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投稿一覧(最新100件)

[Jカーブ] "Stockwellら は、87件の研究をレビューで、病気による禁酒を考慮していない研究を除外したところ、適量の飲酒による寿命への利益は認められなかったという報告をおこなった" →引用された研究は2016年のもの、と
"読むだけでもその貴族主義は明らか""モンテスキューの思想もこれを無視しては理解できない。だが,ヴォルテールやダランベール,…ルソーがこうした側面に目をつぶるのはどうしたことか" →フェヌロンについて。
"時事クイズ部分については全て正解しているにも関わらず、北朝鮮についての通俗的な誤解を未だに持ち続けている回答者が多く存在することが判明したのである。" →クイズ(北朝鮮と国交を結ぶ国の数)
"政治の次元を語らざるを得なくなる。""そこで構想される共同體が家族関係のモデルを取ることや、女性の他性を縮約するという點において、レヴィナスも他者を直別し利用する政治を免れていない" →ここも重要
"材料を集め (…漢城や釜山などの足場の良い拠点の取材であっても),記事を書くというこれまでのようなスタイルがしだいに放棄され,大本営掲示を中心として紙面の多くを埋めるようになった" →まさに大本営発表
"民族自覚運動の促進につれて、修験道の …苦行性・宗教性が評価され、総力戦とナショナリズムの時代 、日本型ファシズムが推進される中で、修験道は武士道や尚武の風潮 に通ずるとして称揚され" →興味深い。
"飢饉が大きな誘因となる。疫病が蔓延し、病人が増加すると、田地が荒廃し、次なる飢饉が引き起こされるという悪循環""律令国家の極端な農本主義は、この悪循環をより深刻化させる構造的障害" →面白い
"書翰の文章スタイルの洗練ぶりと内容の虚飾ぶりとは、比例していたように感じられるからだ。具体的にいえば、文章が対偶や典故を多用すればするほど、内容もたてまえふう発言がおおくなってきて" →だろうなあ。
"前・占領期を含む沖縄の平均寿命の年齢構造" →戦前・占領期の沖縄の乳児・新生児死亡については、届け出漏れが多く信頼できないことが、生命表を作成した当人をはじめ、専門家によって指摘されてきた、という内容
"上海での日本語熱の高さがあったと伺えるが、""「私利」の背景には個人の力ではどうにもできない大きな力があり、その下で生きていくための手段が日本語学習であった" →「日本語ブーム」の裏側。
"軍人の政治化を抑制あるいは禁止している制度として、戦前日本には、倫理規範としての軍人勅諭と、陸海軍刑法くらいしかなかったこと""五・一五事件に関する陸軍側の文書は、この点を衝いて" →大日本帝国の欠陥
"「国民基礎生活保障法の受給条件は資産,扶養義務などの条件が厳しく,受給が困難」という背景が""フードバンクによる食品などの現物給付が国民基礎生活保障手当の代替もしくは補完という位置づけ" →韓国の例
"ハリスは、「日本人のオランダ語の知識は不正確である。彼らの知っているオランダ語は貿易業者や水夫の話すような言葉であり そのオランダ語は 250 年前のものであるばかりでなく、主題も上記の範囲に限られ" →幕末
"神宮と仏教の接触を禁忌することが重要視されている、ということである。神宮という祭記空間が仏教と接しなければ、祭主や禰宜が個人として仏教を信仰することに対しては許容されていたのだと考えられ" →興味深い
"このC査読者は、本論執筆中の現在でも学会長の地位に留まっており、のみならず、心理学関係の学会の連合体の中でも、重要な役割を担ってきた。このことは、心理学全体の信頼性への疑問材料ともなろう" →恐怖
"都市化がさらに急激化したこの時期の東京で,その負荷の影響を深刻に受けたのは,貧困層ばかりではなかったことは,腸チフスが富裕層の多い山手地域での蔓延がとくに深刻であったことから推察される" →病気と階層
