雌交尾器のコルプス・ブルサエのブラとの接点付近に少数の小骨片を持つ.幼虫は寄主植物の隠花果に潜り,その内部や種子を摂食する.成虫は1-7,9-12月に発生する.本種はSugiura and Yamazaki(2004)によってStathmopoda sp.として扱われた種と同種である.分布:徳之島,沖縄本島,石垣島,西表島,与那国島;台湾.寄主植物:オオバイヌビワ,コウトウイヌビワ,ギランイヌビワ(クワ科).2.Stathmopoda aprica Meyrick,1913 ヒメイヌビワマイコガ(Figs 2, 5, 11-15) 開帳8.5-13.0mm.前翅長4.0-6.2mm.前種に似るが,前胸には斑紋が無く,中胸に黒褐色条が走る.前翅は橙色であり,前縁,基部,3/8,7/10に褐色帯が走る.前縁の条は太く,先端が2又となっている.雄交尾器のエデアグスにはコルヌツスを欠く.雌交尾器のコルプス・ブルサエに多数の骨片を持つ.本種はKasy(1973)においてS. astrictaと同種である可能性が指摘されていたが,頭部背面の色彩,雄交尾器のウンクス,グナトス,エデアグス先端の硬化部の大きさ,把握器基部のテグメンとの接点付近の太さによって識別でき,別種であることが確認された.成虫は2-3,5,7-10,12月に発生する.分布:屋久島,奄美大島,沖縄本島,石垣島,西表島,与那国島;スリランカ.寄主植物:不明.
著者
宮田 彬 YONG Hoi Sen 池田 八果穂 長谷川 英男
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.54, no.1, pp.47-67, 2003-01-10

この論文では鱗翅類の交尾形式を総括・整理した.鱗翅類が垂直面あるいは斜面で交尾する時の体位は,常に雌が上に位置し,雄は下向きに静止する.この現象を「雌上位」と呼び,同一種でも希に逆位つまり「雄上位」がある.「雄上位」は滅多に見られず,蛾類では「雌上位」が基本である.また尾端でつながり雌雄の頭が反対方向を向く交尾中のペアの翅が左右に傾斜し,典型的な場合胴部が屋根の下に隠れているので「屋根型交尾」と呼ぶことにした.もちろん翅の面積,長さが変化すれば胴部が露出し屋根のようでなくなるが,尾端でつながり雌雄が反対方向を向く交尾形式は広義の「屋根型交尾」とする.この場合,雌の翅が雄の翅を覆う「雌上翅」と,その逆の「雄上翅」があり,基本形は「雌上翅」である.しかし,翅の重ね方については雌も妥協的で「雄上翅」が時々見られる.屋根型交尾では,以上の2点を確認することが望ましい.また写真は必ず上下関係がはっきり分かるように撮影するべきである.わざわざ写真を横向きにして発表したと思われる例があるが困ったことである.次に屋根型交尾から由来する二大系列がある.一つは交尾中の雌雄の頭部が同じ方向を向く場合である.垂直面での交尾では両性の頭部はどちらも上を向く.これは食樹上の繭または茂みに羽化直後の雌が止まって雄を迎える場合で,雄は雌の側面から翅を背中で畳んで接近しそのまま結合する.V字状になるので「V字状交尾」と呼ぶ.結合後,雄が雌の腹面に回り翅を開いて静止すると「対面交尾」となる.V字状交尾から対面交尾に移行するためには雌雄の間に葉や枝など,夾雑物がないことが条件である.もしあればV字状交尾のまま交尾を終わる.この両型は,ヤママユガ科のほとんど全部とドクガ科,カレハガ科の一部で観察されている.またヒトリガ科の一部でも見られるかも知れない.第二の変化は,屋根型交尾の屋根の傾斜が翅の面積増大と胴が細くなった結果,屋根の勾配が次第に緩やかになり,ほとんど水平になった蛾類で見られ,「水平翅型交尾」と呼ぶ.シャクガ科,ヤガ科と蝶類で見られる.この型はさらに進むと背中で翅の表面と表面を合わせて閉じる「蝶型交尾」になる.シャクガ科では上の両型が一つの種または属で見られる場合がある.しかし種によってどちらか一型に落ち着くことが多い.ヤガ科のアツバ類には水平翅型交尾は見られるが,この科では「蝶型交尾」はまったく見られない.蝶でしばしば問題になる交尾飛翔は,雌雄が共同しないと成立しない.夜行性の蛾の場合,飛行が観察された例はない.はっきりと一方向へある距離飛んだことが分かっているのは蝶の一部と蛾ではオニベニシタバである.この蛾は昼間樹幹から樹幹に飛んだという.昼行性のカノコガやスカシバガ科は刺激されると雌雄が混乱し,強い側か強引に引っ張ることが観察されている.オオスカシバは右へ飛んだり左へ飛んだり,右往左往し一方向へスムーズに飛翔できなかった.蝶の交尾飛翔も無理に刺激し飛ばした報告が含まれているが,これはまったく無意味な観察である.もし蝶との間に距離をおいてじっくり観察すれば蝶は交尾中決して飛ばない.また雌雄が驚いて落下した場合,どちらかが少し翅を開閉したとしても交尾飛翔したとは言えない.蝶の交尾飛翔も本当に飛んだと言える例がどれほどあるか,再吟味が必要であろう.
