- 著者
-
新谷 尚紀
- 出版者
- 日本宗教学会
- 雑誌
- 宗教研究 (ISSN:03873293)
- 巻号頁・発行日
- vol.88, no.2, pp.343-368, 2014-09-30
折口信夫によれば和語の幸(さち)とは獲物を獲る威力でありそれを体内化する霊力であった。和語のしあわせは仕合せでありよいめぐり合わせの意味である。幸福(こうふく)はhappy, happinessの翻訳語である。和洋混淆語としての幸福(しあわせ)とは何か、それは人それぞれの感覚であり常在する実体ではなく、はかない夢まぼろしのごときものである。であればこそ、人びとはその再生への繰り返しとその持続と継続とを渇望したのであった。民俗学が昭和初年に実施した「山村生活調査」で語られていた仕合せとは、「財産・勤勉・長命・円満」のことであり、それを世代をつないで維持し継承することであった。食欲、性欲、名誉欲など瞬時で消える幸福(しあわせ)と再生される幸福(しあわせ)との関係、それは充電と放電の繰り返しにたとえることができる。充電という労働がなければ放電という享楽はない。伝承分析学としての日本民俗学の視点からいえば、ハレとケの循環の中に幸福(しあわせ)が再生産されている構造、それこそが幸福(しあわせ)の実在である、と読み取ることができる。