"江戸期の日本で,養生書において入浴について重視されていたのは気の流れであり,熱い湯を浴びることは望ましくないとされ""明治期の入浴及び公衆浴場をめぐる言説を見ると,明治30年以降に大きく展開" →なるほど
"戦後においては,タイは日本の主要な経済的進出先となった事実が,戦後日本の長政像にも反映""タイ側から見れば1930年代の日本との交流によって,初めて山田長政の存在が知られるようになったに過ぎず" →興味深い
"肥効成分と考えられた人糞中のアンモニアが大気中へ飛散し、人の健康を害すると考えられるようになり""運搬や貯蔵を容易にする狙いもあって、人糞に硫酸を注いで…固定する乾糞製造が、明治9年" →論文。
"安易な当事者至上主義にも、単なる…実証主義にも陥らない…バックラッシュに耐えうる…歴史叙述""多様な…研究分野の研究者が参入できるように 一次史料の整理、公開を促進し…ていくことが必要不可" →アツい言葉
"『孝経』は親孝行を勧める話だと思われていますが,『孔傳』という注釈は,親が子供に好くしてやらなきゃ駄目だよ,と言うのであります。これは,非常に興味深いことです。" →たいへん興味深い。
"建康が膨大な北来流民の集積地であると同時に、軍事都市としての性格が濃厚軍事都市としての性格は、南朝時代になり、国軍体制が中央軍を中心としたそれに再編されるなかでますます顕著と" →東部ユーラシア視点
"「満洲国」から輸入されたナチ阿片の一部は、日本軍政下の南方占領地に輸出され、大戦末期にはドイツ滞貨として日本にも引き渡され""大戦終結まで「満」独日間で活発に取引されていた" →アヘンでつながる絆
"安部磯雄…京釜・京釜鉄道を韓国政府や韓国の会社にいずれ譲り渡すべきであることを主張し、 「これが真の独立扶植""1905年の段階では、…『東京二六新聞』ですらも…強硬な論調に" →世論の変貌ぶり
"戦争時における上層ホワイト死亡リスクの低さと農業の死亡リスクの高さが確認できた。偏りがあるデータであったとしても、職業階層による死亡リスクの違いが見られた。また学歴についても影響が確認でき" →やはり
"戦後のインタビューに依拠した兵士研究が強調するところの「戦友の絆」なるものが実は時間の経過とともに美化された記憶の産物であり、 同時代に書かれた軍事郵便の内容とは必ずしもそぐわないことを指摘" →書評
"第二次護憲運動は政党内閣の成立をもたらしたが、これによって政党の政権交代の基準についての明確な共通認識が政党間に形成されたわけではなく、むしろその点を棚上げすることによって、護憲運動は成立" →脆弱性
"企業勃興期、東西両京間幹線鉄道が難航するなか各地で鉄道敷設計画が起きると…海運を前提としない官設・私設双方の鉄道の連接による全国的な輸送網の形成を図る政策へと転換" →政策転換(1886年)
"変革を遂げるのは彼ら朝鮮人であって,在日朝鮮人の生を規定している社会関係の変革は視野に入っていなかった.こうした主体像は,差別的関係を隠蔽する作用を伴ってもいた" →「心理化」で見えなくなったもの。
"明清時代を通じて「朝貢から互市へ」という通商秩序の長期的変化が""ただし15世紀前半の「朝貢貿易体制」の最盛期と, 18 世紀前半の「互市体制」の成立期までは,300 年近いきわめて長期の移行期が" →まとめ
"イギリスの製造業者は,産業革命期どころか,19世紀の中ほどにいたるまで,マーケティングや金融において,一貫して商人資本に対して,従属する地位,劣位におかれていた,という" →英国における製造業
"インドにおける「スペイン風邪」(1918年)なぜインフルエンザの死亡率がそれほど高かったのか?" →大戦下のインフレ的状況で飢饉が起こり、そこに悪性のインフルエンザが襲う。しかも公衆衛生思索が欠如(特に農村)
"「社会的なもの」を中間団体によってカバーするわけですが、そこでの中間団体は、できるだけ大きいものが良い、全国的な連合組織が良い、広く薄いクールな繋がりが良い、と考えられていました。" →ここが面白い