著者
広渡 俊哉
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.48, no.4, pp.271-290, 1997-11-30
参考文献数
16

これまで,Adela属の種として日本からミドリヒゲナガA.reaumurella(Linnaeus)とケブカヒゲナガの2種のみが知られていた.今回,日本産Adela属の分類学的再検討を行った結果,A.nobilis Christophとされていたケブカヒゲナガは,独立種であることが明らかになり,A.praepilosa sp.nov.として記載した.さらに,2新種A.luteocilis sp.nov.(アトキケブカヒゲナガ:新称),A.luminaris sp.nov.(ムモンケブカヒゲナガ:新称)を見いだし,計4種が日本に分布することがわかった.なお,A.nobilis Christoph,1882は,基産地であるウラジオストク周辺のロシア沿海州などに分布し,おそらく日本には分布しない.Adela属は,♂の触角第8-9鞭節に特異な突起(hook-peg)を持つことによって特徴づけられる.日本産Adela属は,ミドリヒゲナガとそれ以外の3種にグルーピングできる.ミドリヒゲナガでは,transtilla側背面の突起がヘラ状で,ケブカヒゲナガを含む他の3種では,刺状.また,ケブカヒゲナガを含む3種では雌交尾器のvestibulumに顕著な板状の骨片(vestibular lamella)が存在するが,ミドリヒゲナガではこれを欠く.日本産の種はいずれも平地では4月下旬-5月上旬,山地などでは5月-6月に見られる.成虫はカエデ類の花などに集まる.Adela属では,♀に比べて♂の触角が長く複眼が大きいという性差が見られる,今回扱った種では,♂の複眼の大きさや触角の長さに種間差が認められた.複眼の大きさ,触角の長さは,それぞれhd/md(複眼の水平直径/複眼間の最短距離),al/fl(触角長/前翅長)で表した.Nielsen(1980)は,Adela属とNemophora属の種で,♂の複眼が大きいものはスウォーム(群飛)するものが多いとしている.実際,ケブカヒゲナガ.A.praepilosa sp.nov.の♂の複眼は大きく,スウォームすることが知られている.一方,アトキケブカヒゲナガA.luteocilis sp.nov.とムモンケブカヒゲナガA.luminaris sp.nov.では,♂の複眼は小さく,触角が長いが,これらの種がスウォームするかどうかは観察されていない.日本産のAdela属とNemophora属でスウォームしないとされているのは,現在のところクロハネシロヒゲナガNemophora albiantennella Issiki 1種のみである(Hirowatari&Yamanaka,1996).クロハネシロヒゲナガでは♂の触角が長く(al/fl:3.36±0.02),複眼の大きさに性差は認められない(hd/md:♂0.44±0.03,♀0.42±0.2).ヒゲナガガ科では,他個体の認識はすべて視覚によってなされていると考えられている.しかし,複眼が小さく,スウォームしないクロハネシロヒゲナガの♂は,単独で飛翔して♀を探索するが,この時視覚以外の感覚(嗅覚など)を用いていることも充分考えられる.今回,雄交尾器,特にvalva形態から,複眼が小さく触角の長いムモンケブカヒゲナガと,複眼が大きく触角の短いケブカヒゲナガがもっとも近縁であると推定された.従って,♂の複眼の大きさや触角の長さは,各種でおそらく配偶行動と密接に関係しながら独立に進化したと考えられる.さらに,これらの種では複眼が大きいと触角が短く,複眼が小さいと触角が長かった.ただし,ムモンケブカヒゲナガとアトキケブカヒガナガでは,複眼が小さいといっても♀よりは相対的に大きく,視覚で他個体を認識している可能性が高いが,その際,長い触角で嗅覚等,視覚以外の感覚を相補的に用いているのかもしれない.ヒゲナガガ科の配偶行動とそれに関わる形態の進化については,さらに多くの種で詳しく調べる必要がある.以下に日本産各種の形態的特徴と分布などを示す.A.reaumurella(Linnaeus,1758)ミドリヒゲナガ分布:北海道,本州,九州;ヨーロッパ.前後翅とも一様に暗緑色の金属光沢を有しており,日本では他種と混同されることはない.雄交尾器のtegumen後端の形態がヨーロッパ産のものに比べて異なっており(森内,1982),♂の複眼の大きさもヨーロッパ産のものよりやや小さいと思われるが,複眼の大きさは地理的変異があるという報告例もあるので(Kozlov&Robinson,1996),ここでは従来の扱いのままで保留した.A.luteocilis sp.nov.