- 著者
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立尾 真士
- 出版者
- 日本文学協会
- 雑誌
- 日本文学 (ISSN:03869903)
- 巻号頁・発行日
- vol.55, no.4, pp.38-48, 2006-04-10
大岡昇平『俘虜記』において「何故米兵を撃たなかったのか」という問いの解答が遂に記されないとき、それは唯一の「真実」へと遡行する物語の不可能性を告げているかのようだ。だがそれ以後、「何故米兵を撃たなかったのか」という問いが「敵はほかにいる」という言表へと変換し、或いは「真実のイリュージョン」という言葉が示され、さらには合本刊行後も不断に改稿が成されるとき、『俘虜記』の中ではそのような不可能な「真実」とは別の位相の、複数の/増殖する「真実」が問われていると考えられるのである。