- 著者
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柴谷 篤弘
- 出版者
- 日本鱗翅学会
- 雑誌
- 蝶と蛾 (ISSN:00240974)
- 巻号頁・発行日
- vol.43, no.1, pp.23-34, 1992-03-30
日本各地のミドリシジミ類については,各種について特異的な領域占有性活動時期が明らかにされている.そのいちじるしい特徴は,同時同所では通常一つの属のなかで2種またはそれ以上が活動することが見られないということである.例外はハヤシミドリシジミがウラジロミドリその他と共に活動することであるが,これらの2種では,領域占有性は弱いようである.日本海の対岸にも, Favoniusを主とするミドリシジミが多く分布し,日本に産しないものも近年記載されている(F. korshunovi Dubatolov & Sergeev, 1982 ; F. macrocercus Wakabayashi & Fukuda, 1985 ; F. aquamarines Korshunov & Sergeev,1987). 私は1988年夏沿海州の昆虫調査に参加して,いくつかの地点でFavoniusの活動を観察することができた.その一部は直接の採集によって同定することができたが,他は高い木の梢をめぐる飛翔のため,確認・同定ができなかつた.しかし飛翔の特徴,大きさのほか,時おりの卍飛翔によって,それらがミドリシジミ♂の活動であることは確実と思われる.この報告では同定した種についての観察結果を表2に示し,またそれに部分的にしか含まれていない観察を,図2-6に示した.後者は,ウスリースク北方20kmのGornotayozhnaya山地林業試験場附近(標高約170m)で2日間にわたっておこなった定点観察計数の結果である.その場所の写真は図1と図7に示される.ここでは大部分のFavoniusらしいチョウの計数は,直接採集によって確認したものでなく,理論的枠組みのなかでの解釈の可能性を与えるにとどまるものである.この結果を通じて,沿海州でのFavonius♂の日周活動は,日本での観察結果とほぼ一致することがわかった.とくに日本に産しないF. korshunoviと思われる種類で,日本のエゾミドリシジミF. jezoensis (Matsumara,1915)と同様,16時(日本時間)前後に活動することがわかった.この点で午前に活動するといわれるF. macrocercusとは別種であるようにおもわれる.ほかに, Gornotayozhnayaで早朝9時-11時(夏時間;同経度の日本時間にして7時-9時)に活動する未同定のミドリシジミがいるらしいことを見た.ほかにオオミドリ,ジョウザンミドリ,ハヤミミドリ,ウラジロミドリについては,日本の活動時間とほぼ一致するが,ジョウザンミドリは日本のものよりすこし遅れるようである.いずれにしても2種のFavoniusが同時同所で領域占有飛翔をするという積極的な証拠は見られなかった.Gornotayozhnayaの観察では, Favoniusのほかにすべてのチョウの定点での活動を記録し,図2-6にその結果を示した.この場所は尾根のモンゴリナラ林に沿った切りひらきで,特にチョウの多いところではないが,ここに示した結果で見ると,日本における選ばれた径路でおこなった最近の観察例よりも,明らかにチョウの数が多いことが示された.観察地点を離れた,流れに沿った平地では,チョウの数ははるかに多く,ソ連邦での観察例(Belyaevほか,1989)と比較しても,沿海州のチョウの個体数・多様性は,日本の標高の低い都市付近の緑地で一般に見られるよりは,ずっと高いと考えられる.この報告は,日本で知られていることを,立ちいって書きこんでいるが,これはもちろん海外の研究者に対して,同様な観察をよびかけるためのものである.日本で蓄積してきたこのような観察が,アジア各地はもとより欧米各地の報告にも見られないことは,「観察」が,理論負荷的であること,つまり結果を先どりする理論によって観察が生まれること,そしてこの理論は,うたがいもなく今西錦司によってはじめられた「棲みわけ」理論が,チョウの「飛びわけ」概念に拡張されたためであることを示唆する.これを今西理論が日本の生態学に正の寄与をしなかったのではないかとする,最近の論調のなかでどう評価していくかは,今後の発展次第であろう.