(新種)アトキケブカヒゲナガ(新称)分布:本州(長野県,岐阜県,滋賀県,和歌山県,奈良県[伯母子岳,大台ヶ原]).♂の複眼は小さく(hd/md:0.86±0.03),触角は長い(al/fl:3.33±0.14).♂の頭頂毛,触角間毛は黄色.♀の触角の基部約3分の1が黒色鱗で覆われる.雌雄とも後翅の中室端から前縁部にかけて淡色の斑紋がある.後翅の縁毛が黄色であることで,他種と区別できる.A.luminaris sp.nov.(新種)ムモンケブカヒゲナガ(新称)分布:本州(大山),九州(福岡県[英彦山,犬鳴山]).♂の複眼は小さく(hd/md:0.83±0.05),触角は長い(al/fl:3.63±0.21).♂の頭頂毛,触角間毛は黄色.♀の触角の基半部が黒色鱗で覆われる.雌雄ともに,後翅の中室端から前縁部にかけて淡色のパッチがなく,一様に茶褐色-黒紫色であることで,他種と区別できる.A.praepilosa sp.nov.(新種)ケブカヒゲナガ分布:本州,四国,九州.これまで,A.nobilisと混同されてきた.♂の下唇鬚は密に長毛で覆われる.♂の頭頂毛,触角間毛は黒色.♂の複眼は大きく(hd/md:1.87±0.17),触角は比較的短い(al/fl:2.27±0.16).♀の触角の基半部が黒色鱗で覆われる.雌雄とも後翅の中室端から前縁部にかけて淡色の斑紋がある.後翅の縁毛は茶褐色.雄交尾器,特にvalvaの形状から,ムモンケブカヒゲナガに近縁であると思われる.これまで混同されていたA.nobilisとは,valvaの形状の違いで区別できる.♂成虫はカエデ,コバノミツバツツジ,ユキヤナギの花の上でスウォームする.
著者
船越 進太郎
出版者
THE LEPIDOPTEROLOGICAL SOCIETY OF JAPAN
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.52, no.3, pp.157-162, 2001-06-30 (Released:2017-08-10)
参考文献数
11

1995年から1999年にかけて岐阜県谷汲村の神社拝殿で夏眠をするAmphipyra属6種,カラスヨトウA.livida corvina,ツマジロカラスヨトウA.schrenckii,オオウスヅマカラスヨトウA.erebina,シロスジカラスヨトウA.tripartita,オオシマカラスヨトウA.monolitha surniaとナンカイカラスヨトウA.horieiの個体数の変動を調べた.夏眠個体のカウントにおいてオオシマカラスヨトウとナンカイカラスヨトウの種同定は不可能であり,これらは同一種として数えた.この調査地点ではカラスヨトウが常に優占し,50m^2余りの小さな神社拝殿軒下に静止する個体数は多い時で248個体を数えた.その他の種はいずれも個体数が少なく,特にツマジロカラスヨトウは5年の調査期間に5個体しか出現しなかった.夏眠個体数は年によって,また季節によって大きく変動したが,最大個体数を示す年は,種ごとに異なっていた.東海地方におけるそれぞれの種の夏眠期間は,これまで調べられたようにほぼ決まっていた.また,岐阜市周辺の夏眠場所で1987年および1995年から1998年にかけてカラスヨトウを採集し,性を記録すると共に体重を測定した.カラスヨトウ雄成虫は,この属の他種には見られない触角のわずかな鋸歯構造で雌から区別できるが,夏眠後半の個体ではこの特徴が消失する(おそらくすり減るものと思われる).そのため全ての個体を二酸化炭素で短時間の麻酔にかけ,双眼実体顕微鏡により後翅の翅棘で性を確認した.体重は電子自動上皿天秤であらかじめ重量を計ったプラスチック容器に調査個体を移動して測定した.その結果,6月中旬から10月上旬まで,夏眠個体の雄と雌の比は,ほぼ1:1であったが,10月中旬より雄の個体数は減少し,雌の占める割合が増加した.また,体重は9月下旬までは多少雌の方が上回ったがほとんど差はなく,10月上旬になって明らかな差が現われた.その後,体重差は益々広がった.これらの現象は夏眠覚醒の季節とほぼ同時に始まっており,カラスヨトウ成虫に生理的な変化が起こっていることが明らかになった.カラスヨトウは夏眠期間中は,ほとんど光源や糖蜜に誘引されず,交尾行動も見られないことがこれまでの調査で確かめられている.覚醒の後,雄個体は交尾相手を求めて夏眠場所を離れ,活発に活動するためエネルギーを消費し,体重が激減するものと思われる.一方,雌は雄から精包を受け取り,卵が発育するために体重が増加するものと考えられる.しかしながら,夏眠期間中の体重維持や少し早めの体重増加などから,カラスヨトウ類は夏眠期間中も餌をとっていると推定された.