"満鉄がその業務の一環として調査…研究を遂行したがために,従来の一部の研究の想定とは異なり,……統計についても十分な訓練を経ておらず,調査の方向性と方法論も統一性が欠如" →満鉄調査部の実態
"自分の業績を大きく言いたい人物であったが、シーボルト事件の後も日本に残り、せっせと資料を送ってくれるビュルガーの業績も、ほぼ自分のものとして、抹殺している""現代的に言うなら研究倫理に悼る" →ひどい
"小林らの用いた方法は、「学問的」なそれとはいえない。自らに都合のいいように「決め付け」、議論を「すりかえ」て反論のための反論に終始したことは、本稿が明らかにしたところ" →ボロクソ(いいぞもっとやれ)
"昭和 21(1946)年…調査""5020の市町村のうち「正月を新暦で祝う」のは43.6%(2192市町村)。新暦正月と旧暦正月をともに祝っているのは14.0%(703市町村)。「旧または一箇月遅れ」を採用しているのは41.3%" →旧正月強い。
"戦前、少年たちが廣瀬武夫像を磨いたように女性裸体像を磨くことになれば、それを命じることそのものが「セクハラ」に当たってしまう。結局、設置後の女性裸体像は…「厄介」な存在となってしまう" →厄介化
"選択は…そして、選択する個人を取り巻く制度と日常における中間集団からの影響の中で行われたが、副反応被害に対しては被害者自らが治療と救済を求めなければならなかった。" →まさに個人化する「選択と責任」
"暴動の第一段階の特徴は市民の「怒り(anger)」の発露""怒りの矛先は、警察による不当で差別的な取り締まりや、若者の貧困に代表される社会的・経済的な不平等など" →本題ではないがとても重要。
"遵法精神を醸成するためには、むしろ法に対する批判的・反省的態度を培う必要がある。ルールに志向する態度が社会に根づくためには、法批判をも含む公共的議論という迂路を経なければならないのでは" →ふむ。
"占有権原と住民登録とを区別し、住所を土地の占有と接続させない認識を持てばよかった""住所を認めることは、公園の不法占拠にお墨付きを与えることではない。""野宿生活から脱却するきっかけを与えるもの" →これ
"正確さを欠いたプロセスにより,ワクチンを接種する意味やリスクについての十分な情報開示と知識を国民に与えることのないまま,国民の健康とは無関係の利害に基づき実行されてきた事実" →書評。
"ヒトラーによる「親密さの専制」は…ナチ体制においても市民的価値観が連続性を保っていたこと,それどころかこの価値観こそナチズムの基盤にほかならなかったことを示している" →"親しみやすさに気を付けろ"
"<体育会系>就職の性差は,制度的にも文化的にも性別役割分業の反映と写り…既存の構造を補完・維持する機能を果たしているようにも見受けられる""<体育会系>就職は,スポーツによって異なる環境にある" →興味深い
"内田教科書が先鞭をつけられた引用を切り落として描くというやり方""益々悪化し、引用しない教科書が増えている事態""星野博士や、一世代前に引用の仕方で怒っておられた川島博士は、どう思われるだろう" →批判。
"海洋における海洋の秩序の管理と維持については,依然として旗国主義が原則""ただし,船舶と旗国の関係の希薄化とその結果として……沿岸田や寄港国の管轄権も一定限度認められ" →2010年の論文
"制服組の案とて三幕の力関係や新規装備導入の思惑等から…策定過程で千変万化するのが常態""具体的な防衛力整備や防衛政策において 「軍事的合理性」なる独立した思考や領域は存在し得ない と評者自身は考え" →うむ
"職業訓練校においてもシティズンシップ教育や憲法・労働法の教養を教えることが重要であるとか,現在の18歳時点における階層間格差と奨学金問題を批判するような…立場すら…ほとんど見られない" →有識者()会議
"文部科学省は、外国語活動開始時期引き下げについて肯定的なエビデンスをまったく示していないが、本研究結果はむしろその有効性を否定するエビデンスを示したことになる。" →まあ、そうだよなあ。
