著者
米田 利昭
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.33, no.6, pp.p13-23, 1984-06

「門」に登場する人物の一人、<甲斐(かい)の織り屋>とは何者だろう。富士の北影の焼け石のころがる小村から、反物をしょって都会へ来る行商人だが、その村の描写が、子規の「病牀六尺」に出てくる新免一五坊からの聞き書きと類似するので、同じ材料からではなかろうか、とわたしは疑った。しかし、ちがうらしい。<甲斐の織り屋>は事実の反映ではなく、その頭髪の分け方が安井を思わせるように、宗助の過去をよびおこし、彼の内部にねむる罪の意識を引き出すためのしかけだった。だが同時に、それは、現実にある日本人の生活の貧しさ、つつましさを示して、都会に生活する日本人に反省の材料を提供するものでもあった。ここから出発して、主人公宗助が日常生活のあいまに抱く想念はどのようなものか、さらに彼がその想念に追われるようにして体験する<異なる時間>とは何か、を見て、生の不安と共に社会不安の中に人は生きるものだ、と作者漱石がいっている、とそのようにわたしは「門」を読んだ。

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