著者
大脇 淳
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.72, no.2, pp.25-28, 2021-08-31 (Released:2021-09-04)
参考文献数
21

The carcass of a female hairstreak butterfly Chrysozephyrus hisamatsusanus (Nagami & Ishiga) was found at the northern foot of Mt. Fuji, which is east of the current eastern distributional limit of the butterfly. I discuss the dispersal ability and potential of range expansion in this species.
著者
杉浦 真治 山崎 一夫 石井 宏幸
出版者
THE LEPIDOPTEROLOGICAL SOCIETY OF JAPAN
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.53, no.1, pp.12-14, 2002-01-10 (Released:2017-08-10)
参考文献数
10
被引用文献数
3

ゴマフシロキバガScythropiodes leucostola(Meyrick)(チョウ目ヒゲナガキバガ科)の幼虫が,ナラメリンゴタマバチBiorhiza nawai(Ashmead)(ハチ目タマバチ科)によってコナラの芽に形成された虫えいに穿孔し摂食しているのが観察された.これまで,虫えいを摂食するチョウ目では10科が知られているが,我々の知る限りヒゲナガキバガ科では初めての記録である.ゴマフシロキバガは様々な樹種の葉を食べることが知られており,これまで報告された多くのえい食者と同様,機会的えい食者であると考えられた.また,摂食された虫えいから,ナラメリンゴタマバチの成虫が多数羽化してきたことから,ゴマフシロキバガの幼虫による摂食が虫えい形成者に与える影響は少ないものと考えられた.
著者
広渡 俊哉
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.56, no.4, pp.311-329, 2005

ウスベニヒゲナガNemophora属は, 全世界に約350種(そのうち150種は未記載種)が分布するとされている.日本では22種が知られているが, 琉球列島からはアマミヒゲナガN. marisella Kozlov & Hirowatari, 1997の1種が知られるのみで, 研究は不十分だった.著者や大阪府立大学関係者, 沖縄の木村正明氏らが採集した材料を中心に検討を行った結果, 琉球列島産のウスベニヒゲナガ属に2新種2日本新記録種を含む7種を認めた.ヒゲナガガの成虫は主に昼間にシイ類の花などに集まるものを採集したが, 灯火採集でも多くの個体が得られた.特に, 2002年3月22日に沖縄本島北部の辺土名で木村氏らと日没直後の雷雨の中で行った灯火採集では, 沖縄本島に分布する4種が合計70個体以上も飛来した.本稿では奄美大島で1♀のみが採集されたギンスジヒゲナガを除いて, 各種の雌雄交尾器を図示・記載した.以下は, 琉球列島産ウスベニヒゲナガ属7種の特徴, 分布などの概要である.1. Nemophora ahenea Stringerコンオビヒゲナガ(琉球列島新記録)(Figs 1A-B, 4, 10A-C)中型(開張13-15mm).前翅は金色の光沢を帯びた赤銅-赤紫色で, 細い濃紺色の帯をもつ.前翅前縁基部と帯の両側は明るい青色の鱗粉で縁取られる.本種は琉球列島では八重山諸島(石垣島, 西表島)で採集されているが, 奄美・沖縄諸島では発見されていない.