"この時期は「日本独自の学問」と称すると、政府の受けが良かったのである。そして、京大もその流れに乗って、予算増額の恩恵を蒙った。""京大生もまた、魅力的な就職先として満洲国に期待" →京大と満洲国
"岡部自身は戦争に批判的であったが、岡部の活動は戦争協力以外の何ものでもなかっ""戦時中、スポーツは国外では文化工作の手段として正当化されたが、国内では戦争への貢献を通じて正当化され" →スポーツと
"WHOや米国CDCのインフルエンザ予防ガイドラインはマスク着用よりも手洗いを重視しているが、これは両者の予防効果のエビデンスレベルの違いを反映させたものである" →マスク常時徹底使用、そりゃ難しいもんな。
"社会事業導入前の明治末期に公布・施行された「特殊救済法案」による救済へと逆戻りした感は否めない。つまり国家は一般の生活困窮者としての救済を退けるという意思を前面に押し出したのであった" →戦時下の帰結
"非一貫的に見えるファラカンの姿勢は、これまでまとまることのできなかったブラックナショナリストたちを一つにし、相互に協力しあえるようにするうえで必要だった。" →ルイス・ファラカン。興味深し。
"他者からの隔絶性、つまり『異邦人』において主人公が他者認識に至ることができないという状況は、主人公の手が他者の手と非接触であるという様相を伴い提示されていることが明らかになった" →面白い。
"米国の「核の傘」の確保を優先することに対する苦渋や逡巡の色が、佐藤の発言に微塵も見られない""米国の「核の傘」を受身で受け入れるのではなく積極的に「核抑止」に依拠していた日本政府" →平和賞はく奪はよ
"これに比べて対策の実施により水質環境改善の恩恵を受ける側がその費用の一部もしくは全部を負担する、という受益者負担原則(Beneficiary Pays Principle)が適用された例は、少なかったといえる" →Beneficiary Pays Principle
"アメリカはソ連が参戦する前に原爆によって単独で日本を降伏させられるということは考えていなかった""しかし…原爆の対日使用において対ソ的な要因があったことを本書は否定していない" →2015年の本
"…現在では14世紀の構造やタイル装飾を復元後の形態から識別する事は困難を伴う。""600年という年月を経てきた歴史的構造物に、現代技術で復元を行う事の意義が本来であれば間われるべき" →サマルカンドの例
"慶喜が目指したのは、ナポレオン帝国であり、自らがナポレオンになることだった。しかし…天皇親政が決定的になって、慶喜のもくろみは大きく外れた。ナポレオンになったのは明治天皇" →近世史とナポレオン
"「ペリーの白旗」"  →ペリー側は、「訪問可能」の意として白旗の意味を説明したこと(*通常は「降伏」の意であることも説明済)、幕府批判側が「白旗」の件を幕府批判宣伝に利用したこと、等。
"見たくない歴史的事実に触れずにその被害者的美しい側面だけを描き、せめてもの語られぬ記憶への慰めとしたいという、後の引揚者の子世代の心理的な空白に、かっちりとはまったのがこの作品" →厳しく的確な批評
"差別や貧困や社会的排除に苦しんでいる人々をただ愚弄し、イスラーム社会への偏見を煽ることのみが目的のように見える。"社会的弱者に向けられる悪意の表現は、嘲笑のための表現にしかならない" →「笑い学」の視点
"「口頭の音声」…によってテンポよく議論が進む哲学などあり得ない""ディレンマを,疑問を持つ猶予も与えられずに,どちらが正しいのか判断せよと一方的に強制" →この点、著者の反批判は、あまり成功していない
"「エマニュエル・トッドを囲んで」(2009年10月16日)" →過去の植民地支配との関連(への不言及)、家族システムの歴史的変化の可能性、トッドの著作間で一貫性のなさが見受けられること、などについて。
"和歌森太郎の歴史教育の構想" →和歌森が提示した日本史のイメージは民俗学の影響を受け、それが村や町に埋め込まれた特殊な様相を普遍的な要素へと変え、結果、日本国民を単一民族として表象する結果となった、と
