- 著者
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竹内 真澄
- 出版者
- 多文化関係学会
- 雑誌
- 多文化関係学
- 巻号頁・発行日
- vol.9, pp.3-19, 2012
本研究は、増加する退職後の海外居住を選択した日本人の異文化居住における心理的様相を明らかにすることを目的とする。退職年齢まで異文化接触が比較的少ない自文化内で暮らした後、異文化圏で居住する退職者層はどのような心理的様相を見せるのであろうか。筆者はその概要を知るために、参与観察とタイ王国に居住する退職者層に半構造化面接を行うことにより、質的データを収集した。その結果、自文化からもホスト文化からも適度な距離を置くことにより快適さを保つ「戦略的境界化」が抽出された。この快適さを支える要因として、高齢者特有と考えられるホスト文化に昭和を見出す懐古的心境、人生経験を積んで醸成される寛容性、社会的役割を終えてようやく取り組める自己実現への希求などが明らかになった。尚、先行研究で論じられている「境界化」は、適応の一番低いレベルであり、自文化からもホスト文化からも中途半端な距離に位置しアイデンティティを失うものである、とされているが、本研究協力者たちは境界的な位置を戦略的に選択することにより、社会の干渉や束縛から抜け出し快適さを手にしていることが明らかになった。