本土産(開張11-13mm)と比べてやや大型で, 前翅は金色の光沢が強い(本土産は紫色の光沢が強い), ♂前翅の紺色の帯が狭い, ♀の触角基部に黒色の鱗粉束をもつ, などの点で異なっているが, 交尾器の形態には顕著な差異は認められなかった.なお, 本州では♂が群飛することが知られているが, 琉球では群飛を観察していない.分布: 本州, 九州, 琉球(石垣島, 西表島);台湾.2. Nemophora tenuifasciata sp. nov.ウスオビコヒゲナガ(新種)(Figs 1C-D, 3A-B, 5, 11A-C)琉球列島産の本属中もっとも小型(開張11-13mm).頭頂部は♂♀ともに黄色.前後翅ともに細長い.前翅は弱い光沢がある淡褐色.前翅の白帯は不明瞭で変異が大きく, 白帯をまったく欠く個体も多い.ホソオビヒゲナガN. aurifera (Butler)に似るが, 小型であること, 前翅の白帯が不明瞭, 交尾器のバルバの形状など区別できる.シイ類の花で吸蜜, あるいは花の上を飛翔している成虫を採集した.分布: 琉球(奄美大島, 沖縄本島).3. Nemophora pruinosa sp. nov.リュウキュウクロヒゲナガ(新種)(Figs 1E-F, 3C-D, 6, 12A-C)小-中型(開張12-15mm)で, 前翅の地色は黒色で♂では淡黄色, ♀では白色の鱗粉が散布される.白帯の両側は黒色, さらにその外側は鈍い光沢のある鉛色の鱗粉で縁取られる.キオビクロヒゲナガN.umbripennis Stringerに似るが, 本種では♂の下唇鬚が短く短毛がまばらに生じる(Fig. 1N)のに対して, キオビクロヒゲナガでは♂の下唇鬚は長く長毛で蜜に覆われる(Fig. 1O)他, 交尾器の形態も異なる.♂成虫は, シイ類などの樹冠部の上空で群飛していた.分布: 琉球(奄美大島, 沖縄本島, 宮古島).4. Nemophora marisella Kozlov & Hirowatariアマミヒゲナガ(Figs 1G-H, 7, 13A-C)中-大型(開張14-19mm).♂では触角基部, ♀では触角の基半部が黒色鱗で覆われる.前後翅ともに幅広く, 前翅は光沢のない黒褐色で, 白帯は細い.奄美大島産に基づいて記載されたが, 沖縄本島, 八重山諸島(西表島)にも分布することを確認した.西表島産は, 斉藤寿久博士が採集した幼虫を飼育・羽化させたもので, 奄美・沖縄産に比べて小型(開張♂14.4-14.7mm, ♀14.9mm)で黒みが強く, 前翅の白帯は2♂では非常に狭く不明瞭(1♀では明瞭)であった.これが地理的変異なのか個体変異なのかは現時点では不明.分布: 琉球(奄美大島, 沖縄本島, 西表島).5. Nemophora polychorda (Meyrick)タイワンオオヒゲナガ(日本新記録)(Figs 1I-J, 8, 14A-C)大型(開張15-22mm).前翅は黄褐色で横帯は橙黄色.本種は台湾産の個体に基づいて記載された.台湾産はサイズが大きい(開張♂25-30mm)が, 琉球列島産は相対的に小さい.本種は奄美大島と沖縄本島で比較的普通で, ♂はさまざまな樹木の樹冠部やその周辺などで群飛していた.分布: 琉球(奄美大島, 沖縄本島);台湾.6. Nemophora magnifica Kozlovイナズマヒゲナガ(新称, 日本新記録)(Figs 1K-L, 9, 15A-C)前翅は暗褐色で, 前翅基半部にW型(イナズマ状), 基部2/3の前・後縁に三角状の淡黄色斑をもつ.中型(開張15-16mm).全種と同様に, 本種は最初に記載された台湾産(特に♂: 開張18-21mm)に比べて小さい.分布: 琉球(石垣島, 西表島);台湾.7. Nemophora optima (Butler)ギンスジヒゲナガ(琉球列島新記録)(Fig. 1M)琉球列島から奄美大島で採集された1♀(開張12mm)のみが確認された.前翅, 前・後縁に黒鱗で縁取られた銀色の短条線をもつ.本州産に比べて前翅の地色が濃い.分布: 北海道, 本州, 九州, 琉球(奄美大島).