"『…園隨筆』に見える徂徠の「道」が哲學者として理解した「道」であるとすれば、後期の作品に見える「道」は政治家として理解した「統治の道」""徂徠のこの思想の變化は…伊藤仁齋の影響が大きい" →荻生徂徠
"状況が変化すれば容易にそれを放棄できるような信じ方でしかなかったのではないか。""「絶対的な天皇信仰」というよりも,むしろどこまでも状況に追随できるような信仰態度であったというべき" →ありそう。
"出雲言葉""近所の人が電話機を指差し「かーかかーか」と言うと、店の人が「かかー」と答え、その後、店の前にあったバイクを指差し「かーかかーか」と言うと、店の人がまた「かかー」と返事したのを聞い" →面白い
"These results provide partial support for the theory of universal, prototypical facial expressions for basic emotions but suggest the possibility that the theory may need to be modified based on empirical evidence." →ポール・エクマンの理論について。
"「おおやまと」古墳集団とは出自を違える継体政権の登場により,ヤマト王権は,古墳時代後期に広大な生産基盤と複数の支配拠点を確保することによって,ようやく広域支配を実現したと考えられ" →ということらしい
"温情主義…にもとづく救貧法擁護論""私的慈善も救貧法による救済も温情主義にもとづいていたのであって、後の福祉国家はこうした温情主義の延長線上ではなく、それを超えたところに成立したと見るべき" →せやな
"ミクロ視点と言っても立地自治体レベルでの考察であり、その分析は自然村レベルには及んでいない。「普通の生活者」に行ったインタビューの扱いにも疑問が残る。""今度は生活/葛藤という二分法" →例の本について
"以上,マイタケ中に未知の新たなプロテアーゼが存在することを見出し,また,卵白の加熱凝固阻止作用についてはマイタケ中のプロテアーゼが共同で関わっていることが明らかにされた。" →マイタケの秘密。
"同郷の兵士が意味のない死を遂げたということは堪えられないことであり、それゆえ“郷土”は一致して…それは後に続く兵士たちも同じように死ぬことを正当化ー強要してやまなかった" →死を正当化するメカニズム
"離死別後もネットワークからの排除の確率が低下するわけではないとの結果を考慮するならば,結婚は配偶者との関係悪化によって社会的孤立を招くリスクを伴うものだといえるだろう." →結婚はリスク(極論)
"欧米諸教会と関係を持っている教派教会がスパイ的利敵行為を行うのではないかという「防諜」…""無教会や独立教会の集会は…泳がせておいても差ほど影響力をもたない…,という外的要因も" →身もふたもない
"ダメージを被っているのは、皮肉にも、まさにこの省略されがちな「自由」(自由主義と立憲主義)の部分""多分に漏れず、ラテンアメリカの民主制もとくにこの「自由」の部分に問題があり" →ラテンアメリカの民主制
"かれらは現在の社会体制を疑うことはあまりなく,社会の問題や社会の矛盾に気がつきにくいナイーブな存在でもある.また体育会系学生の文化資本は,他の学生よりも相対的に低かった." →文化資本
"もちろん平仮名ばかり。平仮名も変体仮名が多く、続け字で、読みにくい上に、言葉の中味も七、八ツの子に分るはずのないものですが、ただ夢中で習いました。(『武家の女性』…" →青山千世(山川菊栄の母)の証言
"「…百姓の一日の食費代は、四銭五厘だと言われ…、いかに商品価値の低い粗食で生きているかがわかる。こうした百姓にとって、二十銭で酒二升と、うどんで満腹できることが、楽しい宴会であるのも当然だ」" →食事
"明治5年には人口2,000人の村に190人の疎外者がいた。昭和35年には男2,女1となつて今や絶滅に瀕しているが,このような社会からの疎外者はどんな人間になつているかを検する機会を得た" →戦後にはほとんど絶滅していた
