- 著者
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杉森(秋本) 典子
- 出版者
- 社会言語科学会
- 雑誌
- 社会言語科学 (ISSN:13443909)
- 巻号頁・発行日
- vol.11, no.1, pp.103-115, 2008-08-31
第二次世界大戦敗戦後,天皇への新聞の敬語が簡素化したことが先行研究により指摘されている(渡辺,1986;西田,1998).本稿はこの変化が二十世紀全体からみるとどれほどの変化だったのか,また,その変化はどうして起きたのかを探る.まず朝日新聞(二十世紀に発行部数が全国一である年が多かった代表紙)を使い,二十世紀の天皇への敬語の主な変化を概観する.そのために,(1)毎年の天皇誕生日の記事のパラ言語的な分析として,記事を構成する要素(テキスト,写真,書道)などの大きさを字数に直して測り,敬語の出現率,そして頻度を調べ,占領初期から敬語の形態素の出現率と頻度が減ったことを示す.敬語の簡素化については,社会変化に伴う国民や新聞社の独自の判断(竹内・越前谷,1987),占領軍の検閲による削除(江藤,1994),宮内当局の要求に新聞社が妥協した(松浦,1984)などと様々な説明がされてきた.しかし,その変化のメカニズムを新聞の言語使用決定のプロセスから解明しようとする研究はまだされていない.そこで,本稿では,その変化が起きたプロセスを次の2点から探る.(2)天皇・皇族についての記事の,検閲に出されたバージョンと出版になったバージョンの比較.(3)新聞の言葉遣いに影響を与えたのではないかと思われる人々(米国と日本の検閲官他)への聞き取り調査.これらを調べた結果に基づき,本稿では,天皇・皇族への新聞の敬語は占領軍の検閲方針によって減らされたのではなく,新聞関係者と日本人検閲官独自の判断によって簡素化された可能性があることを論ずる.