著者
坂巻 祥孝
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.47, no.4, pp.243-265, 1996-12-01

Monochroa属は全北区で約40種分布することが知られている.このうちの6種が日本に分布することが最近になって分かってきた.今回日本産の本属標本250個体以上を観察し,更にヨーロッパ産の各種標本と見比べた結果,本邦から2新種を含む11種を見いだすことが出来た.2新種M.kumatai,M.pallidaのうちの後者は,Sakamaki(1993)でPaltodora cytisellaと誤同定されたものであるが,Sattler(1992)の取り扱いに従い,PaltodoraをMonochroaのシノニムとして扱った結果,本新種はMonochroa属に含むべきものであると判断された.また,4既記載種M.pentameris,M.leptocrossa,M.hornigi,M.divisellaが本邦より新たに記録された.これらのうちM.pentamerisとM.leptocrossaは本研究にて新たにAristotelia属より移動したものである.[属の特徴]Monochroa属は,Argolamprotes,Eulamprotes,Daltopora属などに近縁とされている.本属の雄交尾器はこれらの近縁な他属に比べて属内で構造の変化が著しいが,以下の形質を兼ね備えることで他属から見分けることが可能である.Valvaは先端に向かって細まり,その内面には多くの長い刺毛を備える;harpeは多かれ少なかれ丸く,膨らむ;sacculusは指状に伸長する;aedeagusには多くの細かなcornutiを備える.また各種の同定にあたってはFigs 9,11に示すようにlabial palpusや触角の色彩パタンも有用である.[各種の特徴]Monochroa kumatai n.sp.(新種)(Figs 1,7-A,9-A,11)クマクシラホシキバガ(新称)外見上labial palpusが末端節先端以外すべて黒いことで日本産同属他種から容易に区別が可能.本種はヨーロッパ産のM.inflexella,M.lutulentellaおよびM.elongellaに類似するが,単眼が消失していることでM.lutulentellaとは見分けられ,雄ならば交尾器aedeagusのcornutiがM.inflexella(0.05mm)より短くM.elongella(0.015mm)より長いこと(本種では0.03mm),雌ならばsignum上の尖突起が頭部側の縁に並ぶことで見分けられる.寄主植物は不明.北海道と本州に分布し,成虫の出現期は7月中旬から8月中旬.Monochroa suffusella(Douglas,1850)(Figs 7-B,9-B,11)イグサキバガ(新称)前翅の基部から前知長の2/3の前縁上に黒褐色の斑紋が現れることで同属の他種から区別される.本種は旧北区全体に広く分布し,日本でも北海道と本州に分布する.寄主植物はカヤツリグサ科のワタスゲ属(Eriophorum)とスゲ属(Carex)が記録されているが,今回新たにイグサ科のイ(Juncus effusa var.decipiens)も寄主植物であることが分かった.幼虫は春に寄主植物の茎に潜っており,成虫は6月中旬から7月に見られる.Monochroa subcostipunctella Sakamaki,1996(Figs 7-C,9-C,11)ニセイグサキバガ(新称)前種に近縁と思われるが,基部から前知長の1/3のSc脈上に明瞭な黒い斑紋が現れることで前種とは容易に区別できる.北海道と本州に分布.寄主植物はイグサ属(Juncus sp.)で幼虫は前種と同様に春に茎の中から見つかるが,成虫の出現期は,7月の中旬から8月の初旬である.Monochroa divisella(Douglas,1850)(Figs 2,7-D,9-D,11)(日本新記録種)アヤメキバガ(新称)前翅地色のcosta側2/5が麦わら色でdorsum側3/5が茶褐色に明瞭に分かれているという点で他種からの区別は容易.ヨーロッパから日本まで旧北区に広く分布し,寄主植物はアヤメ属(Iris spp.).幼虫は前年秋に寄主植物の葉に潜り,球根またはその周辺で幼虫越冬.翌年春に蛹化し,成虫は室内飼育では5月下旬から6月中旬に羽化.Monochroa cleodora(Meyrick,1935)(Figs 7-E,9-E,11)ウスキマダラキバガ外部標徴では次種との区別は困難.雌交尾器のductus bursae内に薄くキチン化した筒状構造があること,signum上の尖突起が先端で4叉していることで同属他種との区別が可能である.寄主植物は不明.本州,四国,九州に分布.成虫は7月下旬から8月下旬まで出現.Monochroa cleodoroides Sakamaki,1994(Figs 7-F,9-F,11)ヒメキマダラキバガ(新称)外部標徴では前種との区別は困難.