"都市貧困層は,生活水準の上昇により,白米を常食化するようになっていた。だからこそ,米価の急騰に耐えられなくなり,米騒動に立ち上がったのである。" →米騒動と食生活の変化の関係について
"理論的に,都市で健康を害したものが,農村で死亡するという構図は,速水融による,「都市奉公経験者は,未経験者よりも死亡率が高い」という…発見に共通""むしろ蟻地獄説を肯定する" →都市蟻地獄説について
"エマソンの言葉はしばしば変形を蒙ることがあるばかりでなく、本来エマソンの言葉でないものまでも「エマソンの箴言」ということにされ、そうした出典不明のエマソンの言説が大量に" →歴史修正界隈あるある。
"要するに、ヒルが作り上げたカーネギーの「成功哲学」云々というのは、すべてヒルの自作自演なのだ。世紀のベストセラー『思考は現実化する』は、ある意味、稀代の詐欺師の著作" →ナポレオン・ヒル
"井戸掘削は手堀で用水路は蛇籠や柳工法という日本でいえば江戸時代の治水技術""その理由は、外国人である日本人が去った後でも地元の人々が自分達で修復やメンテナンスできるように考えて" →適正技術的な。
"当時、日本から輸出された大正琴は日本人の手で売られたのではなく、当時の商業経済を担う華人たちの手から各地の人々に渡っていった可能性が高く、華人からこの地域の人々の手に大正琴が渡ったと" →なるほど
"事業の成功あるいは高収入であることは、神から選ばれていることの証である。神が見捨てた隣人に、もはや救いの手をさしのべる義務はない。" →「プロテスタンティズム」、臣民道徳感があるな(素朴な感想)
"政策の方が「周りの光田派の医師を囲い込み」であり、人道でない扱いが先行""光田自体は非常に魅力のある医師ではなかったのではなかろうか。" →この論調なら、ワタミだって「魅力のある」経営者だろう。
"朝鮮における治安維持法の悪法性が日本国内以上であったことは,容易に推測できる。""「満洲国」治安維持法体制の運用に関わった司法官は,日本の戦後の司法機構に舞い戻った。" →重要事項。
"満(満洲)族は漢化され、漢民族と風俗習慣の差異はほとんどなくなっていたという現実がある。だが、一般のアメリカ人には…日本との差異化を表象する展示であれば、それでよかった" →シカゴ万国博覧会 (1933年)
"ヴォーリズに関する思想研究が日本国内に限定されることなく,韓国の研究者を含む東アジア全体の思想研究が行われることによってヴォーリズの貢献及び私たちに残された課題がより明確に示される" →ヴォーリズ。
"癈兵は「名誉の負傷者」という型枠に束縛され,名誉性は「国家補償」という当然あるべきはずの「権利」を抑え込むためのロジックとして軍や援護団体に用いられていたということである。" →ニッポソしぐさ
"日本の教育機関におけるアンガーマネジメント研究のレビュー及びプログラムの有効性の検討" →エビデンスレベルでは、十分とは言えないのではないか、という指摘。/ケーススタディだらけ、と。
"私独自の訳と「一致」した訳出をなさるのなら、少しくらいはかつての教え子である私の訳の良いところをお褒めくださってもよさそうなものを、と言いたいのだが……。" →田川建三の弟子(仲違い中)からひと言
"あまたの細写本歌書を作製し、それを美しく飾り立てておきながら、つねにそれが教誡や実利に結びつくものであり、決して風雅の世界に没入してなどいないことを繰り返し主張していた…" →ムッツリ定信
"しかしながら、「慰安婦」問題に関しては高齢男性の性差別的ジョークに女性参加者たちが「沈黙」する場面が見られ、ジェンダーに関するトピックは参加者間の相違を顕在化させることが明らかとなった" →興味深い。
"Festingerは本書を出版した翌年に、有名な 「認知的不協和の理論」を提出した。つまり、あの卓越 した理論は、本書…参与観察研究の成果を発表した後、その成果 を十分に踏まえて提唱したものであった。" →重要。