雌交尾器のcestumは長く伸長し,前種のような筒状構造は無い.Signum上の尖突起は先端で丸く途切れることで同属他種との区別が可能である.寄主植物は不明.本州,九州に分布.成虫は6月中旬から7月下旬まで出現.Monochroa japonica Sakamaki,1996(Figs 8-A,9-G,10,11)ミゾソバキバガ(新称)前述の2種に酷似するが,前翅の地色が前述2種では白色であるのに対し,麦わら色から褐色であることで判別は容易.北海道,本州,九州に分布.寄主植物はミゾソバ(Polygonum thunbergii).幼虫は前年秋に寄主植物の茎に潜り内部を食害した後,その場で幼虫越冬.晩春に蛹化し,成虫は6月下旬から8月初旬に出現.Monochroa hornigi(Staudinger,1883)(Figs 3-A,B,8-B,9-H,11)(日本新記録種)ホーニッヒチャマダラキバガ(新称)次種に酷似するがBruun(1957)の雌の交尾器の記述に拠れば第8腹節の腹面に次種のような極端なくぼみがないことで区別できる.ヨーロッパから日本まで旧北区全体に広く分布する.ヨーロッパでの寄主植物はPolygonun属(Polygonum spp.).北海道の札幌で7月初旬に1♂が採れている.Monochroa leptocrossa(Meyrick,1926),n.comb.(新結合)(Figs 3-C,D,8-C,9-I,11)ウスイロフサベリキバガ(新称)前種に酷似するが雌の交尾器の第8腹節の腹面に極端な三日月型のくぼみがあることで区別できる.分布はロシア(シベリア)と北海道.寄主植物は不明.北海道の幌加内町と積丹町で7月に1♀ずつ採集されている.Monochroa pallida n.sp.(新種)(Figs 4,5-A,8-D,9-J,11)マエチャキバガ本種は,Sakamaki(1993)でPaltodora cytisellaと誤同定されたものであるが,更に多くの標本を得て,ヨーロッパ産のM.cytisellaと比較したところ,単眼が痕跡的になっていること,labial palpusの第2節に毛髪状に発達した鱗片群がほとんどないこと,前翅の地色がより薄く前縁の中央部から翅頂部に向けて不明瞭ながら,暗褐色の帯が走ること,雄交尾器aedeagusのcornutiがM.cytisellaよりも少なく30程度であることなどから,新種であると判断された.寄主植物は不明.北海道と本州に分布し,成虫は7月中旬から8月下旬に出現する.Monochroa pentameris(Meyrick,1931),n.comb.(新結合)(Figs 6,8-F,9-L,11)イツボシマダラキバガ(新称)本種は前翅に4-6個の暗褐色の斑紋が現れ,外部標徴による判別は容易である.寄主植物は不明.本州(奈良県と広島県)で6月下旬から8月上旬にかけて成虫が採集されたのみである.
著者
阿江 茂
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.12, no.4, pp.65-89, 1962
被引用文献数
1

(1)筆者は1957年から生物の種間の本質的な差を調査して,その分化の過程を研究するために,日本及び北米産のアゲハチョウ属を用いて,種間交配を行ってその受精率,ふ化率,羽化率,種間雑種の生殖能力等より種間の近縁度を調ペ,又種の差を形成している形質の遺伝様式を研究している.1957年度はロッキー山生物学研究所において,それ以後は南山大学において研究を続けているが,この研究の完成には長年月を要するので,中間報告としてこれまでの研究結果を要約した.(2)交配はhand pairing法により,採卵には螢光照明を用い,幼虫飼育には普通の飼育箱を利用した.(3)クロキアゲハ×ロッキーキアゲハ,キアゲハ×ロッキーキアゲハ,クロキアゲハ×キアゲハの3種の交配は種内交配と殆んど同程度の受精率,ふ化率等を有している.(4)1対のクロキアゲハ♀×ロッキーキアゲハ♂より78♂♂と1〓を得,2対のロッキーキアゲハ♀×クロキアゲハ♂から10♂♂と20♀♀を得た.成虫は殆んどクロキアゲハと同様で,♂♀共に生殖可能であった.(5)キアゲハ×ロッキーキアゲハの3対の交配から3♀♀2♂♂を得た.成虫は大体両親の中間となった.(6)クロキアゲハ×キアゲハの1対の交配から6♂♂3♀♀1〓を得たが,成虫は後翅眼状紋が両親の中間である以外は,ほぼクロキアゲハと同様であった.(7)アゲハ×キアゲハ,アゲハ×クロキアゲハ,アゲハ×ロッキーキアゲハの3種の交配では大部分の卵が受精し,過半数に近くふ化したが,得られた成虫はすべて小形で♂のみであった.(8)上記の3交配より得られた成虫数及び外見は夫々,11対より29頭(両親の中間)3対より10頭(クロキアゲハに似る),1対より5頭(両親の中間)であった.食草は主にセリを用い,第1第2の交配ではカラタチも用いた.幼虫,蛹は夫々大体両親の中間となった.(9)アゲハ×クロアゲハ,モンキアゲハ,オオガアゲハ,ナガサキアゲハの4種の交配は夫々数対又はそれ以上より卵を得た.受精率,ふ化率等は一般に非常に低く,最良の結果を得たアゲハ×オナガアゲハの交配でも,3令幼虫の終期に達したのみであった.(10)アゲハ×カラスアゲハ,ミヤマカラスアゲハの交配の受精率,ふ化率等も非常に低く夫々1令幼虫,2令幼虫で死亡した.(11)アゲハ×メスグロオオトラフアゲハの1対の交配の受精率は高かったが,ふ化したのは1頭のみで蛹期で死亡した.幼虫,蛹は小形である他はメスグロオオトラフアゲハと同様で,食草にはユリノキを用いた.(12)モソキアゲハ×クロアゲハ,シロオビアゲハ×クロアゲハ,シロオビアゲハ×モンキアゲハの3種の交配では,大部分の卵が受精し過半数がふ化したが,得られた成虫はやや小形ですペて♂であった.(13)上記の3交配より得られた成虫数及び外見は夫々,5対より1 頭(両親の中間),1対より4頭(両親の中間),1対より18頭(シロオビアゲハに似る)であった.幼虫,蛹も大体両親の中間であって,食草は主としてナツミカンを用いた.(14)ナガサキアゲハ×モンキアゲハ,ナガサキアゲハ×オナガアゲハ,オナガアゲハ×クロアゲハの夫々1対の交配は,夫々蛹期(2頭)蛹期(1頭)5令幼虫期(1頭)に達した.(15)カラスアゲハとミヤマカラスアゲハの1対の交配からほぼ両親の中間となった2♂♂を得た.幼虫の食草にはイヌザンショウを用いた.(16)カラスアゲハ×クスノキアゲハの交配で2個の受精卵を確認したがふ化しなかった.(17)カラスアゲハ×モンキアゲハの健全な5対の交配から得た189卵のいずれからも発生開始を認め得なかった.(18)キアゲハ,クロキアゲハ,ロッキーキアゲハは互に非常に近縁と考えられるが,ロッキーキアゲハの1化性が雑種において複雑な遺伝様式を示すものと思われ,顕著な逆交配の差を生じた.(19)アゲハは上記の3種に対して非常に近縁ではなく,種間交配の点からアゲハをキアゲハ群の典形的な一員とすることは出来ない.(20)アゲハと"ク口アゲハ群"は幼虫の色彩が類似しているが,その関係はアゲハとキアゲハ群の間の関係よりはるかにはなれている.
著者
宮田 彬 池田 八果穂 長谷川 英男 藤崎 晶子 揚 海星
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.53, no.1, pp.27-44, 2002-01-10
参考文献数
6

日本鱗翅学会自然保護委員会の提唱を受け入れ,1998年から2000年の3年間,大分市富士見ヶ丘18-16の宮田宅の庭で継続したチョウ観察の記録を再検討した.3年間に合計50種のチョウが記録されたので,それらのチョウの記録時の状況と個体数の多さの程度を,(1)年間の延べ出現日数と(2)半月毎の個体数の多さを表す3段階評価法の二通りの方法で示した(第1表).その結果,今回著者らが採用した方法は,ルート・センサス法と同様チョウのモニターリングの有効な一方法として推奨出来るという結論に達した.この方法では一定の観察場所として個人の庭とその庭から観察可能な数メートルほどの外側を含む地域を決めた.しかし一定の観察時間は設けず,たまたま在宅し,庭へ出たりあるいは庭を見たときに見かけたチョウの記録を随時取ることにした.もちろんチョウを見た時間,その時の天候,個体数,チョウは何をしていたか等を参考のため記録しておく.通常,サラリーマンの場合,観察時間は朝夕の短い時間と週末の休日,祭日だけに限定される.その休日も様々の事情で必ずしも在宅出来るとは限らない.忙しい時は帰宅時間も遅いし,休日も一日中家を空けることが多い.しかしそのような状態でも年間を通して記録を継続した.3年間の記録を調べて見ると,確かに休日にチョウを見かける機会が圧倒的に多く,もし休日がまったくないとすれば記録される種類数は著しく減少することが予想される.とは言えどんなに忙しい身でも休日の朝は少し遅く外出する場合が多く,午後も少し早く帰宅することが多い.そこで休日の場合,どの時間帯にもっともチョウが多いか検討してみた.夏の観察では,7-12時の午前中にその日記録されたチョウの70-100%が飛来した.しかも8時から10時までの2時間に多くの種類が現れるピークがあった.そして午後の暑い時間帯はチョウの個体数が著しく減少する中休みがあり,夕方,4時から4時半に再び多くのチョウが飛来する時間があることが分かった.このようなことを少し考慮して,休日の外出を朝10時少し前まで遅らせる事が出来るならば,夏のチョウはだいたい漏らさず記録可能であることが分かった.また午後5時までに帰宅して観察を再開すればさらにいくつかの種が追加されるかも知れない.以上のようなことを少し意識して休日の観察可能な時間を設定するならば,昼間別の場所で働いている多忙な人でも庭のチョウの観察運動に参加し重要な役割を果たすことができる.むしろ断片的な記録を全国的に集積することによって見えてくることがあるに違いないと確信した.チョウのモニターリングに多くの人が参加することを期待したい.